第16話 白鷹は舞い降りた

 そして場面は戻り、その数刻後……。


 ピースメーカー三世、略してピーちゃんの密書を受け取った、東の港のチョップとチャカ。


「こ、これは……!?」

「ベタなリアクションはええから、早よ読んでえな」

「……スワン副団長からの救援要請です。『くるっくー。現在東の海域で、魔導海賊バルバドス一味と交戦中』」

「なんやて! バルバドスやと!」

「『なお、今回のマルガリータ姫の結婚式は、王族、大臣、水兵団の幹部をまとめて暗殺するために、帝国に仕組まれた偽りの物である』」

「な、なんやとーっ!」


 南海の魔王の名と帝国の策略を聞き、さすがのお調子者も顔色を変える。


「じゃあ、お姫さん! お姫さんは一体どうなんねん!?」


 チョップは書簡を持つ手を震わせながら。


「『……これらは全て王国を侵略し……、皇帝が姫を……姫を……雌奴隷にするためのはかりごとである……。至急救援されたし』」

「なん……やと……」

「『くるっくー』」

「それはいらんがな!」

「と、書いてあります……」

「おいおい、めちゃくちゃエラい事になっとるやないかっ! 今すぐに助けに行かな! ああっ、でも乗ってく船があらへんっ!」 


 王国の危機を聞き、大変やー、大変やーと右往左往するチャカ。

 チョップはその場から微動だにせず、その手紙を握りしめる。


「マルガリータ……」


 幼なじみの名前をつぶやき、チョップは瞳をつぶる。

 まぶたの裏に映るのは、今まさに奪われようとしている彼女の笑顔。


(わたし、チョップくんのこと、だーいすき! ずーっと、いっしょにいようね!)

(わたしはどんな事があっても、チョップくんを嫌いになんてならないからっ! ずっとずっと、大好きだから!)


「マルガリータ……っ!」


 ヒュオォォォ……!


 その時、今まで吹いていた帝国への追い風がピタリと止み、海を斬り裂く稲妻の紋章。

 東の港に掲げられていた、サン・カリブの国旗が大きく翻り、王国への向けての恵みの風へと変わった。


「ん? なんや、急に風向きが変わりよったで?」

「……なあ、チャカ」

「おおっ!? なんやねんお前、まとうとるオーラがさっきまでとはまるで別モンやぞ?」

「今、それはどうでもいいです」

「どうでもええって、お前……」

「たしか『エルアルコンの火は消し止めた』って、言ってましたよね」

「ああ。確かに言うたけど……って、おいおい!」


 チョップはいきなり走り出すと、水兵団の旗艦フラグシップ『エルアルコン』が停泊している場所へ向かい、慌ててチャカもそれを追う。


「これは……」


 チョップの目の前にそびえる、大艦エルアルコン。

 だが、現存はしていたものの、マストには燃えた帆の破片しか残っておらず、船体を旋回させるためのステイセイルという船尾の小さな縦帆を残すのみであった。


「最後まで話を聞かんかい! エルアルコンは船体が燃える前に火を消し止める事はできてんけど、帆までは間に合わへんかったんや」

「これじゃ、出港できない……」


 チョップはなんとか活路を見出だそうと、エルアルコンの船体に目を配ると、船首には対艦隊戦最強兵器、主砲『ミョルニル』の姿が。


「チャカ、ミョルニルは生きてますか?」

「ん? ああ、ミョルニルは無事やな。火薬も引火したらエラい事になるゆうて、避難させとったしな。せやけど、さすがのミョルニルでもあの距離じゃ砲弾は届かへんで?」


 チョップはミョルニルをぼんやり眺める様子を見せると。


「お願いがあります。アレで僕を撃ってくれませんか?」

「…………はあ!? あれ一発でガレオン船沈める破壊力やぞ? あんなもん食ろうたら骨も残らへんぞ?」

「すいません、言葉が足りませんでした。僕が弾になりますんで、帝国船に向けて撃ってください」

「人間大砲って奴か? どっちにしても下手したら死んでまうで。お前、そんな事してどうすんねん?」


 チョップのあまりにも無茶苦茶な要望。あきれたようなチャカの疑問に。


「もちろん、姫を……、いや……」


 東の海上を見据えるチョップには、もうポンコツと言われていた気弱な姿はすでに無く、彼は全てを吹っ切った顔で力強く答えた。


「マルガリータをたすけに行きます」



 *



「第十一部隊、隊長と副隊長、討ち死に!」

「第十部隊の隊長、副隊長、共に絶命!」

「第九部隊の隊長と副隊長の息もすでにありません!」


 次々にジョン=ロンカドル水兵団長の元に訃報が訪れる。


 東の海上にある五隻の帝国船では、サン・カリブ王国水兵団と魔導海賊団との間で熾烈な戦いが繰り広げられている。

 あの後、ドラゴンはさらに各船に海賊五十人入りの卵を吐き出し、数の上では五倍以上の敵を相手取ることになった水兵団員たち。

 歴戦のつわものとも言える、各隊の隊長と副隊長たちではあったが数の暴力に加え、王国の重鎮を守りつつでは思うような戦いができず、徐々にその数を減らしつつあった。


「聞け、皆の者!」


 兵力が半数を切ったところで、ジョン兵団長は手持ちのカードを切る。


「あと、数刻持ちこたえろ! すでに本国には伝書鳩で危急を伝えてある! もうすぐ救援が来るぞ!」

了解シーセニョール!』


 隊長たちは本国に残った水兵団員たちが、エルアルコンを始めとする五十隻の兵団船で助けに来る姿を想像し、気力を取り戻す。


「チョップくんが、助けに来てくれるの……?」


 マルガリータも愛しの少年が、救いの手を差しのべる姿を夢想する。

 だが、それもつかの間、儚いものへと変わった。


「オーッホッホ! 本国からの救援を期待しているなら、残念ながら来ませんよ」

「なんだと?」

「すでに貴方たちの船は全部焼き払われてしまいましたとさ。めでたしめでたし。オーッホッホ!」

「う……、嘘だ!」

「嘘じゃ無いわよう。貴方たち、三ヶ月前に『アベス』という海賊を捕まえたんじゃないかしら?」


 バルバドスの言うとおり、水兵団は以前『脱獄のアベス』を名乗る海賊を捕縛しており、現在は牢屋に収監中であるはずなのだが……。


「まさか、脱獄……」

「じゃあ、島の方角で見えていた黒煙は……」

「そのまさかですよ。我はそのアベスに炎を撃ち出す魔法の指輪リングを授けてましたから、彼が首尾良くやってくれたのでしょう。この計画は王国を滅ぼすため、いかに綿密に練られていた事がお分かり頂けたかしら?」

「そ、そんな……」

「我々の艦隊が……」

「あ、ご心配なく。用が済んだら指輪は爆発する仕組みになってるので、わざわざアベスを追う必要はありませんよ。手間が省けて良かったですねえ。オーッホッホッ!」


 利用された挙げ句、ダイジェストで非業の死を遂げた『脱獄のアベス』。彼の命と再登場の機会をあっさりと奪いながら、実に愉しげにわらうバルバドス。


「ひ、ひどい……」

「貴様には人間の心は無いのか!」

「あるわけ無いでしょ、海賊だもの。さあ、援軍も無くなった貴方たちにもう勝ち目はなくってよ。オーーッホッホッホッホーッ!」


 最後の望みを断たれ、逆に大きく士気を落とした水兵団は一気に崩れ始める。


「第八、第七、第六、第五部隊の隊長・副隊長、討死!」


 すでに、四つの副船は帝国勢に制圧され、大臣たちも皆殺しにされてしまった。

 サン・カリブ王国勢の生き残りは、本船に乗る国王とマルガリータ姫と執事長。そして、ジョン兵団長以下八人の隊長・副隊長のみとなった。


「くそっ、このオカマ野郎がっ!」


 第四部隊の副隊長は、悪態をつきながらザコ海賊たちを蹴散らし、バルバドスに迫る!

 だが。


「海魔法『水の手アグアアガラル』」


 バルバドスの水操作系の魔法。海水で形作られた巨大な腕が海面から立ち上がり、船上の第四部隊の副隊長を鷲掴みにする。

 そして、提督は恐ろしくドスの利いた声で。


「オッホッホ。今、貴方、何て言いました?」


 先ほどまでと口調こそは変わらないもの、水の手に掴まれたまま中空に浮かぶ第四部隊の副隊長に、怒りに満ちた表情で問いかける。


「我がいてるんですよ。お答え願えますかね?」


 だが、水の中に包まれた状況では、ゴボゴボと言うばかりで返事どころか呼吸も出来ない。


「待ってろ、今助けに行くぞ!」


 第四部隊の隊長が助けに入ろうとするが、反対側の海面から、もう一本の水の手がその身体を捉える。


「シュガール。エサの時間ですよ」


 水の手が二人の身体を同方向に投げ捨てると、大口を開けたドラゴンが海面から顔を出して待ち構える。


「うわあああああ!」

「ぎゃあああああ!」


 絶叫を上げながら踊り食いにされる二人。バリボリゴリと骨ごと噛み砕かれる音が響き、第四部隊の隊長・副隊長はあえなく竜の昼食えじきとなった。


『第四部隊の隊長っ! 副隊長ーっ!』

「オーッホッホッ、いつ見ても愉快な光景ですねえ。新鮮な肉は旨かったですか?」


 溜飲を下げたバルバドスに対して、口から血と涎を垂らしながら、まだ足りないぞと言いたげに水兵団を見下ろすシュガール。


『うおおおおおっ!』


 惨殺された仲間の仇を討たんと、第三部隊の隊長と副隊長が海賊提督に飛びかかろうとするが、バルバドスは軽く手をかざし、展開された光の障壁に二人の突撃はあえなく阻まれる。


「『光の剣エスパダデルス』」


 ドスドスッ!


『ぐわあああああっ!』


 射出された殺人光線が二人の胸部を貫き、第三部隊の副隊長は弾き飛ばされ、マルガリータ姫の目の前に倒れる。


「第三部隊の副隊長さんっ!」

「暗い……、何も見えない……、みんなどこへ行った……?」


 ドクドクと流れる鮮血が彼の命が幾ばくも無いことを示し、ワナワナと震わせながら、手を空中に伸ばす副隊長。

 マルガリータは差しのべられた冷たい手を両手で掴むと。


「第三部隊の副隊長さん、しっかりして! わたしはここにいますよ!」


 尽きそうになる命をなんとか繋ぎ止めようと、マルガリータは必死に語りかけるが。


「姫様……。ありがとう……ごさいます。死ぬ前にあなたに触れる事ができて……、先に逝った団員やつらに自慢話が出来ました……」


 そう言うと、スルリと手から力が抜け、第三部隊の副隊長はそれ以上何も語らぬからだとなった。


「第三部隊の隊長、しっかりしろ!」


 その脇では、ジョン兵団長が第三部隊の隊長を抱きかかえ、揺さぶりながら声をかけている。

 腹部に大穴が空き、明らかな致命傷を負った事が分かる状態だが。


「兵団長……、あんたとは長らく一緒にって来たが、どうやら俺はここまでのようだ……」

「何を言ってる! 生きてまた一緒に、お前が昔ハッスルした、あのキャバクラに行こうじゃないか!」

「ははははっ……。こんな時にそのネタを持ち出すとは、さすが団長だ……」


 第三部隊の隊長は、満足そうな笑みを浮かべながら、右手に持った湾曲刀カトラスを天に掲げ。


「サン・カリブ王国に、栄光あれ……」


 そして、カランと刀を取り落とし、水兵団の誇りを胸に第三部隊の隊長は黄泉路へと旅立った。


「第三部隊の隊長! 第三部隊の隊長ーっ!!」


 三十年来の仲間を失い、悲しみの叫びを上げるジョン=ロンカドル。

 だが、状況は一刻も待ってはくれない。ジョンは涙をこらえ、第三部隊の隊長の刀を形見とばかりに、再び海賊達に立ち向かう。


「ぬがあああああぁーーーーーっ!」


 水兵団の『赤獅子』こと第一部隊副隊長トーマスは、鬼の形相で刀の刃が欠けながらも敵を斬り続け、スワン副団長も第二部隊の副隊長も、海賊たちの襲撃を必死にさばく。

 だが、多勢に無勢。副艦から次々と増援が現れる。

 四人は大なり小なり傷を負い、満身創痍になりながら、それでも国王と姫を守るため海賊たちに抗い続けた。


「わたし……、こんなの、もう耐えられないよ……」


 王族に生まれ落ち、その責務を果たすべく必死に努めて来たおてんば姫だが、マルガリータはいまだ十六歳の少女である。

 目の前の第三部隊の副隊長、そして倒れ伏す水兵団員たち。

 むせかえるような血の臭いの中、自分のために死んで行った者たちの亡骸を見渡し、ただ王族というだけで、ただ守られるだけしか出来ない自分の無力さに、心が軋み、砕け始める。


「サン・カリブ島へ、帰りたいなあ……」


 西の空を仰ぎ見れば、自らの瞳と同じ色。

 いつか二人で並んで眺めた、あの時と同じ、コバルトブルーの蒼い空。


「楽しかったあの頃に、戻りたいなあ……」


 うわ言のようにそう言うと、マルガリータはもう二度と会う事ができない少年に、届かない救いをぽつりと求めた。


「チョップくん…………。たすけて…………」


 真珠の涙がこぼれ落ち、ガラス細工のように弾けたその時。

 マルガリータの潤んだ瞳に、雲一つ無い青空の中に、翼を拡げた白い鳥のような物が映った。


白鷹アルコン……?」


 その白い飛行体は西に向かって吹く風を、グライダーのように翼に受けて力強く飛翔し、マルガリータの乗る艦船に飛来して来る。

 そのまま、ボフンッとメインマストの黒帆に直撃すると。


 ダガアァーーーンッ!!


「何っ!?」

「何だっ!?」

「新手の敵襲か!?」


 落雷にも似た爆音が甲板に鳴り響き、王女たちを守る水兵団の前に粉塵が舞い上がる。


「ありがとう、ミョルニル。僕をここまで導いてくれて……」


 次第に白塵が晴れていき、中から現れたのは、艶のある黒髪と白い帆をマント代わりに纏った一人の水兵。

 それは、かつてを知るものには、かの英雄を彷彿とさせる威風堂々たる立ち姿。


「ナックルさん……? いや……」


 それは、『ポンコツ』と呼ばれる、心優しき少年水兵の後姿。


「チョップくん……?」


 おそるおそる問いかける彼女に、少年水兵は肩越しに後ろを振り向くと、すべての暗雲を打ち払うような笑顔を見せた。


たすけに来たよ、マルガリータ」

「……!」


 叶わないはずの想いが届き、両手で口元を押さえて、ポロポロと涙を流すマルガリータ。

 一人の少年の登場に時が止まったようなその戦場。

 だが、空気を読めない海賊が、曲刀を振り回しながら襲いかかる。


「なんだぁ、てめえ? バカが死にに来やがったぜぇ!」


 武器を持たない少年に、非情にも振り下ろされる海賊の曲刀。だが、彼はその一撃を右手で払いのけると。


 パキン!


「なっ!?」


 金属同士を噛み合わせたような音が響き、海賊の刀が真っ二つに折れ飛ぶ。

 そして、無防備になった海賊の胴体に、少年水兵は返す手刀を横薙ぎに叩きつけると。


 ズバァッ!


 斬り飛ばされた上半身は空中に弧を描き、汚ならしい血を撒きながら、ドシャッ! とバルバドスの足元に落ちる。

 地面に残された下半身は、赤黒い血を噴水のように吹き出しながら、スローモーションのようにバタリと倒れた。


 一瞬の殺劇。


 一体何が起こったのか、ほとんどの者は理解出来ず、彗星の如く現れた水兵に、魔導海賊バルバドス提督は驚愕をあらわにし。


「貴方…………、いったい何者……?」


 少年は敵の首魁しゅかいに対峙すると、その問いに対し。


「僕はサン・カリブ王国水兵団、第一部隊隊員……」


 右腕にまとわりついた血糊を薙ぎ払い、名乗りを上げた。


「水兵チョップだ!!」

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