イーリアスに対する悪あがき Ⅲ
「しゅー……」
ひとまず部屋の出口から外を伺おうとしたところ、サラマンダーが端から抜けるような音を発した。
普段からのっぺりとしているが、今はより元気がない。
「そっか。僕の魔力で無茶をさせてしまいましたもんね」
従者契約において相互の魔力の質に差が出ることはよくある。だからそれを変換するための術式も組み込まれているのだが、それを利用せずに力を受け渡したのだ。
サラマンダーとしては魔力回路に劇薬を流し込まれたようなものだろう。
クラスⅣのイーリアスにひと泡吹かせるためにはそうやって能力に頼るしかなかったとはいえ、悪いことをした。
そのせいで随分と参っていることからするに、二度は使えないだろう。
「痛い思いをさせてすみません。っと、まだ何か?」
どうやら抗議というわけではないらしい。
頭に乗っていたサラマンダーは肩に寄りかかってきた。
先程、イーリアスに向かった際、剣の根本が食い込んだ傷があるのだ。
「ああ、心配しないでください。大きな血管は脇の下です。肩だけなら腕を持ち上げにくくなっただけですよ」
今回も呪詛は掛けられているらしく、治りはしないのだが出血は血流操作によって防いである。
生誕に関して妙な経緯を辿った影響か、痛みに関しては耐性が強いらしく支障はない。しかし、サラマンダーは気にしてくれたらしい。
「あいつを倒してちゃんと治療をしましょうね」
サラマンダーは血を舐め取ろうと舌を伸ばしていた。
けれども、コモドオオトカゲの咬傷では口腔細菌によって敗血症にもなりうるという例を聞いた覚えがあるカドとしてはちょっと遠慮したいところなので、サラマンダーをフードに押し戻す。
そして、廊下の確認を行った。
外にはハルアジスの弟子がついてきて、何人も控えていたはずだった。
けれども撤退する際にイーリアスは「お前たちも退け!」と呼びかけていたことから、姿が見えない。
廊下の左右も見回して誰もいないことを確認したカドは顎を揉む。
「さあて、それならドラゴンさんが来るまで膠着状態を保ちたいんですけど……無理ですか」
カドははあとため息をついた。
その理由は十数メートル先にある一階への階段からやってきた。
コッコと無機質な音を連ならせて、何かが降りてきているのだ。
「ここは死霊術師の巣窟ですし、一つしかありませんよね」
恐らくはスコットが用意したのと同じ骨の兵隊だろう。そんな事を想定したカドは〈操作魔糸〉をワイヤートラップの如く壁から壁に張り巡らせる。
とりあえずスパイ映画の赤外線トラップを踏襲して無数に配置して待ち受けると――やってきた。
まずは猟犬の骨五体が生前と同じく機敏な動きで駆けてくる。
尤も、知性は高くない。張り巡らされた〈操作魔糸〉に尽くが引っかかって転倒したので、〈死者の手〉によって握り潰して終わりだ。
しかし、それに続いて革鎧や剣で武装した人骨が歩いてくる。
加えて厄介なことにその骨たちと一緒に靄が送り込まれてきた。漫画であれば登場演出のスモークなのだろうが、実際はそんなわけがない。
目を凝らしてみれば、クラスⅡ、Ⅲの魔素が混じり合って構成されていることがわかる。
「うーん。僕も使える〈毒素生成〉の上位――〈毒霧〉とその派生ですかね? イーリアスは弟子をまとめ上げて、炙り出そうとしているわけですか」
多少でも危険があるとわかれば即座に撤退を決意。
混乱している弟子をまとめ上げ、有利なフィールドと多人数で囲い込もうとすぐに対策を実行する点は流石だ。
こういう機転を利かせるところが前線で活躍する冒険者というところなのだろう。
「さて、どうしましょうね。〈毒霧〉に耐えかねてスケルトンの群れに突っ込んで地上に出ても袋叩きです。こんな時、クラスⅤに相応しい大魔術でも使えたら良かったんですが……」
この地下に流れ込ませるだけあって、毒は重い気体らしい。足元から徐々に溜まりつつある。
目の前のスケルトンは武器を振り回し、〈操作魔糸〉を切りながら進んできた。斥候から掴んだ情報を有効活用しているようでため息が出る。
追い詰められるのは時間の問題だろう。
「でも、時間を残したのは失策ですね」
あちらからすれば竜という援軍が来るとは思いもよらないのだから仕方がないことではある。
未だに並ぶ者がいない最高到達者と同じクラスⅤで、クラスⅢの冒険者と五大祖のハルアジスまで倒した人物ともなれば攻略には周到な手間を掛けるのも頷けるというものだ。
自分の存在は想像以上にハッタリが効くらしい。
カドは迫ってくるスケルトンに〈死者の手〉で応戦しながら竜に呼びかける。
『ドラゴンさん、イーリアスは一時撃退できましたが、スケルトンと毒攻めで地下室に追い詰められています。そちらはどうですか?』
『良くぞ粘った。あと数秒もすればそちらに着く。魔法で地下まで撃ち抜く故、部屋に下がるのだ』
『了解しました』
敵が詰めかけた階段ではなく、その魔法で作られる穴から脱出しろということらしい。
けれど、それを行うにしても出ていく瞬間に敵の注意を引く何かがあった方が安全だろう。
「サラちゃん、ちょっと力を貸してください」
ぺしぺしと体を叩いて呼びかける。
「僕の魔法はまだまだ低級のものばかりです。でも、治癒魔法みたいに基本的な魔法を組み合わせて複合魔術にすれば出来ることは広がります」
例えば、治癒魔法と操作魔糸を組み合わせることによってアルノルドの生命維持を行ったことと同じだ。
それをもって敵の注意を引くべく、サラマンダーに呼びかける。
「また昇熱の魔法を発動してください。あとの操作は僕が行います」
カドは死者の手を目の前に作り出しながら、呼びかける。
サラマンダーは意図を介していないようだったが、要請には答えてくれた。周囲の熱が上昇する現象でそれを察したカドは、さらにもう一つの魔法を発動させる。
「我が定める法よ、此方に宿れ。〈
これは天啓を授かった際、もう一つ才能があると言われた職業が有していた魔法だ。
その効果は文字通り、魔法を付与することである。
それによってサラマンダーの昇熱が死者の手に宿されたことは、肌で感じられた。
カドはそれに向けて再度魔力を込めることで増殖させ、階段の方向へと差し向ける。
次々と生じる亡者の手が生じ、波のように押し寄せる光景は中々に圧巻だ。
「〈昇熱式・死者の手〉ってとこですかね。おっと、それよりドラゴンさんの攻撃の着弾にも備えないと」
ハッとしたカドは廊下から部屋に隠れ直すと、フードのサラマンダーを懐に抱えて丸くなり、防御姿勢を取る。
直後、肌が粟立つほどの魔力の到来と共に爆発が生じたのだった。
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