第6話

 真弓からの着信をスピーカーにしてから通話ボタンを押した。


「もしもし?」

「圭太、私の貸したシート舌に貼り付けたまんまでしょう?」

「悪い。いま気づいた。明日返せばいいか?」

「ごめん、それは無理。明日から旅行だから」


 質問に対してさらっと返ってきた真弓の言葉に圭太は怪訝な表情を作る。


「は? 何処に?」

「何処だっていいじゃん、とりあえずここからちょっと遠いところ」

「授業はどうすんだよ?」

「もちろん休むよ。ここ数日の授業は別にテストの日だけ出てやれば単位取れるだろうし」


 あっけからんとした彼女の口調に圭太は無意識にこめかみを抑えた。


 真弓が突発的に何かの物事を決めることは知っていたが、ここまで行くとさすがに頭痛を覚える。


 しかし、ある意味大学生らしい自由を謳歌している真弓に一種の憧れも持っているのだが、突然の講義のボイコットは彼の常識ではあり得なかった。


 そんな自分の意見を飲み込んで、圭太は意識を真弓との会話に戻す。


「にしても急だな」

「うん、昨日決めたから。旅は計画して行くよりもその場のノリでした方が面白いからねー」

「それを唐突に伝えられる側からしたら溜まったもんじゃねぇよ。このシートいつ返せばいいんだよ」


 混ぜ返しながら、圭太はオーグの空いたスペースにカフェのメニュー表を呼び出し、その中からバニラのアイスクリームを注文する。


「まぁ、サンプルデータも欲しいし、とりあえず旅行の間は貸してあげる。シートはデータはちゃんとアイちゃんに伝えられるようにしてるし、食べ物のオブジェクトデータの表示はそれようのアプリがあるから、アンタのAirに送ってあげる。帰ってきたら連絡するね、それじゃ」


 真弓のさっぱりした調子に苦笑し、圭太はSNS形式の個人トーク画面を開く。


 するとそこに真弓のアカウントでURLが送られてきて開くとデフォルメキャラのアイコンアプリがダウンロードされる。


 そこにちょうど頼んだアイスクリームがコーンカップに乗せられて運ばれてきた。


「圭太さん」

「あー、分かったよ。食べればいいんだろ」


 急かすアイに投げやりに答えつつ、紙ナプキンと共にアイスクリームを運んできた店員に軽く頭を下げる。

 そして真弓から送られてきたアプリをAirで開き、アイスクリームを食べ始める。


 乳白色のアイスクリームは口に入れるとキンっとした冷たさと共に甘い柔和な味を残して解けて消えていく。

 暖かい春の空気と口の中のアイスの冷たさを感じながら、圭太は黙々と食べ続けた。


 それを興味と羨ましさの入り混じった視線でアイは眺めていたがアイスクリームのコーンに手を出そうかという頃になると、彼女の目の前にアプリがコピーしたオブジェクトが現れる。


 アイはそれを恐る恐る手に取るとゆっくりを口を近づけ、アイスクリームの表面をひと舐めしてみる。


「うまいか?」


 彼女の反応を伺いながら圭太が訊ねるとアイは目を輝かせながらコクコクと頷く。

 よほどアイスクリームの味と舌触りが気に入ったのか、満面の笑みで食べ進める。


 一足先に食べ終わった拓也はそんなアイの姿を眺めていたが、ふと外の視線でをやってあることを思いつく。


 目の前に置かれていた紙ナプキンを広げると正四角形になるようにサイズを合わせた。

 次にその紙ナプキンを半分にして左の頂点と三角の上の角から少し下がった部分をつなげるように折り、裏も同じようにする。


「何をしているんですか、拓也さん」

「まぁ、見てろ」


 圭太は先ほど折った左側の先に折り目をつけ、さらに折った部分を広げて外側に折り込む。


 さらに反対の角もななめ上に折り目をつけると、その部分を広げて中に折りそっとテーブルに置いた。


 アイはそれをじっと見てから視線をある方向に向ける。

 そこには氷に見立てられたオブジェの上にいる何匹ものペンギンがいた。


「これってペンギンですか? すごい……、一体どうやったんですか?」


 興奮気味にそう訊ねてくるアイに圭太は不敵に笑う。


「折り紙だよ。他にも色んな折り方があるんだ。例えば……」


 アイの手前に置かれた紙ナプキンを貰い受けると、さっきと同じように正四角形になるように余計な部分を切り取って三角形に折り、さらにもう一度同じ動作を繰り返す。


 その次に袋になっているところを四角に折り、裏側もおなじようにする。


 今度は四角の端の部分を谷折りし、裏側も同じように折って、正方形と菱形を合わせたような形を作る。


 裏側も同様にして織り上げて完全な菱形にすると、その両端を内側に谷折りし、折った部分を内側にする。


 下の部分を上へと折りあげ、その折った部分を内側にしてやり片方を頭にして胴体に息を吹き込んだ。


「拓也さん、それはなんですか?」

「折り鶴だよ。折り紙の中じゃ、一番よく知られてる」


 そう言って、折り鶴を先ほどのペンギンの隣に並べてやる。

 アイの視線は紙で作られた二匹の鳥に釘付けだった。


「面白いだろ? 一枚の紙を使って何匹もの鶴を折る蓮鶴なんていうものもあるし、折ると願いが叶うって言われている千羽鶴なんてものもある」

「スゴく詳しいんですね」

「世の中にはもっとお前の知らないことや驚くことで溢れているさ。この折り紙みたいにな。ちょっとトイレ行ってくる」


 そう言い残して圭太は椅子から立ち上がると園内の地図データを思い出して一番近いトイレのある方向へと足を向けた。


 スタスタと歩きながら昨日言われたことを思い出す。


 学ばせること、そばにいること、そして愛を与えること。


 沙羅から提示された三つの契約の内、学ばせるというのが一体何をさせればいいのか分からなかったが、あれは彼女が知らない人の持つ知識を与えてやることではなかったのかと今更ながらに思う。


 彼女の今までの学習はあくまで人の役に立つための実用性のある知識ばかりだったのだろう。


 だからもっと柔軟性を与えるためにスマートアローズ社はこのプロジェクトを立ち上げたのではないのか。


 ならば、学ばせるという意味では彼女に折り紙を教えるのもいいかもしれない。

 そんなことを考えて圭太は微笑む。


 しかしその五分後、慌てた表情で園内を走り回ることとなる。


 何故ならカフェにいたはずのアイの姿が忽然と消えていたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る