第8話
その日の夜。
動物園から帰宅した圭太とアイは自宅で少し早めの夕食を食べていた。
ちなみに今日の夕食は帰り道の途中で買ってきたお弁当で、もちろんアイの目の前に置かれているのは真弓のアプリによってコピーされたデジタルホログラムだ。
そんなホログラムの弁当を摘みながらアイは反対側に座る圭太をじっと見つめる。
「圭太」
「なんだ?」
「私が食べる姿を眺めるのは構いませんが、もう少し自重してください。非常に食べづらいです」
そう言われて頬杖をついた体勢から居住まいを正す。
「悪い……」
「構いません。それよりも二つほどお願いがあるのですが」
「お願い?」
珍しい、というか出会ってから初めての頼みごとに僅かに身を乗り出す。
「パパと呼んでもいいですか?」
「ダメだ」
アイから口から飛び出た頼みごとを速攻で否定した。
彼女は重ねて訊ねる。
「何故ですか?」
「俺はそんな歳じゃないし、彼女もいない。そんな状況でパパなんて呼ばれてたまるか」
「どうしてもダメですか?」
「ダメだ。死んでも呼ばせないぞ」
「そこまでですか……」
激しい拒絶にアイが若干引き気味になっていると圭太のAirに着信が飛び込む。
相手が優であることを確認して通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「お前ら、先に帰ったなら帰ったって言えよ!」
開口一番に怒鳴られ、反射的に耳に添えた手を遠ざける。
どうやら一言も連絡せずに帰ったことを怒っているらしい。
「あぁ、悪い悪い。ゴタゴタしてて連絡するの忘れてたんだよ」
実際はあのタイミングで連絡するのが面倒だっただけなのだが、それを言うとさらに激怒されるのは目に見えていたので、とっさに嘘をつく。
「だいたい、勝手に連れてきたのはお前だろ?」
「うっ……、そ、それはそうだが……。それとこれとは――」
「はいはい、それこれうるさいぞー。あとアイはこっちで見つけたら大丈夫だ。じゃあなー」
それだけ言うと圭太はそのまま通話を切る。
彼の一連の動作を見ていたアイが口を挟んだ。
「良かったんですか。勝手に切って」
「いいんだよ。それよりもお願い事ってなんだ?」
そう言って話を元の方向へ軌道修正する。
アイのお願いは二つ。
さっきのお願いは却下したが、もう一つの方はまだ聞いてもいない。
アイは箸を置いて圭太をまっすぐに見つめる。
「あの……、私に折り紙を教えてくれませんか?」
数秒ほど無言の間。
それを破ったのは圭太の笑い声だった。
「何かおかしいことでも言いましたか?」
「いいや、生真面目な顔で何を言い出すかと身構えたらそんなことかと思ってな」
ひとしきり大笑いして目の端の涙を拭って息を整える。
「いいぜ。じゃあ、飯食い終わったらさっそくやるか」
その返答にパァッと目を輝かせ、アイは微笑んで頷いた。
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