第二章 魔導海賊バルバドスの野望

第13話 結婚パレード

 それから、三ヶ月の時が過ぎ……。


 その日、サン・カリブ王国の城下町では、早朝から大きな賑わいを見せていた。

 王城から西の港に連なる街道沿いには黒山の人だかりができ、国民たちが列をなしてその時を待っている。

 熱帯地方の色鮮やかな花に彩られた馬車が、白馬に引かれて城門から現れるやいなや、ワーッ! と大きな歓声が沸き起こる。


 それもそのはず、今日は王女マルガリータ姫の輿入れの日。サン・カリブ王国ではパレードが催されている。

 空は雲一つなく、これ以上ない快晴。今日という日にふさわしい、まさに婚礼日和である!


「嵐だったら良かったのに」

「こらっ!」


 天気に対し、文句をこぼすマルガリータ姫をとがめるマルティニク王。

 客車がオープンになっている四輪馬車、天蓋は花のアーチで形作られ、どの方向の観客ギャラリーからも王女の姿が見えるような造りとなっている。

 サン・カリブ島の名産『サン・カリブ絹織りシルク』でこしらえられた純白のドレスは、はるか極地でしか見られないというオーロラのような七色の輝きを放っている。

 それを纏った彼女の姿は、女神かと見紛うばかりの美しさ。だが、気の進まない婚礼を前にして、その表情は当然曇っている。

 その横には、父親のマルティニク王と執事長のケイマンの姿もある。


「姫、その顔はNGですぞ」

「せっかく、皆の者が集まっておるのだ、もっと笑顔を見せてあげなさい」

「はーい……」


 父にたしなめられたマルガリータは、観に来てくれた国民たちに手を振り、表面上は愛想を振りまく。

 マルガリータの思惑はともかく、祝賀ムードに包まれて、馬車はゆっくりと西の港へと向かっていった。


「キャーッ! 姫様ー!」

「こっち向いてーっ!」

「危ないから、白線の内側まで下がってくださーい!」

「皆さん、落ち着いてー!」


 少しでも近くで王女の姿を見ようと観客たちが押し寄せるが、警備についている水兵団員にグイグイ押し戻される。

 ギャラリーの中には、先立ってマルガリータがワンピースを買い求めた服屋の色っぽい女主人と、居酒屋の前で一悶着あったハゲ・ヒゲ・眉毛の大工の棟梁が並び立っている姿も見えた。


「姫様……、素敵なドレスを召していらっしゃるわ……」

「そうですね、やはり結婚式はいつ見ても良いものです」


 大工の棟梁は、普段のガサツさを封印しつつ、達磨大師のような顔にイケメンな雰囲気を醸し出しながら。


「服屋さん。もし良かったら、ボクたちも姫様にあやかって、結婚を前提にお付き合いしていただけないでしょうか?」


 棟梁の一世一代の告白に対し、服屋の女主人は。


「でも、姫様が結婚してしまうなんて、ポンコツちゃんは落ち込んでないかしら…………はっ。傷心の彼に大人の女性の包容力で慰めてあげたら、いい感じになるんじゃ……って、ダメよダメよ、失恋したところに付け込むなんて卑怯だわ。歳だって親子くらい離れてるじゃない。何て事考えてるの、私のバカバカ!」

「あのー……、服屋さん?」


 いやんいやんと妄想にふける彼女は、ちっとも話を聞いてはいなかった。


 さらに、先日迷子になっている所を助けてあげた女の子、ロアたんの母子おやこも観客の中に混じっている。


『お姫様、素敵だわ……、とてもお幸せそう……』

『一番の大国である帝国の、さらに皇帝が結婚相手なんて、これ以上の組み合わせはないよな!』

『今までいがみ合っていた帝国と同盟関係になるんだ。これでサン・カリブ王国も安泰だ!』


 馬車上にあるマルガリータの神々しい姿を見て、周りの観客は大いに盛り上がるが。


「ねえ、お母さん。お姫さまって、あたしを助けてくれたお姉ちゃんだよね?」

「ええ、そうよ。まさかあの時の方が姫様だったなんてね……」

「お姉ちゃんは全然嬉しそうじゃないよね?」

「これ、なんて事を言うの」


 慌てて、ロアたんの言葉を遮ろうとする母親。でも、どうしても納得がいかないロアたんは。


「ねえ、お姉ちゃんは何で、帝国の人とけっこんするの? あの面白い顔のお兄ちゃんとじゃないの?」


 ロアたんのお母さんは、苦い顔をしながら政略結婚の事を噛み砕いて説明する。


「姫様はね、私たちのために帝国の皇帝と結婚するのよ」

「なんで? けっこんって、とっても大好きな人とするんじゃないの? お姉ちゃんはお兄ちゃんと仲良しなのに、なんでけっこんできないの? かわいそうだよ!」


 ジロリと周りの者から睨まれるロアたん親子。せっかくのお祝いのムードに水を差すような格好になり、すいませんすいませんと頭を下げる母親。

 しかし。


「……いや、その子の言うとおりだ」


 観客の男性が、ポツリとつぶやく。


「正直、俺たちもこの結婚が姫様の望む物ではないのは分かっているんだ」

「私たちも、無理してお祝いしてるように見せているんだ。本当は、あんなクソ帝国のクソ野郎なんかに嫁いで欲しくないのに!」

「姫様が帝国との争いを止めるために、自分を犠牲にしてくれてるんだ……。俺たちのために……」


 ロアたんが投じた一石に、正直な気持ちを吐露する国民たち。

 理解を示してくれた人々に、ロアたんの母親は。


「今の私たちにできることは、姫様の今後の幸せを願う事しかありません。皆さん、せめて姫様の門出を、精一杯お祝いしませんか?」

「……そうだな、姫様を応援するか!」

『姫様ー! 頑張って下さーい!』

『姫様ー!』


 その意見に同調した彼らは、マルガリータ姫に向けて声援を送る。

 それが耳に入った姫は、声のする方にニコッと微笑みかける。


「あっ、お母さん見て、見て! お姉ちゃん、笑ってくれたよ!」


 嬉しそうにはしゃぐロアたんを、母親はギュッと抱きしめながら、遠くへ流れていく馬車を、涙を浮かべて見送った。



 本来、サン・カリブ島から東の大陸に向かう場合、水兵団船が停泊している東の港から出港する方が効率がいい。

 だが、パレードを広く国民に見せるために、城下町を経由する必要があるという帝国からの提案と、最後にサン・カリブ島をぐるっと外周しながら見ておきたいという、マルガリータの希望が合致した事により、一行は西の港からの出港を予定している。


 そこには結婚式に参列する、サン・カリブ王国の重鎮及び大臣たち。そして、水兵団からはジョン=ロンカドル団長以下、二十部隊の隊長・副隊長が燕尾服をまとって勢揃いしていた。

 しかし、それを見て、落ち着きなくキョロキョロとするマルガリータ。


「あれ? チョップくん、どこにいるの……?」



 *



「えーっ!? チョップくんは来ていないのですか?」


 出港を間近に控えた西の港に、マルガリータ姫の声が響く。


「わたしは団長さんに直接お伝えしたはずですよ? 帝国までの護衛には、ぜひチョップくんをお願いしますと」

「申し訳ありません、姫。実は……」

「ワシがそう申し付けたのじゃ」


 ジョン兵団長につかみかかりそうな勢いの、マルガリータの元に現れたのはマルティニク王。


「お父様……」

「そのチョップという水兵を連れて行くのは、トラブルの元になりかねないと考えたのでな。今回の渡航からは省かせてもらった」

「トラブルだなんて、チョップくんはそんな事しませんわ」

「念には念を入れて、西の港には出入禁止とも伝えてある。ヤケを起こして花嫁を奪いに来ないとも限らないからな」

「そんな事まで……」

「申し訳ありません、『王様の命令は絶対ぜったーい!』でありますゆえ……」


 マルガリータは深々と頭を下げる水兵団長と、尊大な態度を見せる父親をにらむと、ぷんぷんと怒りのオーラを放ちながら、帝国から迎えに来た黒船にさっさと乗り込む。


「すまなかったな団長。お主には損な役回りをさせた」

「いえ、王のお気持ちは分かりますので」

「変にいつまでも一緒にいたら、未練が残るからな。どうせならきっぱりと別れてもらった方がよい」


 マルティニク王は、ふーっと大きなため息をついて空を仰ぐと。


「この結婚は国のためにも、国民のためにも、必ずや成功させなければならん。ようやくここまでこぎ着けたのだ、絶対に帝国に疑念を抱かさせぬよう、慎重を期しておかねばな」

御意シーセニョール


 約百人からなるサン・カリブ王国の婚礼の一団は、帝国の五隻の黒船にそれぞれ乗船する。


 ジャーン……、ジャーン……。


 銅鑼ドラの音を鳴らしてふねがんすると、最後の見送りに来ていた観客たちから、ワーッ! と歓声が上がり、湾岸に横隊している全ての水兵団員は、スチャッ! と一糸乱れぬ敬礼をする。


 つつが無く国内のパレードを終えた一行は、追い風を受けながら東の海上。そして、皇帝が待つバミューダ帝国へ向けて出発した。

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