第15話 獣たちは欲望のままに
首だけしか海面に出ていないため全容は伺い知れないが、鱗に覆われた鎧のような肌、何者をも食らい尽くしそうな鍾乳洞を思わせる
「本当にドラゴンなのか……?」
「極北の山岳地帯にしか生息していないと言われる幻の存在だぞ? なぜ、こんな所に……?」
ドラゴンはゴルルルルと唸りながら、水兵団員たちに敵意に満ちた
「一体、何事だ?」
「こ……、これは?」
「す、すごい、大きい……。これが噂に聞く本物の
ただ事ではない様子に、甲板に現れたマルティニク王と執事のケイマン。そして、マルガリータ姫は眼前の巨竜に目を見開く。
すると、竜の喉元がドームのように急速に膨れ出した。
「王っ! 姫っ! お下がり下さい!」
「ブレスが来るぞ!」
王族たちをかばって、竜の前に立ちふさがる水兵団員たち。だが。
ゲボオオオオオーーーーーッ、ドシャッ!
ドラゴンから吐き出されたのは、緑色の胃液にまみれた、人間大の巨大な卵。
そして、その卵にピシピシッとヒビが走り。
「オーーーッホッホーーーッ!」
けたたましい笑い声を発しながら、殻が弾けて煙が上がり、中から現れたのは赤を基調としたコートを羽織った一人の男。
悪の限りを尽くしてきたような凶相と、
「海賊か!?」
「貴様、何者だっ!」
「オーホッホッ、皆さんお揃いで。
外見は間違いなく中年男。付け加えれば、割れたケツアゴが特徴的なブサイクなのだが、くねくねした仕草やどぎつい化粧。粘りつくようなオネエ言葉が、その醜悪さをさらに引き立てる。
「そして、この
「魔導海賊……」
「バルバドス……!」
「あの悪名高い、南海の魔王か?」
『魔導海賊バルバドス』といえば、強大な魔法で並みいる敵を討ち倒してきた、南の海で名を馳せる海賊提督。その名前を聞いて、ざわつく水兵団員たち。
だが、マルガリータはバルバドスの姿を見て、率直な感想を漏らす。
「あなた顔が大きいですわね。とても強そうには見えないし、すごくアゴが割れていらっしゃいますわ」
ド派手な登場に目を奪われてしまっていたが、確かにバルバドスの顔は大きすぎて五頭身程しかなく、非常に滑稽な体のバランスである。
「これはこれは、貴女が有名な『真珠姫』ことマルガリータ王女ですか。噂に違わず、食べちゃいたいくらい可愛い
「まあ。ケツアゴがケツすぎて、おしりがしゃべってるみたいですわ」
クスクスっとマルガリータは口元に手を当てて、お上品に笑うが、セリフが全く伴っていない。
バルバドスはこめかみに青筋を走らせながらも。
「オーッホッホ、貴女が見かけによらない、おてんば姫だというのは本当だったみたいですねえ」
「貴様っ! 何が目的だ!」
トーマス副隊長は、血気盛んにバルバドスに問うと。
「あらあら、愚問だわ。海賊の目的と言ったら、殺戮と略奪。それ以外に何があるのかしら?」
「何だとっ!」
「竜魔法『
バルバドスが呪文を唱えると、先ほどと同様にドラゴンが船の上に卵を吐き出し、その中から一週間は風呂に入ってなさそうな汚ならしい海賊達が五十人ほどワラワラと湧き出てくる。
「増援だとっ?」
「姫っ、後ろへ!」
同乗している数人の水兵団員たちは、マルガリータを守るように海賊たちの前に立ちはだかろうとするが、彼女はそれを制しながら。
「わたし達を害そうというなら、それはやめた方が身のためですわ。わたしはこれから帝国の皇帝と婚姻を結ぼうというところ。言わば、帝国とはすでに同盟関係にあります。わたし達に危害を加えれば、あの暴君アンドレス=バミューダが黙っておりませんよ」
帝国に頼るのは虫酸が走るが、この危機を乗り切るために、マルガリータはあえて皇帝の名前を示す。
すると、バルバドスは噛み殺していた笑いを押さえきれずに。
「クククッ……、フフフッ……、オーッホッホッホッ!」
「貴様ーっ! 何がおかしい!」
「貴方たちが帝国と同盟関係ですって……? なんて、おめでたい人たちなのかしら」
「あら、祝ってくれるのですか? ありがとうございます」
「結婚おめでとうと言ってるんじゃないわよ。胸が大きい女は頭が悪いってホントなのねえ」
「それはどういう……?」
意味なのかをマルガリータが問おうとした、その時。
隣の船からギャーッ! という大きな悲鳴が上がる。
『!』
見ると、王国の大臣の一人が帝国兵に曲刀で斬りつけられ、血まみれになって倒れている。
さらに他の船からも喚き声が上がり、いきなり船の上は交戦状態に陥った。
「水兵団は隊列を組んで、大臣たちを守れ!」
『シ……
ジョン水兵団長は各船にいる団隊長たちに号令を発し、対応策を取ろうとするが。
「なぜ、帝国の兵士たちが……」
「一体、どういうこと?」
「オーッホッホッ。我はサン・カリブ王国の重鎮たちを秘密裏に抹殺するよう、皇帝から直々に依頼を受けています。すなわち、帝国と同盟を組んでいるのは、我々『魔導海賊団』。貴方たちはまんまと騙されていたのですよ」
「何だと……」
「何ですって……!」
バルバドスから語られる衝撃の事実に、王とマルガリータは言葉を失う。
「この結婚はサン・カリブ王国の要職にある者たちをおびき寄せるための策略。王族や大臣、そして水兵団の幹部を皆殺しにすれば、一気に王国は弱体化するという寸法です」
「そ、そんな……」
「後は、侵略するのも乗っ取るのも思いのまま。全てはバミューダ皇帝がサン・カリブ王国を手中に収めるために仕組んだ、周到な罠だったのですよ」
「ま、まさか……、知力と政治力だけが自慢のこのワシが、計略にハマっていたとは……」
ガタッと膝から崩れ落ちる、マルティニク王。
「国王!」
「お父様!」
「オーッホッホッ! それでは海賊の皆さん、血煙が
『ヒャッハー!!』
バルバドスが高らかに開戦を叫ぶと、テンプレのように色とりどりのバンダナを巻いた海賊が、一斉にサン・カリブの要人たちに襲いかかる。
「水兵団、応戦しろ!」
『
ジョン=ロンカドル水兵団長の号令一下、水兵団の隊長・副隊長たちは、各船にいる大臣たちを守るべく抜刀する。
そんな中、マルガリータは決意を秘めた面持ちでバルバドスに対峙し。
「おやめなさい! 王国を滅ぼすというなら、王とわたしを
一瞬、えっ、ワシも? という顔をしたマルティニク王だが、すぐに自分の責務を思い出し、マルガリータの
「オーッホッホ。もちろん、王は首にしますよ。討ち取った
「? それは、どうして……」
「あなたを無事に帝国に連れて帰れば、サン・カリブ島はまるごと我の物になりますからねえ」
「えっ……、ええっ!?」
「サン・カリブ王国の首脳を全て葬り、『真珠姫』を傷一つ無く皇帝へ差し出す事が出来たあかつきには、サン・カリブ王国の統治権を我に委ねる。これが我に与えられた依頼と報酬の全貌ですよ」
ついに明かされた帝国皇帝と魔導海賊の野望。バルバドスは一際耳障りな声で高笑いをすると。
「あの好きモノの皇帝は、『無垢な真珠を傷モノにするのは、この私だ』なんて息巻いてましたからねえ。対外的には貴女を死んだ事にして、『雌奴隷として地下牢で飼い馴らす』らしいわよ。彼との間に何があったかは知らないけど、相当気に入られてるわねえ」
マルガリータは自分が現皇帝の頭にシャンデリアを落とした事を思い出し、帝国人は面子を重んじ、受けた恥を死ぬまで根に持つ執念深い人種だという事を改めて思い知る。
バルバドスは
「あの皇帝は実に太っ腹なドエロ豚ですよ。お姫様を奴隷にするという、薄い本みたいな願望を果たさんがために、たかだか小娘一人と国一つを交換してくれるんですからねえ」
「そんな、チョコボールの金のエンゼルみたいな
トーマスは赤髪を、燃えさかる獅子のたてがみのように振り乱し、咆哮を上げながら海賊提督に斬りかかる。
だが。
「光魔法『
バルバドスは軽く右手をかざすと、光の障壁が空中に展開し、トーマスの渾身の一撃を
ヴォオオオンッ!
「ぐあああああーーーーーっ!」
「トーマス!」
「副隊長さん!」
そして、衝撃をそのまま叩き返されたトーマスは全身にダメージを負いながら、甲板の上にもんどり打った。
「貴方ごときが我に敵うとでも? 見た目どおり頭の悪い方ですねえ。全く、我のタイプではありません」
「ぐっ……、貴様ぁ……!」
バルバドスは勝ち誇りながら、マルガリータに追い討ちをかけるがごとく。
「もともとサン・カリブ王国民は帝国の奴隷だったみたいだし、貴女ウブっぽいからまだ男を知らないんでしょう? 良かったわねえ。黄金の国のエロ同人みたいに、とっとと『女』にしてもらって、彼好みのスケベな性奴隷に調教してもらいなさいな」
「そ……んな……」
ニタニタと
「西海洋の絶世の
そして、次々ともたらされる凶報。
「第二十部隊、隊長・副隊長、共に
「第十九部隊の隊長と副隊長も討ち死に!」
「第十八部隊の隊長、副隊長もすでに討ち果たされました!」
破滅へのカウントダウンに、自分の未来が、国の将来が、絶望の闇で染め上げられる感覚。
マルガリータは立っていられない程の目まいを感じる。
だが。
「命に代えても、国王と姫を守れーっ!」
『
それでも必死に戦う水兵団員のためにも、いま自分が倒れる訳にはいかない。
「チョップくん……」
胸元で光る桜のネックレスを握りしめながら、心の支えである少年の名前を何度もつぶやいた。
「チョップくん……、チョップくん……っ!」
*
「ぽっぽっぽ。大変な事になって来ましたな、こりゃあ」
バルバドスの登場に、いち早くマストの裏に隠れたスワン副団長は、自らのシルクハットを脱ぐと、白い鳩がひょこっと顔を表す。
「くるっ……」
「しー、鳴いちゃダメです。今からあなたに重要な任務を授けます」
スワンは
「この手紙を、東の港で待機している第一部隊の隊員たちに渡してください。頼みましたよ」
ピースメーカー三世は、主の意図を理解したかのようにコクンとうなずくと、大空へ向けて飛んでいく。
「頼みますよ。きっと、その手紙が国の命運を
スワンは空を仰ぎ見ながらひとりごちると、腰の
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