第6話 幼なじみの二人

「……とまあ、これが先代王と英雄『白鷹』との友情の始まり。そして、ゲンコツ水兵ナックル伝説の始まりというわけである」


 訓練施設の控え室で、サン・カリブ人ならみんな大好き、英雄ナックルの話を語ったジョン兵団長。

 その周りに体育座りで聞き入った後、うおー、パチパチパチ、ヒューヒュー! と囃し立てる、セーラー服を着たマッチョな水兵団員たち。


「なるほどー、どてらいお人がおったもんですなあ。しっかし、団長は見てきたように語りますね」

「そりゃそうさ。その時の兵団長が私のおじいさんだったし、ナックルさんは私の師匠だったからな」

「ホンマですか?」


 意外なつながりに驚くチャカ。ジョン兵団長は懐かしいあの頃を思い出し、目を細める。


「ナックルさんには新兵の時から色んな事を学ばせてもらったよ。水兵団の誇りや心構え、戦闘術に格闘術。あと、うまい酒の飲み方や、おネーちゃんがいる店に連れて行ってもらったり」

「ええ師匠やないですか」

「それから、おネーちゃんのいる店をハシゴしたり」

「どんだけ女好きなんですか、ナックル師匠」

「まあ、色んな意味で豪快な人ではあったな」

「とりあえず、ナックル師匠が英雄でスケベエなんが、よお分かりましたわ。あと、チョップが七光りのアホボンやっちゅうのも」


 そう言って、チャカはふんっと鼻を鳴らす。


「なんか気になる物言いだな。そのへんお前はどう思う、トーマス?」

「あいつはマジでポンコツですよ。血を見るのが怖いと言って剣も銃も使えないし、気も弱いし、水兵のくせに泳げない。そのくせ、あんな美人のお姫様が幼なじみなんて、これなんてエロゲですか!」

「せやせや! お姫さん、完全にチョップにホの字やないですか、なんてエロゲやねん!」

「お前たち、息ぴったりだなあ」


 意気投合し、イエーと拳をぶつけ合う、彼女がいない二人組を微笑ましく見るジョン。

 だが、次の瞬間。本来の水兵団長の姿に立ち戻り、強い眼光を放つ。


「で、実際の所はどうだ?」

「そうですね……、はっきり言って身体能力は群を抜いています。特にスタミナは無尽蔵ですね。さすがは団長の直弟子、そして英雄の孫だけのことはありますよ」


 それを受けて、トーマスは正しい分析を返した。


「そうだな。あと、生命力も相当だ。小さい頃に崖から落ちた上に海で溺れて、十日間死の淵をさまよいながらも無事に生還したと聞くからな」

「なるへそー。やから、あいつは泳がれへんのかな?」

「しかし、あいつはなんというかこう、覇気がありません。しかも、あいつは敵の命を奪うことに怖れをいだいています。あの性格は水兵には向いていない」


 もったいないと言わんばかりに、ため息をつくトーマス。


「まあ、そう言ってやるな。あれは優しい奴なんだ。あいつはあいつなりに良くやっているぞ」

「ですが、このままではいずれ敵の手にかかって死にますよ。あれだけの素質を持ちながら、ポンコツのまま潰してしまうのはあまりにも惜しい」


 トーマスは拳を握りながら、石造りの控え室で熱く語る。


「ですから、俺はあいつを心身ともに鍛えに鍛えて、この水兵団を背負って立つような、立派な水兵に育て上げるつもりです」


 すぐに鉄拳制裁を振るう粗暴な上官と思われがちだが、元来トーマスは面倒見の良いナイスガイなのである。


「いよっ、ヒューヒュー! かっこエエよ、副隊長!」


 パカン!


「あいたあ!」

「お前もだ、チャカ。お前も見込みあるからな。鍛えまくって、最強の水兵剣士にするつもりだから覚悟しとけよ」

「ひょえー!」


 この活気と明るさこそが、サン・カリブ水兵団が凶悪な敵と戦い抜くことができる力の源泉。わいわい騒ぐ隊員たちを、ジョン兵団長は温かく見守る。


「いつか、あいつも英雄ナックルじいさんのように、伝説に残るような男になってくれれば良いがな……」


 ジョンは虚空を見つめ、チョップにかつての師匠の姿を重ねて思いを馳せた。



 *



「ぽよんぽよん、ぽよよーん♪」


 と、リズミカルに歌う、薄桃色のドレスを着た金色の髪の乙女。


 昼下がりの太陽が朗らかに照らす、石畳の街道には二人、少年と少女の姿があった。

 少女マルガリータは少年チョップの左腕にしがみつき、チョップは非常に歩きにくそうにしている。

 それもそのはず、あまりに密着するものだから、マルガリータの胸がチョップの腕に当たりまくっているのである。


 偶然だと思いたいが、絶対わざとやっている。

 なぜなら、マルガリータが冒頭の歌を歌っているからである。


「王女様、わざとやってません?」

「そんなことないよー。チョップくんをドキドキさせて、意識してもらおうなんて、これっぽっちも考えてないわ」

「離してもらっていいですか」


 無理矢理に腕を外され、ああんと言いながら名残惜しそうにするマルガリータ。


「うーん……、あんまり嬉しくなかった?」

「その質問は、返答に困ります」

「ふーん?」


 マルガリータがチョップの顔をのぞき込むと、赤みがさした彼の表情から多少は効果があったことを見て取り、満足そうに微笑む。


「チョップくんは、相変わらず恥ずかしがりやさんだね。変わってないなー」


 両手を広げてくるくる回りながら、ニコニコ笑うマルガリータ。彼女の気分と一緒に、くるくる髪のサイドテールもドレスのスカートも楽しそうに踊る。


「そういう王女様も、ちっとも変わってないですね」


 すると、先ほどまでとはうって変わって、マルガリータは不機嫌そうに口を尖らせながら。


「王女様なんて呼ばないで! なんか距離を感じちゃうから、二人きりの時は昔みたいに『マルガリータ』って呼んでよ!」


 それを聞いて、チョップは少し困ったように。


「いえ、僕はただの一兵卒です。そんなおこがましい事は出来ませんよ、王女様」

「……そういうところは、変わっちゃったね」


 しょんぼりした風に言うマルガリータ。しかし、それもつかの間。


「じゃあせめて、みんなみたいに親しみを込めて『姫』って呼んでよ。それか、『マルちゃん』。なんなら『赤いきつねゾロ・ロッソ』と呼んでくれてもいいよ」

「何ですか、それ?」

「なんか、極東の『黄金の国』の麺料理の名前みたいよ。良く知らないけど」

「極東の人は、狐を食べるんですか?」

「食べるんじゃない? 甘くてじゅわーってして美味しいらしいよ。良く分からないけど」


 うーん? と、チョップとマルガリータは首を傾げる。

 そのタイミングと角度があまりにも一緒だったので、二人は思わず吹き出してしまった。


「あはははっ、たーのしい。やっぱりこんなくだらない話は、チョップくんとしかできないね。なんだか、すごく落ち着くよ」

「そう言っていただけて光栄ですよ、姫」

「またまた、そんな硬い言葉使っちゃって。タメ口の方が全然いいんだけど」


 困ったような苦笑いを見せるチョップに、マルガリータは晴れた日の潮風のような優しい笑顔を見せて。


「でもまあ、チョップくんがそっちがやりやすいなら、それでいっか。よし、行こうよ!」


 マルガリータはチョップの左手を取って、グイグイ引っ張って行こうとする。


「姫、あんまり急ぐと危ないですよ」

「ううん、一緒にいる事ができる時間は限られてるから。それに、早くしないと日が暮れちゃうよー」

「はいはい、分かりましたよ」


 やれやれといった風情で、マルガリータの小さな手に導かれるがままについていくチョップ。


 西海洋の天気のようにくるくる変わる豊かな表情と、昔と寸分も変わらない青く澄んだ瞳。

 お姉さんぶったマルガリータに手を引かれていた、幼い頃の風景をチョップはまざまざと思い起こされる。


 風に乗って聞こえてくる、喧騒に呼び寄せられるかのように、二人は城下町に足を運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る