第24話 ポンコツ水兵の竜退治

「チョップくん! そっちに行ったよー!」


 抜けるような青い空。海風がそよそよと陽気を運んでくる緑の草原。

 ここはサン・カリブ島の海が見える丘の上の広場。

 つやつや黒髪の男の子と、くるくる金髪の女の子。

 幼き日のチョップとマルガリータが楽しそうに遊んでいた。


 今日の遊びは昆虫採集。ところがマルガリータがトカゲを見つけてしまったことから、トカゲ捕獲大作戦が始まった。


「わっ、来た!」


 マルガリータに追いたてられた明るい緑色のトカゲが、わたわたわたたっとチョップの足元に走ってくる。

 もう一人の狩人の存在に気がついたトカゲは、土埃を上げてドリフトをしながら方向転換をする。

 だが、そのフェイントも、チョップの幼いながらも優れた動体視力には通用しない。

 チョップはおそるおそるとだが、素早くトカゲの尻尾をつかみ上げた。


「やったあ。マルガリータ、捕まえたよ」

「あっ……、チョップくん、シッポは……」


 と、マルガリータが言い終わらない内に、尻尾がプチンと千切れ、トカゲはわたわたたっと茂みの中へと消えていった。


「き、切れちゃった……」


 チョップがつまむ指の中で、主を失ったトカゲの尾がプルプルと暴れている。


「あーあ。チョップくん、シッポをつかんじゃダメだよ。トカゲはシッポを自分で切っちゃうんだから」

「そうなの? そっかあ……。なんかかわいそうな事をしちゃったなあ」


 マルガリータは、トカゲのケガすら心配する優しい少年を、温かい目で見つめると。


「大丈夫だよ。トカゲのシッポはまた同じように生えて来るらしいから」

「へええー、そうなんだ」


 生命の神秘とマルガリータの博識に感心する、幼いながらも脳筋なチョップ。


「あと、爬虫類は首を切られても、しばらくは動き続けるらしいよ」

「うわあ、すごい生命力なんだね」

「そうだよー。だから、チョップくんがもし大きなトカゲと戦うことがあったら、ちゃーんとトドメをささないとダメだからねっ」


 ピッと人差し指を立てて、いかにもお姉さんのようにふるまうマルガリータの言葉に、チョップは首をかしげながら。


「えぇ……。ぼく、大きなトカゲと戦うことってあるのかなあ……?」



 *



 現在チョップは大空の上、竜の背中をバトルフィールドに、空飛ぶ爬虫類の大群を相手取った戦いの渦中にあった。


「『くうざん』っ!」


 トカゲやワニのような身体に、トンボのような羽根と複眼を持つ生物、『竜虫類りゅうちゅうるい』。

 獰猛な肉食の性質を持ち、大陸の方で時おり大量発生しては家畜や人などを襲うため『りゅうがい』とも呼ばれ、地震や干ばつと並ぶ災厄の一つに数えられている。

 その竜虫類を、邪竜シュガールは自らの眷属として従えていた。

 人類の敵とも言うべき恐怖が、今まさにうんのように、たった一人の少年水兵に群がっていた。


 ズバババッ! ピギャァァァァァッ!


 チョップが放った真空の爪が、竜虫類の茶色とも緑色ともつかない薄汚い体色の胴体を捉える。

 目標物を真っ二つに引き裂きながら貫通し、撒き散らされる黄緑色の体液。

 さらに風刃は、直線上にあった五、六匹の敵をも仕留めて爆ぜる。

 だが、千匹を超える大軍勢の前では、その程度の損害はに過ぎず、むしろ逆上した竜虫たちが編隊を組んでチョップに迫り来る。

 その姿は往年の名作ゲーム、『ギャラガ』を彷彿とさせた。


 ビチャーッ!


 接近する竜虫から胃液が吐き出され、飛来する黄緑色の液体をバックステップで避けるチョップ。

 さらに、敵の編隊から次々と繰り出される酸撃をチョップは、よっ、はっ、とっ、と連続バック転でかわし、手刀から放つ空刃で迎撃するが。


「くっ……、これじゃキリがない……」


 竜虫類への直接攻撃は、強酸性の体液をまともに被ることになるため、自然と中距離戦を余儀なくされる。

 しかし、悠長に時間をかけすぎると、体力を回復したシュガールが再び動き出してしまう。

 少しでも早く邪竜の首をとしたいチョップは、強引に前に突っ込んで行く。

 そこへ、一斉に襲い来る黄色い液体の砲撃。

 チョップは優れた動体視力で安全圏を見極め、華麗なステップで駆け抜ける。

 しかし!


 ブオオオオンッ!!


 背後から丸太のような物が、横殴りの豪風を孕みながら襲いかかって来た。

 それはシュガールが放った、尻尾による横撃。

 とっさに跳躍するチョップだったが、竜虫類からそこを狙い済まされたかのように、多数の酸弾が周囲から迫る!


「避けられないっ!」


 直撃を覚悟したチョップは白いマントを脱ぐと、それを翻して闘牛士マタドールよろしく酸の弾を受け流す。

 ジュジュッとむせるような、焦げた臭いが広がる。

 チョップが黒い穴が空いたマントを投げ捨てると、そこへシュガールの尻尾が折り返しの攻撃を放って来た!


 ドガアァッ!


 擊音が轟くが、跳ね飛んで行ったのはチョップの身体ではなく、竜の尾。


 ゴギャアアアアアアアアアアッ!?


 振るうほどに凄みを増す、雷の剣。

 それは、チョップが放った手刀によって斬り離されたものだった。

 尾部に走る痛みに、空中を暴れ回るシュガール。

 チョップは竜の背中にザムッ! と両手を突き刺し、振り落とされないようにしがみつく。

 シュガールは、さんざん手下の竜虫たちを巻き添えにしながらのたうち回り、ようやく動きを止めるとゼハーッ、ゼハーッと激しい息をつく。


「これで、ちょっとは時間を稼げたかな?」


 言いつつ、再び竜の背中でダッシュをかけるチョップ。ふたすじの隊列を組んで迫りくる竜虫に向かって、両腕を振り上げる。


「『双翼そうよくくうざん』っ!」


 ズバババババッ、バババババシュッ!!

 プギャアァァァァァ……!


 いつ果てるとも知れぬ、海上一千メートルの大空中戦。

 はるか眼下の青海には、先ほどまでの戦場であった帝国の黒艦の姿も見える。

 群がっていた竜虫はその数を大幅に減らすものの未だ三分の二以上を残し、遠巻きに陣形を取りつつ間断なく編隊を送り込んでくる。

 体力を削る事に特化したなぶるような戦法に、ついにチョップの動きが止まる。


 グロロロロロロロロロロ……!


「まずい……、腹が鳴る間隔が短くなってきた……」


 ここぞとばかりに酸弾を雨霰のように放ってくるドラゴンフライ。

 マントを失い、八方を塞がれ、年貢の納め時かと思われたチョップだが、その頭脳に妙案が走る。


「これだっ!」


 ズバッ!


 チョップはシュガールの鱗を削ぐように切れ目を入れると、布団の中に入る要領で、背中の皮膚の下に潜り込む。


 グギャギャッ!?


 チョップが元いた場所を酸弾が襲うが、竜鱗がそれらをことごとく弾く。

 金属すら溶解させる竜虫類の体液だが、シュガールの鱗は溶けていない事に気付いたチョップの奇策。

 さらにチョップは土竜もぐらのように、あるいは寄生虫のようにシュガールの体内を掘り進めていく。


 ギョアアアアアアアアアアーーーッ!


 身中の虫に食い荒らされ、悲鳴を上げて悶える邪竜の皮膚にボゴォ! と大穴を穿ち、チョップは再び背上に戻って来た。

 黒髪から水兵服からも血を滴らせながら、赤身の生肉を口に咥えてブチブチッと食い千切る。

 戦いながら敵の身を喰らう、チョップの姿はさらに野性味を増し、それは人を捨てた何物かのように思えた。


 キエエエエエエエエエエーーーッ!


「!?」


 生命の危機を感じたシュガールは、合図を送るかのような咆哮を上げる。

 それを受け、距離を置いていた竜虫類たちが邪竜を中心とした半球体の陣形を取りつつ、包囲を狭めながら近づいて来る。

 全隊による集中放火を浴びせんがための陣構え。

 だがそれを見て、なぜかチョップは勝利を確信したような笑みを浮かべた。


「この時を、待ってた」


 チョップはその場で跳躍し、両手を広げたままフィギュアスケートのような高速回転を見せて着地する。


「『双翼・空羽斬』、『かいてんり』……」


 その瞬間、ゴウッと空気の対流が渦を巻いた。


「『制空剣せいくうけん』!!」


 それは斬擊を伴った大竜巻。暴虐の嵐は全ての竜虫を切り刻む。


 ピギャアァァァァァァァァァァッ!!


 断末魔の声を上げて邪竜の眷属、竜虫軍団は汚い花吹雪のように散って全滅した。

 さらに、シュガールの翼に無数の傷を叩き込み、浮力を奪われた邪竜は次第に高度を落としていく。


 グギャーーーッ! グギャァーーーッ!!


 焦ったように翼をはためかせるシュガールだったが、背後から感じる凄まじい気配に首を向けると、そこには一人の少年水兵。

 その右腕に輝くのは、青白いオーラで形作った巨大な湾曲刀カトラス

 今まさに、最大の一撃を放とうとするチョップ。

 だったが。


「足場が無い……」


 シュガールの背中は竜虫類の体液に完全に覆われており、邪竜の首を辿る道が無くなっていた。

 だが、チョップはそれにも関わらず、強酸の沼に足を踏み入れる。


 ジュウッ!


「ぐう……っ!」


 靴底を溶かし、足の裏が焦げ、脚元から目が染みるような白煙が上がる。

 だが、チョップはさらにもう一方の足を踏み込むと、竜の背を駆け、勝負を賭ける!


「『蒼空そうくう』……!」


 真っ直ぐに邪竜の首を狙うチョップ。だが、足の痛みでスピードがわずかに乗らない。シュガールは水兵の姿を視界に捉えると。


 ゴガアアアアアアアアアアーーーーーッ!!


 突如、そのあぎとから鋭い炎が放たれる。

 それは自らの背中を焼き焦がしながらも、敵を屠る捨て身の戦法。

 大蛇のような爆炎がチョップの姿を飲み込むと、赫いラインが蒼天を貫いた。


 ギャオオオオオオオオオオオオーーーーーンッ!


 今だに背中の炎は収まっていないが、確認するまでも無く消し炭すら残っていないだろう水兵の姿を想像し、勝鬨を上げる邪竜。

 だが!


 ザクッ!


 脈絡もなく背中に斬痛が走る。

 焔を切り払って、現れた少年水兵。

 右の腕には青く輝く大鷹の片翼。左の手にはこんがり焼かれた、いきなりすぎるドラゴンステーキ!


「やっぱり、肉は焼いた方が美味しいな」


 生態系の最高位に君臨していた邪竜シュガールは、補食される側に回るなどと、生まれてから一度も考えた事は無く、またその必要もなかった。

 だが今、眼前には自らの肉をついばむ、世界でたった一匹の天敵プレデターが存在していた。

 実に嬉しそうに、モッシャ、モッシャと竜肉を頬張るチョップに底知れない恐怖を覚えたシュガールは、再び灼熱のブレスを放とうとする。

 しかし、一瞬速くチョップは竜の背中を走り抜け、大きく振り回すように右腕の蒼刀を薙ぎ払った!


 ズッ…………!


「『てんざん』っ!!」


 ドガアァッ!!


 雷撃の剣カラドボルグが光芒を描き、シュガールのくびは豪快に斬り飛ばされて、ぐるんぐるんと飛んで行く。

 勝負あったかのように見えた。


 だが……。


 その竜眼の邪悪な輝きは、今だ消えてはいなかった!

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