竜の大腿部止血。呪い付き Ⅲ
『我は仕組みまで知らぬ。が、あり得るとすれば魔力が関係あるのであろう』
「具体的には?」
矢継ぎ早に問いかける。
こいつはやはりこういう人種よなと諦められた目を向けられた気がするが、評価なんて置いておいた。その話題に時間を取られるだけ面倒だ。
『魔素に物理法則は通じぬのだ。深層の濃密な魔素ほど、不可能を実現する。身体能力向上もその一つと言って良い』
「それはなんとなく感じます。だってドラゴンさんの体付きだと普通は飛べませんし。……あ。ということは解剖しても謎を解き明かせない?」
『幻想種は死ねば体が魔素へと還る。猟奇的なことなぞ出来ぬよ』
「じゃあ、生きた状態でなら……」
『うむ。汝は我が危惧した次元を瞬時に跳び越えおったな』
「いやいや、触診とか麻酔を掛けた上とか超音波や放射線による読影とか合法でやりますよ。うちの業界は無麻酔の安楽殺をしているとか聞いたら、全国各地から攻撃を仕掛けてくる集団とかいますからね。そういうのには人一倍敏感です」
『汝は一体、何と戦っておったのだ……』
まあ、多種多様な価値観と利権が絡む世の中だったとしか言いようがない。
こんなドロドロを覚えているのにも関わらず、個人の思い出だけは削ぎ落とされているとかハルアジスはよほど他人の生活を妬む性格だったのだろうか。
復讐の時が来たらとりあえず刑罰一個を追加オーダーするとしよう。
ともあれ、話が逸れた。竜の咳払いで意識が戻される。
『幻想種とはそのようなもので、魔力が少ない人間は同じことを燃費良く実現しようと、身体強化術式を開発しておる。ただし、身体強化と言っても一つの能力で済む話ではないということは汝ならわかるか?』
「いえ、基準がわからないのでさっぱりです」
一括りに能力と言っても創作の範疇で言えば千差万別だ。
炎を操るにしても、電子の動きを操ったり、熱量を操ったり、炎を生み出す設定まで様々である。
首を傾げていると、竜は答えた。
『そうさな、身体強化は筋力増強、それに伴う肉体破壊を治癒する回復、その他の衝撃緩和などを混ぜ合わせた複合術式と聞く。魔法は単純な効果のものが多いのだよ。言っておくが、我ら幻想種はそのような複雑な術式は用いぬ。天性の肉体故の強さを誇るものだ。身体強化術式の詳細は知らぬでな、許せ』
「いやいや、今の要素だけでも悩ましいですよ! 筋力増強ってなに一言で言ってくれちゃっているんですか」
『む……』
知らぬ存ぜぬで先手を打ったと思ったのだろうか。
ところがどっこい、竜に理解できる範疇であっても質問なんぞいくらでもできる。
カドは話を終わらせたと思って隙を見せている竜に詰め寄った。
「そもそも、その魔法の効果をどこまで細分化するかにもよるかが問題です。いいですか?例えばひと声に筋力増強と言っても、念動力で無理に動かすのか、筋肉を発達させるのか、電気で動かすかでも違いますよ。だから併用する魔法も最大効率で考えるなら、衝撃吸収、代謝の促進、などなど原理に合わせて変える必要があります。その辺りの知識が欲し――」
『増強の仕組みとな……?』
「底が浅そうですね」
『うむ。我らは気張れば力が入る故な』
竜にとってはそこすら原理に則らないものらしい。筋力増強にも件の魔力が働いてくれるとは確かに謎機構だ。
だが、少なくとも人間はそこまで感覚的ではないようだ。
だとすれば、自分は人間に準じた形で術式について捉えるのはありだろう。
身体強化術式についてでさえ、掘り下げはいくらでもできそうだ。
肉体が耐えられない次元なら、わざわざ強化する術式ではなく、そんな仕様にでも耐えられる式紙でも作った方がいいんじゃない? とは思ってしまう。
似ているところで言うなら、人型兵器と戦闘機や戦車の比較だ。
攻撃ならば魔法を用いればいいし、防御なら障壁を形成すればいい。
ただし、回避しなければどうにもならない攻撃というものはあるだろう。それを考えると、移動に特化した身体強化の術式とやらは開発する意味があるはずだ。
炎や氷と言ったものならともかく、呪詛や身体強化、回復などいくらでも取り組む余地がありそうで何よりである。
冒険者の街から逃げてきた手前、人と会うメリットなんてないかと思っていたが、とんでもない。俄然やる気が出てきた。
「人間に会う目的が一つできました」
『穏便にのう。良いか、もう一度言う。穏便にの』
人類の敵とも言える存在なのにお節介を向けてくる竜の言葉については記憶の端に留めておいた。
「ま、人の話や呪詛については了解しました。これで治療にも専念できるというものです」
カドは竜の傷を見つめる。
街で冒険者が投擲したものは剣の形状をした何かのようだ。
場所は左後肢。大腿部の少し内側寄り。残った傷は、直径四センチ、幅は一センチ以下の刺創と言っていい。
とくとくと流れ出る血は足に赤い筋を作っている。
速度的に言えば噴き出すと言うほどではないが、指などの切り傷よりはよほど出血量が多い。歩けば地面には赤い雫が切り取り線並みに残されることだろう。
そして、別の視界で魔素を見る。変異は剣が触れたであろう場所の周囲五センチメートルというところだ。
「質問です。こういう呪詛が掛けられた場合、従来はどうやって治療をしたんですか?」
『術者を討つ』
「あ、はい。それとは別の方法で」
変な呪いをかけられれば術者を討伐すればいいと言うのはなんとなく思いついた。
しかしそれは直近では取れない手段である。
促してみると、竜は記憶を探っている様子だ。
呪詛を用いるのは高位の術者で云々と言っていた通り、このような手段を用いられる者が少ないために症例数が少ないのかも知れない。
『影響を受けた傷を抉り取れば良かろうと考えた者がいた』
「無難ですね。壊死した部位とかは残っていても体に毒なだけですし、切除しますよ」
『結果、出血死した』
「具体的にしてください。それだと状況がよくわからないです」
『回復魔法を用いることで呪詛が掛かった部位以外は完治した。だが、呪詛が掛かったはずの部位だけは治癒せなんだ。そのおかげで内部での出血は早まり、死んだのだ』
「そういうことですか」
流石に魔法なだけあって、肉に毒がこびりついた状態よりよほど厄介らしい。
それこそ遺伝情報にそこは傷がある状態が正常と書き込まれるレベルの事態だ。
「その他の治療法を試した例はないんですか?」
『汝が方針に挙げたのと同じく傷そのものを焼き潰そうとした者はいた。焼いた刃を突き入れるというとんでもない荒療治であった』
「結果はどうなんです?」
それはそれは痛いことだろう。痛みは覚醒方向に向かう刺激だ。度が振り切れているからと言って気絶することはない。
『ある意味、成功と言える。火傷を負えば液が滲出するであろう? あれが滲み続けるのみとなったために血が延々と流れ出るよりはマシであった。尤も、その個体も傷が腐り始めて死んだのだが』
「壊死した組織もそのままなら細菌の温床になるでしょうしね。ふむふむ。これはいい方向のトライアンドエラーの話ですよ」
治療への試行錯誤が少しでも聞けて何よりだ。
これだけでもカドとしては治療方針を定められる。
手に入った器具一式から、その手当てに必要な器具を見極め始めた。
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