それはそれは便利な触手です
シュブニグラス――もとい、黒山羊を使い魔にしたカドは試運転をおこなう。
調べたのはやはり、自分から生み出した使い魔はどれくらい自分の拡張パーツとして働くかということだ。
「まあ、ひとまずはお散歩からなんですが」
そんなことを言って、カドは黒山羊と共に草原を散歩した。
暢気なものだが、そこには目的がある。
命令をせずとも自分についてくること、言葉を介さずとも意思疎通ができることなどを順次確認していくためだ。
使い魔を作ってすぐにわかった通り、集中すれば触覚も共有できる。
簡単に言えば使い魔は自分の体の延長だ。
しかもそれを意識的に動かす余裕がない時はAIが自動的に判断して行動してくれる。そんな把握でいいものらしい。
散歩を終了させたカドは草原に寝転がり、黒山羊を前にする。
黒山羊が影から触手を生じさせる様を見ながら「うふふふふ~」と怪しげな笑みを漏らしていた。
エワズはそれを白い目で見る。
『何故、期待の眼差しで見ておるのだ。触手生物(ローパー)の類は触手が強靭であったり、毒を持っていたりと厄介なことがある。汝はそれを期待しておるのか?』
「確かに魔力を込めれば硬度も上げられますね。僕の〈毒素生成〉を仲介発動してもらえばクラゲみたく、毒を注入することも可能かと思います。でもそれが第一というわけじゃありません」
カドはそう言って傍に落ちていた小枝を摘まみ上げると触手に近づけた。
先端に魔力が集中すると、ぬるりとした様子から爪のように質感が変化する。実際に硬度も上がっているらしく、小枝をいとも簡単にへし折った。
また、カドが〈毒素生成〉を唱えると触手からは液体が漏れ落ちる。
自分の手元で発動させるしかなかった魔法も、自分の延長とも言える使い魔ならば仲介して発動してくれるらしい。
戦略的にはこれは大きな広がりに繋がることだろう。
「こういう点も含めて便利ですが、何より凄いのは感覚があることです。ほら、この触手はこんな素麺くらいから腕より太いくらいまで変化できる上に触覚を共有できるんですよ? これはもう内視鏡の上位互換って言っても過言じゃないですって!」
カドは熱意を持って語る。
けれどもそれを見るエワズの目は冷ややかだ。
『ナイシキョウとやらはどのような代物なのだ?』
「可動性と視覚を持たせた細い管のことです。それなら小さな穴に突っ込むことで、中の様子が探れますよね? 医療分野ではそれを、お腹に開けた小さな穴、はたまた口やお尻に突っ込むことで内部の様子を観察するんです。ほら、胃に変なものが入ったからって毎度掻っ捌いて確認なんて負担が大きすぎるじゃないですか」
胃や腸のポリープについて例えても十中八九通じない。
だが、変なものを飲み込んで吐き出したい思いに駆られたことならあるはずだ。その内部状況を把握するためのものと説明したところ、エワズは理解を示した。
けれどもその後でやはり顔をしかめる。
『そうは言うがカドよ』
「はい?」
『状態を把握するためにはそれを突っ込むわけであるな?』
「そうですね」
カドは迷うことなく頷いた。
それを認めたエワズはさらに眉間の皺を深くさせる。
『斯様な管状生物は顎が発達しておらぬことが多い。故に獲物を捕食する際は穴という穴に触手を突っ込み、貪り食らう。獲物に群がる虫同様、見ていて気分が良いものではない』
「ああ、それは確かに」
養殖ウナギが固形飼料に群がる姿や、海底に沈んだクジラの死骸を食べる魚の姿を思い浮かべれば確かにわからないこともない。
「見かけは凄いかもしれませんけど、効果は絶大です。なにせ、見える原因なら確定できますし。動物相手では麻酔必須なので費用が高くなって使用頻度が抑えられていますが、手軽に使えるなら使いたがる人は多いかと」
『そのようなものか?』
「はい。遠くない内に見せる機会は訪れると思いますよ」
吐き続けている動物や、誤食をしてしまった動物にも使えるならば使いたいものである。このような世界でも、出会う機会は多い事だろう。
『それはもう良い事としよう。ところで、汝の力はある程度充実した。魔法やこの世界に対する理解も深まってきておろう?』
言葉にしにくそうな顔をしていたエワズは話題を変えてきた。
これはつまり、そろそろ準備期間を終えて動き出そうという提案だ。
様々な物事について相互に確認し、試行錯誤してきた。言われてもおかしくないと予感していたカドはすぐに応じる。
「試せるものは試しましたし、エワズが良いと言うなら行きましょう」
『ならば乗るが良い。まずは境界付近の様子を探り、可能であれば第二層へと進出する』
「了解しました」
カドは頷くと、近くの地面にいたサラマンダーを拾い上げる。
黒山羊については配慮の必要がない。元々カドの魔力の分け身だ。彼の影にずるんと沈み、溶け込んでしまった。
エワズの背に乗るとすぐに羽ばたきが始まり、空に飛び立つ。
かなり辺境まで出てきていたので、境界まではまだまだ時間がかかる。警戒の必要も少ないので、カドは観光のように眼下を見回していた。
そうして境界までの道程を半分程度消化し、夕刻になった頃。彼らは気になる姿を見つけた。
「む。あれって人が倒れていますよね?」
『なに……?』
その姿に気付いたカドは竜の首を平均台のように渡り歩き、頭の手前で跨いで座るとその方角を指差す。
それは森の一角だ。ギャップとして開けた場所かと思いきや、そうではない。激しい戦闘で樹が倒されたと思しき様子だった。
示せばエワズもすぐに捉えた。
カドより視力の良い彼は注視した後、『否』と否定する。
『人ではない。忌み子、あるいは人型の幻想種だ』
エワズがそう言った理由は近づくにつれてカドにも視認できることとなった。
その人物の前に着陸すると、よくわかる。
ボロをまとった女性だ。苦しみにしかめた顔はまだ若い。十代後半だろう。
まとったボロもそうだが、髪や肌も手入れする余裕すらなかったのか酷く傷んでいる。
そして何より目を引くのは彼女の腰だ。
白い粘土じみた物が、人肌に完全に同化した状態で生えている。
大きさは一メートル程度で、根元の太さは人の太腿ほどもある。それは中途で八本に枝分かれしていた。
牙が生えた口を閉じたようなもの、鋭利な鉤爪のようになったものなど、枝によって先端の様子は違っている。
人間と、その妙な尾をよくよく観察したカドは尾に再注目した。
「外傷はないですね。ただ、尾の方に問題を抱えているようです」
彼女は口から唾液まで流した痕がある。姿なんて気にする余裕がないほど苦しみ喘いだ後らしい。意識はすでにほとんどなかった。
彼女の体には流血が見られない。異常が見られるのは尾の中途だ。
尾の分岐部がかなり膨れていた。通常時がどれ程の太さなのかはわからないが、皮膚の張り具合からすればここに異常があるのは間違いないだろう。
『寄生した尾が子でも孕んでいるか?』
ただ膨れているという点に着目したエワズは首を傾げる。
カドはそれに対して首を横に振った。
「いえ、違いますね。ほら、聞いてください。このピング音。これは内部に空気が溜まっている時の音。水が詰まっている妊娠とは違います」
カドは尾の膨れた部位を軽く叩く。
すると皮太鼓を叩いた時のように、ィィンと余韻を感じさせる音が鳴るのだった。
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