第25話 天空の覇者

 首だけで宙を舞いながら、シュガールはう。


 まさか、自分が敗れるとは。

 世界にはとてつもない化け物がいたものだ……。

 だが、自分はまだ終わってはおらぬ。

 我が同胞はらから、バルバドス=トゥルトゥーガに報いるためにも、勝ちにおごって油断しきっている、この化け物を地獄の道連れとしてやろう!


 シュガールはガバアッと大口を開け、じんせい最期のブレスを放とうとする。

 その直後、彼の顔は驚愕の表情で固まる。

 自らの胴体の先端には油断どころか自分の眼を見据え、右腕に青白い光を携えた水兵の姿が!


 シュルルルルルルルッ、ギュルパッ!


 少年が放ったロープが邪竜の角に絡みつき、ギリギリギリと弓の弦のように張り詰める。そして。


 バシュウッッ!


 放たれた矢のように、チョップはシュガールの首に向かって一直線に翔んで行く。

 その姿は、蒼天を飛翔かける流星の軌跡。

 邪竜は苦し紛れに爆炎を放つが。


 ゴガアアアアアアアアアア……、ドンッッ!!


 チョップはそれを徹甲弾のように貫いて、一気にシュガールの眼前に迫る。


「『そうくう』!」


 雷光のように振り下ろされる、覇王の大剣。

 それが、邪竜の見た最期の光景となった。


「『てんざん』っ!!」


 ズガアッッッ!!


 チョップは胴廻しからの回転斬りで、脳天から邪竜の首を真っ二つに断ち斬る。

 今ここに、邪竜シュガールの生命活動は完全に停止した。



 *



 難敵を撃破したチョップ。だが、勝利の余韻に浸るような時間的余裕は無い。

 チョップは竜の頭を蹴り、三角跳びで落下し始めるシュガールの胴体に舞い戻る、が。


 ジュウッ!


「ぐっ……! おおおおおおおおおおーーーっ!」


 足元を焼きただらせながら、強酸にまみれた竜の背中を水兵団仕込みの気合と根性で渡りきる。


「あっ……!? シッポを切ったのはまずかったかな……」


 切断された竜の尾の先端まで到達すると、チョップは黒船に向かって跳躍し、全力でロープを投擲する。

 だが。

 ドドドドドドドドドド……、ザバーンッ! と先に着水した竜の身体が、起こした波でふねを目標地点から押し流してしまった。


「ダメだ! 全然届かないっ!」


 延ばされたロープもむなしく、まっ逆さまに海へ墜落して行くチョップ。

 万事休すかと思われた、その時!


『ぬんがあぁーーーっ!!』


 黒艦からロングシュートされる一条のロープ。

 トーマス副隊長が放った助けの綱が、チョップが持つロープの先端を絡め取り、身体ごとグンッと力任せに船の中へと引き込む。


「うわあああああっ!?」


 ドンッ、ゴロゴロッ、どんがらがっしゃーん! と、けたたましい音を立てながらチョップは甲板に転がり入り、船の手すりに激突しながらもなんとか生還を果たした。


「あいたたたた……。あ、ありがとうございます、副隊長」

「いや……、すまない……」

「チョップくん……」

「!!」


 水兵団員たちの視線の先を追うと、そこには帝国兵たちに捕らわれたマルガリータの姿が。


「マルガリータ!」

「オーッホッホッ! おあいにくさま。貴方の愛しの姫君は、とうとう我々の手に落ちましたよ」


 そして、勝ち誇るような高笑いを上げる魔導海賊バルバドス。


「わざわざ自分から捕まりに来るなんて、ホントにおバカな娘ねえ」


 毒々しい色のネイルの指で、マルガリータの形の良いあごをいらいながら、からかうように嘲り笑う。


「マルガリータを離せ!」


 鷹のような鋭い眼で、海賊提督を威嚇するチョップ。

 するとバルバドスはゴッパァ! と滝のような涙を流した。


「うおおおおおおおおおおーーーーーんっ!」

『!?』

「よくも……、よくも、シュガールを殺してくれたわねえ!!」


 怨みを持った蛇のような眼でチョップを睨み返すバルバドス。


「シュガールは幼い頃から共に育って来た、我の唯一の朋友だった……。それを、よくも……」


 そう言って、鼻水を垂らしながらバルバドスは泣き喚く。

 仲間の海賊たちや、最強剣士のナヴァザが殺された時ですら、顔色一つ変えなかった男の変貌ぶりにチョップは。


「……死んでいったあなたのお仲間には、その気持ちを向ける事は出来なかったのですか?」

「ハア? 我には仲間などいないわ。しょせん彼奴あいつらは我が目的を達するための道具に過ぎない」


 ほのぐらいオーラをたゆたえながら、バルバドスは呪詛のような言葉を返す。


「人を超えし存在である我は、薄汚い人間など信じない。われが友と呼べるのは、シュガールだけだった……。それを、それを貴方が!」

「そうだよね……。どっちかっていうと人っていうより、ドラゴン寄りの顔だもんね」


 パカン!


 身もフタも無いことを言うマルガリータの頭を、バルバドスはグーで殴る。


「痛いっ! 何するの!」

「余計な事を言うんじゃないわよ! 人質なら人質らしく、しおらしくしてなさいな!」

「えー! わたしを傷一つ付けずに帝国に連れてくって話じゃなかったのー!?」

「タンコブなんか傷の内に入らないわよ。ガタガタ言うんじゃないの!」

「殴ったね……、親にもぶたれた事ないのに!」

「ワシもぶった事ないのに!」

「お黙り、バカ親子!」


 娘のセリフに合いの手を入れる父親のマルティニク王に、さらにツッコミを入れるバルバドス。


「……と、冗談はこれくらいにして、そろそろおふざけが過ぎるんじゃないかしら?」


 バルバドスは凶悪な海賊の顔に戻り、右手の爪を鋭利な刃物のように輝かせてマルガリータに突きつけた。


「こう見えて、我は気が短い方なのでね……」

「やめろっ! マルガリータに手を出すな!」

「そうそう、その声、その表情かお。我は美少年あなたのその悲愴な顔が見たかったのよねえ」


 必死に制止を呼び掛けるチョップの姿に、バルバドスはケツアゴのくせにぞくぞくっと身体を震わせて、恍惚とした微笑みを浮かべた。


「それにしても、あなたは本物のバケモノね。正直言って異常よ、い・じょ・う」

「僕は化物なんかじゃないっ!」


 挑発に過剰に反応する少年に、バルバドスは御し易しとばかりにほくそ笑む。チョップは拳を握り、怒りを押し殺しながら魔導海賊に問う。


「いったい……、僕のどこが異常だというんですか……?」

「貴方のいかづちの技。あの規模の『聖なる力』を乱発できるなんて、人の身ではおおよそ不可能よ。異常者以外の何者でもないわ」

「じゃあ裏を返せば、あなたにそれは出来ないという事ですね」

「……!」


 自らの失言にバルバドスは後悔を顔に混じらせ、今度はチョップが不敵な笑みを見せる。

 船上で繰り広げられる心理戦。

 だが、マルガリータの身柄を押さえられている以上、やはり攻め手はバルバドス。少年水兵に過酷な条件を突きつける。


「やはり、貴方は危険な存在だわ。貴方……、今すぐここで自害なさい」

『!!』

「そうすれば、王女を解放してもいいわ。出来ないとは言わせないわよ?」

「……」


 何の担保も保証もない悪党の甘言。だが、チョップは考え込むように沈黙する。


「……僕が死んだら、本当にマルガリータをしてもらえるんですね?」

『!?』

「素直な男の子って素敵だわあ。海賊ってのは信用第一なのよ? 交渉事パーレイたがえるなんて事は絶対に有り得ないわ」


 大仰に両手を広げ、ニヤニヤ笑いを隠さないバルバドス。明らかに嘘だと分かる挙動だが、チョップは全てを受け入れる姿勢を見せた。


「やめろ、罠だ!」

「チョップ!」


 仲間たちの制止も聞かず、チョップは右手を自分の喉元に突きつける。

 そして、ためらいもなく電光を放つ手刀を自らに放とうとする。


「やめてーっ!!」


 ドンッ!


「!?」


 チョップは突然タックルを食らい、もんどり打って船外に飛び出す。無謀なチョップの行動を諌め、ドボボーンッ! と共に海に落ちたのはサン・カリブ王国水兵団団長、ジョン=ロンカドル。


「ぶはあっ! おじ……団長、何を!?」

「みすみす、お前を死なせる訳にはいかないのでな。当然の判断をしたまでだ」

「離して下さい! まだ、マルガリータがふねに!」

「落ち着け! 離したら、お前は沈んでしまうだろう」


 泳げないくせに必死に黒船に戻ろうとするチョップを抑えるジョン兵団長。

 だが、船上のバルバドスはそれを逃さなかった。


「交渉は決裂、って事で良いわね?」


 バルバドスは右手を天に向けてかざすと、頭上に光の粒子が集中し、小型の太陽のような巨大な球体を構成する。

 そして。


「死になさい! 光魔法『太陽の光魔弾ソルバラデルス』ッ!!」


 キュドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ……!


 魔導海賊の呪文と共に、球体から大量の光弾が放たれる。

 それは、圧倒的な密度で海面を穿つ!

 光の豪雨により発生した荒波に揉まれ、海面から姿を消す水兵団の二人。


「チョップくん! チョップくーんっ!!」

「団長ーっ!!」


 悲痛な叫びを上げる、マルガリータ姫とトーマス副隊長。

 それを極上のハーモニーとばかりに耳で味わいながら、バルバドス提督は高らかにわらった。



 *



 ジョン兵団長とはぐれ、海底へと堕ちて行くチョップ。

 青い光に向かって手を伸ばすも泳げない彼は、意識と共に黒い闇へと飲まれて行く。


 じいちゃん……。ごめん……、僕は国を……、マルガリータを……、まもれ……。


 沈み行く意識の中、チョップの脳裏に浮かぶのは彼の祖父、英雄『しろたか』ことナックルとの思い出だった。

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