第2話 17度、琵琶湖の水温
ぼくはそんなこんなで勉強にも身が入らず、高校は兄より2ランクも下の中堅地方公立に入った。両親はトップ校に入った兄を褒めそやし、ぼくのことを嘲笑った。同じ遺伝子なのに成績がこんなに違うのは、
高校でも兄はスポーツや恋に貪欲だった。中学時代の彼女と別れた後も何人もの女子と付き合って、恋人がいない期間はほとんどなかった。それに比べてぼくは勉強も部活もせず、図書館で詩集や小説を読み漁り、哲学に救いを求めるようになった。その頃からだろう、ぼくの中で不安が身をもたげ始めたのは。ぼくは落ち着きを失い、試験のたびに気分が悪くなって学校のトイレで何度も吐いた。悪夢を見て叫びながら目を覚ます事が多くなり、ある日とうとう学校に行く気力が一切失われていることに気づいた。ぼくは母に、家で寝ている、学校には当分行かない、と言った。母はそれを許さなかった。なぜあなたはそうも怠けてばかりいるのか、仁もお兄さんのように勉強を頑張りなさい、このままでは生きていけない、そう言って、ぼくを無理やり家から押し出した。
ぼくはもう、何をする気力もなく、自動的に歩いて駅に向かった。駅についた時、ぼくは電車に飛び込もうかとぼんやり考えた。そして、血まみれになって線路に転がる自分の死体を想像してみた。胃がむかむかした。ぼくはトイレに駆け込んで、激しく嘔吐した。
ほとんど食べていない朝食を全部吐いて、胃液まで吐いて、ぼくは鏡を見た。青白い顔がぼくを見返している。口元からは胃液とも唾液ともつかないねばねばした液体が垂れている。みっともない。ぼくはそう思った。そして、はっきりと死を願った。ぼくはホームに戻ると、ちょうどやって来た快速電車に乗り込み、学校を通り過ぎて滋賀県に向かった。
***
瀬田大橋から見ると、琵琶湖は巨大な水塊となってぼくを圧倒した。橋の真ん中にいるぼくを、秋口の朝の心地よい風がかすめて吹いて行く。突発的に思いついたこの計画を実行するのに、ほとんど躊躇はなかった。ぼくは橋の欄干を乗り越え、コンクリートの軒の上にしゃがんだ。目を瞬く。水面は、10メートル以上も下だ。欄干を後ろ手につかんだまま、大きく息を吸う。
そして手を離すと、ぼくは水面までゆっくりと、驚くほどゆっくりと落ちていった。
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