第7話

 動物園の入口で圭太と別れた優はぶらぶらと園内を歩き回っていた。


 色彩豊かなクジャクが檻の向こうから顔を覗かせていたが、そちらに視線をやりつつも歩みを止める気配はない。

 時折サルやキリンなどの前でも立ち止まっていたが、少し眺めるとまたすぐに歩き出してしまう。


 ひとつのことにじっと執着せずに俯瞰するように全体を観察する。

 それが彼なりの物事の観察法だった。


 そうして動物たちからアイデアを捻り出そうとしていた優だったが、突如彼の視界に着信を現すアイコンが表示される。

 相手は圭太だ。


「もしもし? 急にどうした?」

「アイ、そっちに行ってないか?」

「アイちゃん? いや来てないけど」

「そうか……悪い、また連絡する」

「待て待て! なんかあったのか?」


 そう言って慌ただしく通話を切ろうとする圭太に待ったをかける。


「いなくなったんだよ。ちょっと目を離した隙に」

「え……。ちょっと待て、いなくなったってあれか? お前の視界から消えたってことか?」

「あぁ、不愉快ながらそういうことだよ」


 投げやりに返してくる圭太に一瞬言葉を失う優だったが、すぐに言葉を続ける。


「ヤバいんじゃないのか、それ」

「だから園内走り回って必死で探してんだよッ」


 電話越しの声が切羽詰まったように語尾を荒げた。


 確かに会話の合間合間に荒い息も混じっている。

 それだけでも圭太の必死さが伝わっていた。


「わかった。こっちでもアイちゃんを探してみる」

「あぁ、頼む!」


 最後にそう言って圭太は通話を切る。

 右手を耳元から離した優は、軽くため息をつく。


「イベントごとにトラブルはつきものってか……」


 そう愚痴りつつ、優は早足で園内を回り始めた。




 同じ頃。

 いなくなってしまったアイを探して圭太も園内を走り回っていた。


 家族連れなどが訝しげな視線を送ってくるが、そんな視線を歯牙にもかけずに周囲の植木や檻の死角などを覗き込む。

 ある程度を探し終わると、また別の場所に向かっては同じことを繰り返していた。


「ハァ、ハァ……ハァ…………」


 しかしやがては両膝に手をつき、息も絶え絶えに立ち止まってしまう。


 突然動いたのと久しぶりに全力疾走したせいで、体が悲鳴をあげている。

 目だけは必死に動かして辺りを見回したが、アイの姿は影も形も見当たらない。


「アイツ……一体、どこにいんだよ……」


 そう呟きながら考える。

 園内に入ったまだ一時間も経っていないし、回ったのもサイと先ほどのカフェしか行っていない。


 彼女は人工知能として並外れた検索機能を保持しているが、現使用者ユーザーである拓也が命令しない限り使用することは不可能だ。


 だから多分遠くには行ってはいない。

 この園内にいるはずだ。


 といっても園内は結構な広さがあるし、あたりの検討などつけようもない。


「ハァハァ…………クソッ……!」


 そんな状況で頭をフル回転させて推理していると、ふと思う。


 何故自分はこんなにも焦っているのだろう、と。


 アイは人間ではない。

 人工知能だ。


 人間のように見えても彼女は所詮機械だし、バックアップも取ってある。


 だからここでア放っておいても圭太が失うものは特にない。


 なのに何故、自分はこんなにも動揺しているのだろう。

 これではまるで――。


 そこまで考えて圭太は頭を振る。


 考えても仕方のないことは後回しだ。

 いま優先すべきはアイを一刻も早く見つけることだ。


「あと探してないエリアはッ……」


 無意識に呟きながら圭太はAirに園内の全体図を表示させ、自らが歩いたルートを照らし合わせる。

 すると未だに探索していないルートが現れたが、いずれもアイが行きそうな場所ではない。


「他にアイが行きそうな場所は……もしかして、あそこかッ……!」


 心当たりに行き着き再び走り出す。


 アイツはいる。

 きっとあそこにいるはずだ。


 Airのナビを使うことなく、全力疾走しながら自分に信じ込ませるように内心で呟く。


 やがて圭太はその場所にたどり着く。


 だがそこには誰もいなかった。


 あたりを見渡しても人影はなく、目の前の柵の向こうにも何もいない空間が広がっているだけだ。


 そこは二人が園内で最初に見たサイの檻の前だったが、Airの表示されているのは画像と体調不良で展示を自粛しているという添え書きだけだった。


 視線でアイを探していたが、彼女がこの場にいないことを理解するとがっくりと膝から崩れ落ちる。


「アイぃ……。どこにいんだよ…………」


 口からそれまでより一層弱々しい言葉が漏れる。

 だが全ては圭太の責任だった。


 だいいち彼女を置いてトイレに行ったのも、沙羅に聞かされた三つの契約のうちの二つ目――傍にいるということに反している。


 自分が彼女を一人にしなければこんなことにはならなかった。

 嗚咽が漏れそうになりながら思った。


 もう一度彼女に会いたいと。

 そんな時だった。


「圭太?」


 ふと自分の名前を呼んだ声にピタリと動きを止めて振り返る。

 そこにはキョトンとした表情でこちらを見つめるアイの姿があった。


「お前…………」

「そんなところでなにをしてるんです?」


 怪訝な表情になりながらアイが訊ねてくる。

 その空気の読めていない顔に少しばかり落ち着きを取り戻して圭太は深呼吸をした。


「お前……どこ行ってたんだよ。死ぬほど探したんだぞ……」

「すいません。道に迷っている方がいたのでその方を案内するために席を離れていました」

「それならそうと連絡のひとつくらい入れてくれよ……」


 ホッとした表情で肩の力を抜いた圭太。そんな彼の表情を覗き込んでアイは口を開く。


「心配してくれたのですか?」

「当たり前だろ。小さな子供が迷子になってるのに放っておけるかよ」


 アイはびっくりしたような顔をするが、それに気付かず圭太は立ち上がり自分を元気付けるように少しばかり声を張る。


「今日はもう帰ろう。正直に俺もお前を探して走り回って疲れた……」


 苦笑いを浮かべながら歩き出し、その後ろをアイも付いて歩く。


「ありがとうございます。私を見つけてくれて」


 アイがはにかんでそう言う。

 お礼を言われる理由が分からなくて圭太はキョトンとした顔をしたが、やがて照れたように片手を上げて応じた。

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