第23話 邪竜シュガール
推定百メートルはある竜の全長は、空を覆い隠さんばかりの威容を誇る。
例えるなら海上に浮遊し、天にそびえる摩天楼。
ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーンッ!!
『うわあっ!?』
艦体が砕けるのではないかと思わせる、竜の咆哮が轟き、船上にある者たちは耳を塞ぐ。
邪竜シュガールは遥か上空から見下ろすように、二つの明星のような眼を光らせていた。
「で……、デケえーっ!!」
「くるっくー。あんな怪物に襲われたら、こんな船なんてひとたまりもないですな……」
「オーッホッホッ、そんな事をしたら我も危ないじゃないの。貴方たち、案外おバカさんねえ」
巨竜の登場に水兵団員が狼狽する様子を見て、魔導海賊バルバドスは高らかにあざ
「シュガールよ! 風を送って
ギャオオオオオオオオオオオオーーーーーンッ!
ゴオウッ!
主の命令に忠実に応え、邪竜は翼をバッサバッサと羽ばたかせると、満帆の風を受けた黒船は大いに推進を開始した。
『うわあっ!』
波しぶきを上げ、飛ぶように走る帝国船。
「なんて速さだ!」
「まずいな……。このままだと帝国の海域まで流されてしまうぞ」
ジョン兵団長が危惧するとおり、敵国の海域に入ってしまえば当然待ち受けるのは、帝国艦隊の盛大なお出迎え。
マルティニク王と水兵団員はその場で処刑という歓待を受け、マルガリータ姫は皇帝の手に堕ちる事となるだろう。
サン・カリブ王国の者たちは、それを想像し表情を強張らせる。
「怖い……」
自らの身体を抱きしめ、不安に身を震わせるマルガリータ。
らしくない彼女の儚げな姿を見たチョップは、吹き付ける潮風をはね除けるように、敢然と邪竜の顔を睨み上げる。
「心配いりません。僕があの竜を
ゴウゴウと風が唸る中、チョップは仲間たちに決意を告げる。
チョップは可憐な姫君を見つめて、大丈夫だよと伝えるようにコクンとうなずくと、再びマルガリータは蒼い瞳を輝かせた。
ポンコツ水兵の竜退治。
普通ならおよそ不可能だと思われる大言壮語だが、今はもう彼の言動を
「チョップ! やるなら俺にも一枚噛ませろよ」
赤髪のトーマス副隊長は、丸太のような腕を
「じゃあ、僕が一瞬だけ風を止めますので、そのスキに副隊長はロープをあいつに投げてもらっていいですか」
「遠投だな? 任せろ!」
チョップの意図を汲み取ると、トーマスは燕尾服の上着を脱ぎ捨ててロープを構える。
チョップは身体を捻って、大きく腕を振りかぶった。
「では、行きます! 『
チョップが手刀を閃かせると、放たれた真空の刃は突風を切り裂き、シュガールの顔に向かって行く。
ザシャッ!
グギャアアアアアアアアアアーーーーーッ!?
空刃が邪竜の左眼球を捉えると鮮血が飛び散り、シュガールの動きと暴風がピタリと止まる。
「ぬんがあぁーッ!!」
すかさず、トーマスがはち切れんばかりの筋肉を駆使してロープを投擲する。
相当の距離があったが、怪力でシュートされたロープはシュガールの脚に絡み付き、邪竜攻略への道筋が一直線に繋がった。
「行ってこい、チョップ!」
「はい!」
チョップはトーマスから綱の末端を受けとると、バシュン! と手繰り寄せながら飛び上がり、一気にロープの中腹まで到達する。
だが、バルバドスはさらによじ登ろうとするチョップに向かって手をかざし、掌から光線を撃ち放った。
「そうはさせないわよ。光魔法『
「うわっ、うわっ!? うわわわわっ!」
次々に襲い来るレーザービームを、チョップは体を振りロープを揺らしてブランブランッと躱す。
だが、この態勢では敵の攻撃に身を晒すだけでろくに抵抗が出来ない。
『チョップっ!』
「ほらっほらっほらっ! 登れるものなら登ってごらんなさい、オーッホッホッ!」
笑いながら光線を発射するバルバドス。だが、何者かに腕に飛び付かれ狙いをそらされた。
「チョップくんになんて事するのっ!」
魔導海賊に果敢に飛び込んで行ったのは、なんとマルガリータ姫!
「わっ、こら! 離しなさい!」
「離すもんですか!」
思わぬ救援を得て、光刃の襲撃が収まり、チョップは無事に邪竜シュガールの足首まで上り詰めた。
ドラゴンにも被害が及ぶため、チョップはこれ以上の追撃は無いだろうと安堵する。
しかし。
ギャオオオオオオオオオオオオーーーーーンッ!
片眼を奪われ、復讐に燃えるシュガールは一
「うわあああああーーーーーっ!」
雲を突き抜け、一気に上空一万メートルに到達したシュガールは足元のチョップを振り払うべく、滑るように直角に曲がると今度は水平方向に飛行する。
「うおおおおおーーーーーっ!?」
我こそが『天空の覇者』だと言わんばかりに、まだらな雲海を眼下に眺めながら、さらに邪竜は加速すると亜音速の世界に突入する。
必死に足首にしがみつくチョップだが、風圧が彼の身体を引き剥がそうとする。
バババババッと白いマントが風にたなびき、ボボボボボッと顔が空気の抵抗で歪む。
この光景を見れば、きっとマルガリータは「ぎゃー! チョップくんのイケメンがー!」と大騒ぎするに違いない。
さらにシュガールは翼の羽ばたきを止めてキリモミ急降下を始める。
零式艦上戦闘機、通称
急激な気圧の変化と、強烈な重力加速度がチョップを襲う。
(くっ……、これはキツいぞ……)
危うく手を滑らせそうになったチョップは、右腕にオーラを纏わせると邪竜の脚にゾンッ! と、手刀をめり込ませる。
さらにチョップはもう一方の腕も同じように突き刺し、がっちりと身体をロックした。
ギャアアアアアーーーーーッ!?
神経を走る痛みに、悲鳴を上げるシュガール。
狂ったように空中を8の字飛行するが、完全ホールドの態勢を整えたチョップはビクともしない。
すると、シュガールは生意気な小ネズミを水責めにするべく、蒼い海の中に飛び込んで行く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッバーンッ!!
(うわあああああっ!?)
空中飛行から一転、今度は魚雷のように海中を突き進む邪竜シュガール。
(い、息が……!)
幼少の時に海難事故に遭って以来、泳ぐことが出来ないチョップだったが、息を止めて我慢する事ぐらいはできる。
だが、突然の水中戦にチョップは準備が出来ていなかった上に、水圧が肺を締め付け残り少ない空気を奪おうとする。
シュガールは岩礁をすり抜け、海藻をなびかせ、キラキラ輝くイワシの魚群に突っ込んだ後、呼吸を取るべく海面に浮かび上がった。
「ぶはあっ!!」
チョップもブラックアウトする前に、なんとか海上に復帰する。
だが、さらにシュガールは上空に飛び立つと、再び空中飛行を敢行する。
音速に迫るスピードで闇雲に綿雲に突っ込み、飛行機雲を描き、蒼天を翔け抜けると、再び海中に没していく。
ドドドドドドドドドド…………ッバーンッ!!
しかし、これはチョップも予想できていたので、十分に深呼吸をして対抗することが出来た。
「体力勝負なら、いくらでも相手になってやるっ!」
こうして、チョップは空中と海中を引き回されること数往復、ついにシュガールの動きが止まる。
さすがの邪竜もゴフーッ、ゴフーッと荒い息をつき、翼を羽ばたかせてホバリングしながらも、疲れ果てたようにうなだれる。
チョップはそのスキに、切り立った崖のような脚をよじ登り、ようやく竜の腰の上に到着した。
ところが、その矢先。
グロロロロロロロロロロ……!
急激な空腹を覚え、チョップはその場にうずくまる。彼もまた体力をかなり消耗していた。
「まずい……、何か食べないと」
チョップはとりあえず辺りをキョロキョロするが、鳥も飛ばない高度千メートルの空の上。食べ物を確保する術など何処にもない。
海に潜った時にマグロでも獲っときゃ良かったなと思いつつ、チョップは手刀を邪竜の背中に突き立てる。
ギャオオオオオッ!?
ギコギコギコとチョップは竜の肉を切り抜くと、血が滴る生肉に、ガブリとためらいなくかぶりついた。
「ちょっとドラゴン臭いけど、食感は鶏肉に近いかな?」
腹が減っては戦はできぬ。毒かもしれないのにお構い無し。
チョップはひたすら体力回復のために竜肉を貪る。
口の回りを血でまみれさせ、ぐちゃぐちゃぐちゃと肉を噛み砕き、
さらにチョップがおかわりをしようと、再び手刀を構えた、その時。
キエエエエエエエエエエーーーーーッ!!
これ以上食われてたまるかとばかりに、叫びを上げるシュガール。
すると、十二時の方角。北の空に染みのように黒い粒々が発生し、それが瞬く間に増殖すると視界を闇に染めていく。
「雨雲……? いや……」
「竜虫類か……っ!」
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