第3話
正午過ぎ。
大学の敷地内にある食堂は学生などでいつものように賑わっていた。
食堂は敷地の端の方に位置しており、裏は大学を建設する前から存在する森が広がっている。
午前の授業が終われば生徒の大半がここか、大学の正門に近いカフェに集まってくる。
そのため食堂に用意されたテーブルはほとんど埋まっているのに人の出入りが収まるような気配はない。
食堂のおばちゃんたちの前には食券を持った学生が並んでおり、トレーに乗ったご飯やみそ汁、ラーメン、はたまた単品で頼んだパンやおにぎりを買って食堂の窓口から離れていく。
そんな食堂の片隅、丸テーブルの一角で圭太は頬杖をついて食堂の喧騒を眺めていた。
「毎度思うけど、よくこれだけの人間捌ききるよな。ここは」
「まぁ、お客である学生もおかげでもあるんじゃね。人間には他者に協調するっていう機能があんだから」
「でも食券と引き換えに食事を受け取るシステムあってこそじゃない?」
口から溢れた愚痴にも等しい独り言に重ねてきた声に首を戻す。
そこには彼の友人の
「もちろん食堂のルールに則ってこそこの空間はあるけど、人間の場の空気を読んだり他人に場所を譲る精神も大事だろ?」
「でもそれだけじゃ、こうはならないよね」
「それを言えば、食堂のルールだけでここまで統率が取れてる訳でもないだろ?」
独自の理論を展開しながら優は自作の弁当を、真弓はダイエット中と言ってアンパンをそれぞれ会話の合間に口に運んでいる。
その姿を眺めて圭太はトレーに乗った親子丼に口をつける。
優と真弓とは圭太とは別の学科に所属している同級生で一年の時に同じ科目を履修していて仲良くなった。
互いに思想も考えも違うが、知らず知らずのうちにこうしてつるむようになっていた。
そうして他人からすればどうでもいい議題について語っていたが、優がハッとした顔でこちらを見る。
「そんなつまらねぇ議論をしてる場合じゃない。圭太、この子は誰だよ?」
そう言って優はビシッと卓の端っこに座ってぼんやりと周りを眺めているアイを指差す。
「私も気になってたけど……もしかして、圭太の子供?」
「いくつの時の子だよ」
「じゃあ誘拐とか……?」
「そんな訳あるか!」
「落ち着け、圭太。真弓はお前が真面目に返すのを楽しんでるだけだ」
「えー、バラさないでよ。その生真面目さが面白いのに」
「これが俺の生き方だって前に圭太は言っていた。俺たちから見ればとても窮屈な生き方をしてるのかもしれないが、本人は納得してるんだ」
「いや言ってないし納得もしてない。てか、お前もさりげに酷いこと言ってんからな」
ツッコミを入れつつ昨日のアイの保護者になった経緯を懇切丁寧に説明してやる。
二人は雑談程度の軽い気持ちで聞いていたが、すべてを話し終わると真弓は脳内で説明を噛み砕くように視線を遠くにやってからアイと圭太の間で視線を行き来させた。
「へー、じゃあこの子人間じゃなくて人工知能……この携帯に入ってる音声で質問なんかを返してくれるアプリの最高級バージョンってこと?」
「身も蓋もないけど、まぁそういうことだ」
「それはすごいじゃん。どう見ても人と区別つかないやー」
「外面が人間みたいだからそう認識するだけだろ」
「優はちょっと空気を読んでよ、そんなんじゃモテないよ」
冷めた優の発言をバッサリと切り捨てると、真弓はテーブルに両肘をついて前のめりになってアイに話かける。
「こんにちは、それとも初めましての方がいいかな? お名前は?」
「アイと言います。今は圭太さんのところで人間や社会についてを勉強させてもらっています。よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと礼儀正しくお辞儀をするアイを見て、真弓は子供のように目を輝かせた。
「すごいなぁー。本当に会話できてるし、コミュニケーションもスムーズ。ねぇ、私と一緒に暮らさない? 私なら色んなこと教えてあげるよ」
「すいません。私は圭太さん以外の他人に預けられることは認められていないんです」
「そこをなんとか……!」
「えっと……」
両手を合わせてお願いしてくる真弓にアイは助けを求めるように圭太に視線を向けてくる。
「保護者の前で口説いてんじゃねぇよ。アイも律儀に挨拶しなくていい」
「す、すいません」
「えー、ちょっとくらいいいじゃんッ、ケチ」
物腰低く頭を下げるアイに対し、真弓はふてくされたように口を尖らせたが、ふと何かを思い出したかのように立ち上がる。
「そうだ。ちょうどいい物持ってるんだ。試してみてよ」
「……変なものじゃないだろうな?」
「失礼な。れっきとした研究品だよ。ちょっと取ってくるね」
矢継ぎ早にそう言うと、真弓は足早で食堂から去っていく。その後ろ姿を見ながら圭太はため息をついた。
「ったく、スマートアローズもこんな平凡な学生に人工知能の育成任せるとか何考えてんだかな」
「スマートアローズ社の意向としては人工知能にAR上でインターフェイスを持たせてユーザーと円滑なコミュニケーションによる親和性を図ろうとしています。
そういう意味で、テストユーザーは偏りのないように選ばれています。要はただの偶然です」
「前半部分がまるで分からん……」
圭太がアイの説明に首を傾げる。今度は優がため息をつく番だった。
「ようは幅広い世代からのフィールドバックを集めたいんじゃないのか?
これが個々の端末に搭載されるとなれば、多くの世代が運用できるようにしなきゃならんし。
そう考えるとお前は最高で最強の安パイだったってことじゃないの?」
怪訝な表情の圭太に優は肩をすくめて続ける。
「だってお前って危ないことはしないし、バカ真面目だから。アイを危険な目に合わせる可能性は低い。
しかも講義で他人の邪魔になるのが心配で途中退席すらできない臆病者ときてる。
これほどの適任はいないだろう?」
「お前なぁ……何を言いだすかと思えば、ただ俺をディスってるだけじゃねぇか」
「少しは褒めてるつもりなんだけどな」
心にもないことを言いだす優に冷めた視線を送っていると、席を離れていた真弓が足早に戻ってくるのが見えた。
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