親戚と言い張ります Ⅰ

 トリシアは少し外れたところからカドの奮闘ぶりを見つめていた。


 あのイーリアスは伊達にクラスⅣの冒険者をやっていたわけではない。クラスⅠになったところでその技量だけは依然として健在だ。剣技だけでなく、体術と足癖の悪さまで織り交ぜられた彼の動きにはなかなかついていけるものではない。

 魔素の質によって身体能力に差があるとはいえ、前衛を担うイーリアス相手にある程度捌けている時点でカドの動きはかなりのものと言っていいだろう。


 隣には彼と同じ死霊術師のスコットもいるので彼にも意見を聞いてみた。


「スコットさん。カドさんの動きはあなたから見てどうですか?」

「クラスⅠの魔法ばかりとはいえ、無詠唱や多重起動をよくこなしていると思います。その点は特筆すべきですね。自分ではこうはいかない」


 彼は研究に偏りがちな死霊術師の中ではかなり戦える方だ。その彼をして、ここまで言わせるのだから相当だろう。

 しかし彼はイーリアスの行動に翻弄されるカドを見る度に顎を揉む。


「ただし、動きがところどころぎこちないですね。簡単なフェイントやスキルに意外にもハマっていくことがあります。研究職をいきなり実戦に放り込んだような印象を受けますね」

「やはりそう見えますか」


 ハルアジスによって魂だけこの世界に引き寄せられた彼の経緯を聞いた身としては、妥当な話に思えた。


 カドはこの世界にたった一か月で順応しようとしている。だが、冒険者の手数を読み切るにはまだまだ経験が足りないのだろう。

 オーヴェラント家の先祖であり、あの竜の相棒でもあった境界域の英雄リーシャ。彼にはその縁がある上に、ひと月前に命の危機まで招いてしまったのだ。できる限りのことはしてやらねば気が済まない。


(カドさんは周囲を信用しきれていない様子でしたよね)


 トリシア自身、それは納得できる話だと考えている。

 自分もかつての英雄の直系ということで言い寄ってくる人間がいた。カドの場合はクラスⅤの存在ということでそれより注目されているし、一度は敵に回った経緯もある。それらを加味すれば、彼はなかなか人を信じられないだろう。


 参っていた時とはいえ、彼は自分の身の上を明かしてくれたのだ。自分は今度こそ彼の本質を隠した上で力にならなければならない。

 トリシアは胸の前でぎゅっと手を握り締め、決意した。


 まだ興味深そうに観戦しているスコットに目を向けると、彼も気付いて目を向けてくる。


「自分にまだ何か?」

「はい。もしよろしければ、同じ死霊術師としてカドさんに死霊術師のことを教えてあげてくれませんか?」

「彼はクラスⅤですよ? 元クラスⅢ――それどころか、現在はクラスⅠに逆戻りの自分なんかでは力になれないかと」

「本当に、そう思いますか?」


 トリシアが重ねて問いかけると、スコットは逡巡した。

 死霊術師の一派には属しておらず、さらにはこのように不器用な戦闘をしている彼だ。スコットの知識が全く役に立たないとは言い切れないだろう。

 同じことは彼も思ったらしい。少し待つと、頷きが返ってきた。


「確かに。彼に教えるのみではなく、自分からしても交流して得られるものがあるかもしれません」

「それじゃあ……!」

「ただし、一つだけ聞きたいことがあります」


 時折、カドの戦闘に目を向けがちだったスコットはこちらに向き直ってきた。


「正直なところ、彼に協力するのはやぶさかではありません。彼は師を倒し、死霊術師の土台を脅かしました。しかし結果として、死霊術師は治癒師と錬金術師の両家に庇護されることになりました。没落が予見されていた死霊術師が、提携しがいのある派閥の下に置かれることになったのはむしろ歓迎すべき事態です」


 彼は周囲の耳も気にして小声となる。


「自分の母は、幼い時に病に倒れて亡くなりました。それを治せる力があったらと、後悔を払拭するために冒険者を目指し、何の因果か死霊術師の適性を見出されました。自分は一度倒されましたが、忌み子の少年を助けようとした彼の姿と能力には感動しましたよ。師以上の器である彼に協力するのは、死霊術師の再興にも繋がるかもしれないですし、悪い話ではありません」


 だからスコットはこの話に前向きらしい。

 では何を聞きたいのだろうか。質問を推測できないトリシアは緊張の眼差しで彼を見つめた。


「そこで些細な疑問があるんです。何故、トリシアさんは彼に協力を? どこか面影が似ていますし、まさか彼は兄か弟ですか……?」

「へ!?」


 もっと自分の血統や彼の身に関わることなど、聞かれそうなネタがありそうなものだったのでトリシアは変な声が出てしまった。

 しかし、これはこれで答えにくい。本当のことを全て話すのもできないので、「あう、ええと……」などと狼狽えてしまう。


「そう、ですね。親戚のようなものです。彼って少し童顔じゃないですか。だからその、弟みたく思えて面倒を見たくなってしまうというか、迷惑をかけてしまったのでその罪滅ぼしというか……。すみません。私の口からは彼の素性は言えなくて」

「いえ、大丈夫です。トリシアさんのオーヴェラント家と言えば、剣の一派の本家。いろいろと口に出せないことは承知です。それに、別の境界域からの冒険者もたまに来ますからね。幻想種との混血児、天使、その他でも魔素の質の割に戦闘慣れしていない特例というものはいるものですよ。深くは詮索しません。自分は協力しますとも」

「スコットさんは神職者みたいな方ですね」


 死霊術師などより、治癒師の適性からの牧師でも勤めていた方がよほどそれらしいとトリシアは心底思って見つめる。

 だが彼は苦笑で否定した。


「まさか。神の御業に等しい奇跡を扱えるのは彼や、そこにいるユスティーナ様の方でしょう」


 スコットの言葉で、トリシアも彼女を見つめた。


 若干十六歳ながら治癒師の最高位を頂いたという異例中の異例であるクラスⅣの冒険者だ。

 彼女もカドに興味があったらしく、当初から熱烈な視線を向けていたが、この戦闘を見始めてからは次第にテンションが落ちていた。


 しかし今は一転。

 何やら喜色満面で妙な踊りを――否。宙を飛ぶ虫を掴まえようと追っていた。こんな奇行に走る彼女がカドに興味を持っているとは、少々恐ろしくもある。


 トリシアはスコットとのやり取りをそこそこに区切ると、彼女のもとに足を向けた。


「あら、こちらにも御用なのですか? 光栄です、かつての英雄の血縁様」


 ユスティーナは無視を掴まえようとする手を止めると、微笑んでくる。

 ぽわっと抜けたような印象のある彼女だ。しかし笑みを浮かべているはずの彼女の目には何か感じられるものがあった。


 純真な笑みのはずが目だけは笑っていなくて、人知れず考えていることがある――そうとでも言うのが最も近い印象なのかもしれない。


「いえ、そんな大層なものではないです。私はただの駆け出しの冒険者。あなたのような功績は積んでいないただの女ですから」

「ふふっ、そう仰るのであればそれでよしと致しましょう」

「ところで、あなたは一体何をしていたのですか?」

「ハイ、虫を追っていたのですよ」


 見ればわかったのだが、やはりそうだったらしい。

 彼女はにこにことして虫を差し出してくる。


 トリシアとて、冒険者の端くれだ。虫程度に苦手はないのだが、好き好んで見るものではない。ユスティーナの手の平にいるハチを見て、表情をぎこちなくさせた。


「わたくしは彼の動きを見て、こんなものかと少し落胆しかけました。けれど、少しも見えていなかったようです。彼はわたくしたちにまだ心も開いていないし、何かあっても対応する気でこの場にいるのですね。改めて感服しています。ああっ、彼と交流すればまだ知り得ぬ世界も見えていきそうです……!」


 そう言ってまた虫を追いかけだすユスティーナを見て、トリシアは勘付いた。

 その目を凝らして虫を見ればどうだろう。クラスⅤを象徴する黄金色の魔素を僅かに捉えることができた。周囲を見渡せば、そんな虫が散見できる。


 それに加えて、もう一つ気付いた。


(そういえば、カドさんと一緒にいたはずのサラマンダーの姿も見えません)


 従者との契約はそうそう成立しないことで有名だ。この一か月で別れたということはないだろう。

 それだけ見て、トリシアは実感した。自分はカドに対してしてあげられることがあるらしい、と。


 ユスティーナはまた自分の世界に入ってしまったので、トリシアもひとまず会話を切り上げる。

 彼女については放っておいても問題ないだろう。少し離れたところから、リリエがじっと視線を注いでいる。彼女も彼女でカドを気にしてくれているとみて間違いない。


 そう判断したトリシアは街の出入り口に向かって歩き出した。

 もう一人――いや、もう一頭、話しておきたい相手がいるのである。

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