回復魔法を転用します
今まで見た限り、竜の魔法は電撃に類するものであった。
それがどうして爆発になるかと言えば、恐らくあまりの高熱に水蒸気爆発などが一気に発生するからだと思われる。
「そうですよね、地表からここまでぶち抜くっていったらこうなりますよねぇ。げほっげほっ……」
すぐ真横の出入り口からは噴石かと思える速度で瓦礫が吹っ飛んでくる。
けれどそんなものはほとんど意識すらできない。壮絶な爆音で耳がキーンと麻痺するどころか、痛みまで感じるからだ。
サラマンダーと揃って「つああ……」と痛みに口を開けていると、竜からのテレパシーが飛んできた。
『カドよ、今だ。登ってくるが良い』
本当の声だったら聞き取ることも出来なかっただろう。
平衡感覚にも影響が出ているのか、ふらふらしてしまう。カドはそれを耐えて廊下に出た。
攻撃は器用にも、壁と廊下の両方を貫いたらしい。天井に開いていれば参ったところだが、これならスロープのように登ることができるだろう。
より一層に激しい熱気となって押し寄せる水蒸気や染みる煙に目を細めながら歩く。
『ドラゴンさん、そっちの状況はどうですか?』
『死霊術士とイーリアスとやらは、汝が仕掛けた手とこちらへの警戒で混乱しておるな』
竜がカドの視覚を利用したのと同様に、カドにも竜の視覚がぼやっと把握できる。
階段から溢れるように生えてきた〈死者の手〉によって死霊術士はもたつき、イーリアスは大きく後退して竜に睨みを利かせていた。
状況としては十分である。
カドは〈死者の手〉に付与したサラマンダーの昇熱を発動させた。
「毒霧をみる限り、死霊術士はクラスⅡやⅢばかり。サラちゃんの魔法をまともに食らえば堪えるはずですよね」
それこそクラスⅡであれば身が沸騰し、クラスⅢであっても火傷は免れないだろう。
時間稼ぎには十分だと睨みながら、カドは竜が開けた地上からの穴に飛び込んだ。
(こっちも凄まじく堪えるんですけど……!?)
トンネルのように丸く貫かれた穴は未だに灼熱している。
ブーツがじゅうと焼ける音がするどころか、目を開けることすら辛い状況だ。カドはコケるまいと必死にバランスを取りながら地上に駆け上がった。
「だぁぁっ! 身体強化術式とかその他いろいろ、身につけるべきですね……!」
身に沁みたカドは絶対に習得しようと思いつつ、穴の目の前にいた妙な馬からイーリアスたちに視線を移した。
案の定、死霊術士の多くは昇熱に飲まれ、魔素に還っている。
残るは中途半端に昇熱に巻き込まれ、床で悶える死霊術士二人と、イーリアスの背後に控える三人のようだ。
そこまで見遣ったカドは改めて違和感に気づく。
(馬……?)
そういえば、竜が竜の姿ではない。いつか見せてもらった麒麟の形態だ。
そのことに疑問を覚え、再び彼に目を向けようとした。だが、臨戦態勢のイーリアスを前にしている事を思い出し、カドは堪える。
すると、本人が察してくれた。
『竜の姿で接近すれば警戒が厳になろう。全ての姿は晒すべきではないと、人間には隠しておったのだ』
『……すみません、僕のせいで』
竜としては他人を装って荒事を避けるための姿でもあっただろう。それをこんな形で台無しにしたということに気付いたカドは心中で謝罪した。
けれども、竜からはそれを咎める気配は伝わってこない。
『気にするでない。これは我の選択故に至った事態だ』
ああ、本当に優しい存在だと思う。
あのトリシア似の幽霊が言ったからではない。こんな竜だからこそ、恩を返さなければならないなとカドは深く感じた。
『さて、交戦において問題がある。この姿は変化に多大な力を割くため、竜の時ほどの出力が出ぬ。かといって勝ちを拾うためにあの姿となれば、騒ぎが即座に広まろう。加えて、出来れば同一の存在と知られたくはない。だが、やむを得ぬな?』
英霊と戦った時と同様に、竜は策があるか問いかけてくる。
一部なりとも頼りにされているらしい。カドはそれに密かな喜びを抱きながら答えた。
『いいえ。この手に秘策があります』
カドはそう言って、左手を少し上げる。
しかしそれだけではどんな策なのか伝わらなかったらしい。竜は重ねて問いかけてくる。
『よいか。今の我はクラスⅢ相当。汝はクラスⅡ相当だ。まともに戦えばあの男に勝つのは至難ぞ?』
『死霊術士なので真っ当でない手段を用意していますよ。でも、あちらはドラゴンさんをサラちゃんと同じ従者だと思っているようなので、僕が仕掛ければ食いついてくれると思います』
イーリアスと死霊術師たちは口論していた。
「クラスⅤの化け物と、その使い魔まで現れたんだぞ!? 師までやられたというのに、私たちで敵うわけが――」
どうやらカドらの魔素を見た死霊術師が竦んでいるらしい。
後衛を担えるのは彼らだけである。イーリアスはこちらに対して剣を構えながら、彼らを奮い立たてようと試みているようだ。
酷く対象的だった。カドの声にチラと視線を向けた竜は口元を緩める。
『よかろう。汝の策を思い描け。我も知恵を貸し、形にしようではないか』
『ええ。耳がキーンとなるくらいの一撃、もう一度よろしくお願いします』
意識共有というのは敵を前にした時、便利だ。言葉を介さずとも作戦まで共有できてしまえる。
カドは竜からもらった本を開くと、ハイ・ブラセルの塔で入手した刃物三本を具現化させた。そして魔法の準備を行っているうちに、あちらも危機感を覚えて口論を終わらせたようだ。
非難轟々ながらも辛うじて応じた死霊術師たちは杖を掲げて呪文を叫ぶ。
「
「
「
『前者は避ける必要すらないが……ふむ。仕掛けるか、カドよ』
『はい。こちらは〈魔法付与〉と〈血流操作〉の複合術式、問題なく編み込めました』
どうやら最初の二つは物理的なダメージではなく、この魔力の差では意味を成さないらしい。黒っぽい波動がカドと竜にそれぞれ飛んできたが、水風船のように弾けて終わりだった。
それに続いてカドと竜の間を割るように走った影の槍だけを左右に避ける。そうしてあちらが狙ったであろう分断に乗ってやった。
『ではドラゴンさん、手はず通りに』
『汝任せになるとはいささか受け入れがたいが、仕方あるまい』
応じた竜はばちりと紫電を散らした。
溢れる魔素から強力な魔法を連想したのだろう。魔法が意味をなさなかった死霊術師の二人は「ひぃっ」と呻いて逃げ出した。
「ちっ、軟弱者がっ!」
イーリアスは視線を向けることもなく、悪態を吐く。
竜の魔法が完成するまでの時間稼ぎもあり、カドは手にしていた刃物をイーリアスに向かって順に投げつけた。
だが、そんなものは牽制にもならない。難なく弾き飛ばされる。
とはいえ、時間稼ぎは十二分。竜の魔法は完成した。
竜から発せられた紫電は膨れ上がると、床を破壊しながら放射状に広がる。電撃というよりは巨大な衝撃波が飛ばされたと言っても良かったかもしれない。
さて、この攻撃に晒された敵はどうなっただろうか。
膨大な粉塵が巻き起こる寸前、死霊術師たちは為す術なく飲まれたのが見えた。
では、イーリアスはといえば……?
「こちらから見て左側に回避をして、僕狙いですね。〈死者の手〉」
もうもうと立ち込める粉塵のせいで視力は一切機能しない。それどころか聴力さえ機能しないのだが、カドははっきりと知覚していた。
自分の左方に位置する粉塵を睨むと、数十本単位の〈死者の手〉を起動させる。
「もらった――っ……!?」
「おっと」
イーリアスは予測した方向から寸分違わずに飛び込んできた。
すでに配置されていた〈死者の手〉が彼の全身に絡みつく。けれど、勢いのついた剣速だけは止めきれないため、カドは仰向けに倒れて躱した。
何ともお粗末な回避である。見るからに死に体だ。
いくらカドが接近戦において素人でも、こんな動きはわざと以外にありえない。そんな違和感に気付いたのだろう。
だが、今さら何に気づいてももう遅い。全ての仕掛けはすでに施し終え、捕縛まで完了しているのだから。
「死霊術師の血流操作は全部が全部手動ではなく、血流のあるべき形に習う自動能があるようです。そんな回復魔法の要素を転用しました。つまり、血は在るべきところに帰る。そういう特性を武器に付与したらどうなると思います?」
カドの耳もキーンと麻痺している。この言葉はイーリアスには届いていないだろう。
さて、答え合わせの時間だ。
どこからともなくブーメランのように弧を描いて飛来した三本の刃物がイーリアスを貫く。
首を刺し貫かれた際、せめてもの抵抗にイーリアスの左手を掴んで爪を立てていた。それを振り払われた時、爪の間に残ったイーリアスの血液。それが誘導の素材だ。
そして、イーリアスの動きを察知したのもこの爪に残った血液のおかげである。
在るべきところに戻ろうとする血の誘導によって、指先がイーリアスのいる方向に引っ張られていたのだ。
こうして与えた傷だけでも完全な致命的だったが、間髪入れずに雷の柱が彼を襲って消滅させた。
『大事ないか?』
心に響く声から、竜だとわかる。
かつかつと蹄が床を叩く音がして見える距離まで近づいてきた。
『はい、問題ありません。僕の傷の呪詛は消えたようです。そちらはどうですか?』
『こちらも同様だ。では、そうさな。ここにいつく理由は最早ない。撤収するぞ、カドよ』
『了解しました』
慌ただしいことだが、騒ぎを聞きつけた冒険者や本体で復活したハルアジスがやってきては多勢に無勢だ。竜がこの街にやって来た時の二の舞になりかねない。
まだ粉塵さえ鎮まらないうちに、カドは麒麟の身なりをした竜に跨る。そしてすぐにこの場から逃げ去るのだった。
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