懇親、させられています。
ユスティーナの異様な歓迎ぶりと、懇親会についての一般知識。そこから、カドは食事会なりが催されると思っていた。
だが、そこには微妙な文化の違いがあったらしい。
このアウェーな空間でどっちつかずな態度を取っていたら、カドはいつの間にか、剣で肩を叩くイーリアスと向かい合うことになっていた。
「おいおいおい、冒険者同士の交流って言ったらこういうもんだろう?」
この事態に対してカドが引きつった顔をしていると、イーリアスは肩を竦めて不思議がってくる。
「いや、あの、一度殺し合いをした相手とはシャレにならないっていうかですね……」
「悪ぃな、混成冒険者はやり直しが効く分、そういう気持ちは薄いんだわ。この躯体をまた作るために一文無しになったのも、自分の実力故だしよ。こっちの恨みはない。その分、あの時のことも水に流して向き合ってくれると助かるっつーかな」
イーリアスは受け付けた仕事や責務ごとにスパッと割り切るタイプらしい。
混成冒険者とは、元の世界で言うと家を買うようなものだ。そして、せっせと努力して改良を続け、ようやくクラスⅣにこぎつけたところカドに倒された。
となるとまた家を買うような大金を払い、クラスⅠに戻らなければならない。
こちらとしても特段恨みはないのだが、カドはそのあまりの潔さに閉口していた。
時はほんの一分ほど遡る。
ユスティーナにどいてもらった後、事の運びは確かに食事会でもどうかという流れに向かっていた。
だが、カドたちの来訪が予定されていたならまだしも、この街に突然やって来たのだ。当然、準備なんてできているはずがない。
その準備時間は単なる談笑で消化される――かと思いきや、住民や冒険者は杭と縄でいきなりあちらこちらに土俵のような舞台をこしらえていったのである。
その最中、カドはユスティーナというらしい十代後半の少女に引っ付かれていた。
「なるほど。なるほど……! 外見上は差異がないのですね? となると、中身や機能についてはどれほどの違いがあるのか気になるところ――」
彼女は面白い生物でも観察するかのようにカドを凝視していた。
それどころか腕のみならず、腹や下半身まで所構わずぺたぺたと触ってくるところには、天然さと異常さを感じて気まずくしていたのである。
そんな時、件のイーリアスはやって来た。
「おっと、懇親会で食っちまったら動きにくくなるだろ。そんな話は後にしてくれよ、聖女様」
そんなことを言ったイーリアスに「ちょっと来な」と舞台に引っ張り上げられて、今に至る。
一度、混成冒険者としての肉体を壊されたというのに、彼は恨んだ素振りもなく、少年のような顔を向けてきていた。
カドはそれに対して眉をひそめる。
「いや、あのですね、皆さんのことをよく知らないのに交流とか色々と憚れちゃうのでお構いなく」
「固いことを言うなよ。ここで適当に印象を見せつけときゃあ、いいだろう? 俺としても実力を見せていれば大蝦蟇討伐で大役を任されるかもしれない。お互いに得じゃねえか?」
イーリアスはそう言って、にかっと笑う。
話題の死霊術師との手合わせということで、周囲の目も興味津々の様子だ。
先程迫ってきたユスティーナに関しても、自分が挑んでくるとまではいかないようだが、興味の視線は依然変わらない。
しかし、カドとしては迷惑以外の何物でもなかった。
まず、冒険者に対して気を許していないし、安全確認も済ませていないのだ。
カドは助け舟を求めるようにリリエを見た。
答えは何となく見える。彼女は心配するどころか、乗り気な顔だ。
「カド君、心配いらないわ。少なくともここに集まった子たちには悪意や嘘を感じないから」
「うーん、僕にはそれがわかんなくてですね……」
リリエのことはかなり信頼している方だ。少なくとも、寝首をかかれる相手ではない存在だとは思っている。
だが、いくら彼女の言葉といっても、友達の友達まで信頼できるかと言えばまた別の話。言葉の裏付けが取れないカドとしてはどうしても信用しきれない。
エワズならまた別の答えでも出すかと目を向けてみる。
けれど彼もまた冒険者の行動を否定するものではなかった。
『カドよ、汝はそれに付き合うがいい。そして困るのが今の汝がすべきことだろう。エイルを泣かせるばかりでいてはならぬ』
エワズはそう言うと自分だけ人の輪から外れ、街の防護柵の外に飛んだ。
支援要請をされた身でも、人なんて軽く飲み込む竜の体では、周囲から畏怖の目が消えていなかった。それを気にしたのだろう。
「……全くもう、自分はどうなんですか」
当のエイルに殴られるわけでもないというのに、この言い分だ。
しかもエワズの声はカドのみならず、周囲に浸透するように放たれたらしい。イーリアスは保護者の了解も得たと言わんばかりに満足げである。
カドはもう一発ため息を吐く。
エイルを相手にした時もそうだったが、相手に危害を加えずにというのが不得意な以上、こちらが痛い思いをするばかりだろう。
イーリアスが握っているのは訓練用の木刀とはいえ、気が滅入ってしまう。
(刃渡りが大きな武装はないですけど、ナイフを持たれていてもわかりませんね)
リリエが言う以上、本当に危険はないのだろうが人間に対しては未だに疑心暗鬼だ。特に一度は敵に回った冒険者たち相手だからだろうか。
とてもではないが、今後背中を預けて戦おうとは思えない。
カドは、少なくとも接敵するのは避けるべきだと心に決めて応じることにした。
すると、その意気を見て取ったイーリアスも構えを取り、改めて問いかけてくる。
「それよりよ、そっちは武器を持たなくていいのか?」
「あ、はい。後衛で元よりそういうのは持たない派なので、このまま対応します」
「……おい、本当にいいのか? 杖とか、防具とか、前みたいに従者とか。それあっての後衛だろ? クラスⅣだって木刀が当たると痛ぇぞ。クラスⅤでもそんなに変わんねえだろ」
イーリアスは木刀で自分の手のひらを叩きつつ問いかけてくる。
まるで面倒見のいい兄のようだ。
「大丈夫です。近距離に対応するのも良い訓練になりますから」
「あいよ。――まあ、いい勝負にしようや!」
配慮はいらないらしい。それを理解したイーリアスは肩を竦めると、即座に踏み出し、間合いを詰めてきた。
ここで向かってくるところに迎撃用の魔法をぶつけるのがセオリーだろう。
しかしそれはエイルにも躱された。動体視力もいいエースアタッカーに対しては、もっと避けきれない攻撃でもぶつけていかなければ意味がない。
「〈死者の手〉、二重起動。続けて、〈操作魔糸〉」
カドの身丈ほどにもなる腕が自分の両側に生じる。さながら、両腕に盾でも備え付けたようだ。
「あら? 少し似ていて、こそばゆいですね」
〈死者の手〉の大きさや無詠唱であるところに周囲が、ほうと声を溢していた時、何やらユスティーナの声がした。
じっとりと張り付くような視線だから気になってしまう。
「おい、こら! 集中しているか!?」
イーリアスが声を上げた。
無論、彼に意識を向けていないわけではないのだが、どうも意識が散漫になっているのは確かだ。
攻撃は確かに受け止めようと、彼の動きを見張る。
「〈不動打ち〉」
何らかのスキルを口にして、イーリアスは正面から突っ込んできた。
問題ない。〈死者の手〉で受け止め、〈操作魔糸〉で武器や体を絡め取ってやろう。そう思っていたところ、受け止めようと思っていたイーリアスの姿が幻のように消え失せる。
ほんの一瞬だけ見せるフェイントの一種だったのだろうか。完全にしてやられた。
イーリアスはすでに死角にでも踏み込んでいることだろう。
カドは〈死者の手〉で急所を防御しつつ、何もいない前方方向に逃げ込んで距離を取ろうとする。
だが、イーリアスの攻撃が一歩早かった。
「いてっ!?」
後頭部や胴体は守っていたのだが、代わりに膝裏を木刀が掠めた。
バランスを崩しながら背後を見ると、イーリアスが眉間に皺を寄せている。
「お前さんなあ、ちょっと対応が疎か過ぎじゃねえか?」
「……ええ。冒険者のスキルとかまだよく知らないですし」
「ほう。ならこの機会によく見ておくといい。強くなれよ。お前が弱いと、大蝦蟇攻略での俺たちの荷が増すからな」
カドが苦々しく答えると、イーリアスはからからと笑って答える。
周囲はクラスⅠのスキル一つに不意を打たれたことで拍子抜けしている様子だったが、彼に関してはそんなことはない。互いの訓練としてまだまだ益があると信じて疑わない顔だ。
そんな気配に、カドは少しばかり当てられてしまう。
確かにこれはいい機会だと、小さな興奮を覚えていた。
「ちなみに教えてほしいんですけど、なんで打ってこなかったんですか?」
「そりゃあ防御ごとぶち抜くのは楽じゃないし、お前、何か仕掛けているだろ? そういう臭さが抜けきっていないのは良くねえな。餌が露骨すぎる」
「なるほど、勉強になります。仕掛け方ですか。〈毒素生成〉、〈死者の手〉」
「おいっ!?」
会話の途中でカドが魔法を使うと、イーリアスは卑怯だと言いたげに顔をしかめた。
しかし、一度発動させた魔法は止まらない。
舞台に薄く魔素が満ちたかと思うと、それはまきびしのような結晶体に変じる。続けて地面から生じた無数の〈死者の手〉は、その結晶体をいくらか吸着しつつ立ち並んだ。
言うなれば、毒針が地面に散乱し、毒の棘を持つ食虫植物が無数に生えているような状態である。明らかに移動が制限されたイーリアスは口もとを引きつらせた。
「安心してください。訓練なので刺さっても痺れる程度の毒です」
「かぁーっ! お前、性格悪いだろ!?」
「はい。よく怒られてます」
エワズのみならず、エイルにもよく苦い顔をされたものだ。
頭を掻き乱すイーリアスに対し、カドははっきりと頷きを返すのだった。
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