第7話 いちゃラブ城下町デート
サン・カリブ島のど真ん中に、小高い山の上に建てられた石造りの城、グアドループ王城がある。
支配の象徴としての豪奢さは一切なく、防衛拠点としての機能を重視した武骨な風体の城であり、国外に対しにらみを利かせながらも王国内を優しく見守るかのように静かに佇んでいる。
その城から西側に面した、白い石造りの壁と赤い焼き瓦の屋根の建物が立ち並ぶ城下町。
中でも、交易船や旅船が入港する『西の港』から連なる街道沿いは、商店と露店商がひしめく市場となっており、国内でも一番の賑わいを見せる場所となっていた。
「さーて、チョップくんはどこから回りたい? わたしは服を見に行きたいな」
「えーと、僕たちは視察に来たんですよね?」
「はっ、そうでした」
すでに目的を履き違えているマルガリータ。
「そうねえ……。じゃあ、服装の乱れは風紀の乱れということで、服屋さんから行きましょう!」
「ものは言いようですね。ところで、その変なかぶり物はなんですか?」
マルガリータが身につけている、唐草模様のほっかむりを見てチョップは言う。
「これ? これは、極東の方の隠密行動の格好らしいよ。今日はお忍びだから、なるべく目立たないようにしないとね」
「そうですか? 余計に目立ってるような気がしないでもないですが」
「まあ、顔が分からなければ大丈夫よ」
ささっ、行こ行こっと促され、チョップはマルガリータとともに服屋へと向かう。入口の木製扉を開けると、来客が分かるように取り付けてあるベルがカラランと鳴った。
「こんにちわー」
「いらっしゃ……うわっ、変な人が来た!」
服屋の女主人が奥の部屋から出てきたが、出会い頭にマルガリータの姿を見て、当然のように驚いた。
「失礼しちゃうわ」
「だから言ったのに」
マルガリータは特に機嫌を損ねた様子もなく、ほっかむりを取って素顔を見せる。
「えっ……、姫様!? ようこそ、いらっしゃいました!」
「そんなかしこまらなくて良いですわ。楽に楽に」
「すいません、姫様がお越しくださると分かっていたら、もっと綺麗に掃除していたのですけど……」
四十代半ばくらいの口元のほくろが色っぽい女主人は、慌てたように二人を出迎える。
「お忍びで来たのですから、お気になさらず。できたらわたしが来た事は内密でお願いしますわ」
「こんにちわ、お姉さん」
突然の王女の来訪に、周りがまったく見えていなかった女主人は、ようやくチョップと視線が合う。
「あらん、ポンコツちゃん。いらっしゃい」
「ごぶさたしてます」
「ポンコツ……ちゃん?」
女主人のチョップへの奇妙な呼び掛けに、マルガリータは怪訝な表情を見せる。
「あ、ごめんなさい。みんなアダ名で呼んでるものだから、私もついクセで。それより、この間は屋根の修理をしてもらっちゃってありがとうね」
「いえ、お困りのようだったので。あの後はどうですか?」
「おかげで雨漏りもしなくなったし、ウチは男手が無いからほんと助かったわあ。今度暇な時にご飯食べに寄って行きなさいな。ご馳走作ってあげるわよ」
「いえ、お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
楽しげに会話する二人に、マルガリータはチョップの脇腹をつつきながら。
「ねえ、水兵団ってそんな仕事までしてるの?」
「いえ、多分僕だけです。他にも何か役に立てる事があったら、パトロールのついでに」
「ふーん、そうなんだ。頑張ってるんだねー」
チョップの仕事ぶりを聞いて嬉しく思う一方、(マルガリータ目線で)
が、蒸し暑さを感じ、服屋を訪れた本来の目的を思い出した。
「実は、今日は服を探しに来たのです。この格好では暑苦しくって、涼しげな服があったら求めたいのですが」
「そうですか、それではこちらへどうぞ」
女主人に促され、マルガリータは試着室へと向かう。
手持ちぶさたになったチョップは、店の中を見回す。
白い石積みの内装の店内は、女主人が言うほど散らかってはおらず、商品はきちんと棚とハンガーで整頓をされていた。
男物の服を手に取って眺めてみるが、すぐに興味を失ったチョップは、さすがに店内で筋トレなどはできないので、目をつぶって脳内で戦闘シュミレーションをして時間をつぶす。
「チョップくーん、こっち来てー」
「あ、はい」
マルガリータに呼ばれて、試着室の前に立ったチョップ。
カーテンがシャッと開き、中にいた彼女の姿に目を見張る。
身につけていたのは銀色のスパンコールのビキニ。ベールの付いた頭冠と、羽扇子を持ったその姿はまさに。
「ちょっ、それ踊り子の衣装じゃないですか?」
「どお? 似合う?」
言いながら、踊るようなポージングをするマルガリータ。
白い肌を惜しげもなく晒し、たわわな胸を申し訳程度に覆ったビキニは、光を受けてキラキラと輝いている。
くびれた腰に可愛らしいおへそ、下半身には短めのパレオを巻いているが隙間から見える太ももがとても眩しい。
確かに涼しげで、似合うか似合わないかでいうと、恐ろしく良く似合っているのだが。
「ダメです。王女様はそんな服を着てはいけません」
「えー、わたしは似合ってるかどうかを聞いてるんだけど」
言いつつ、前屈みで答えを迫るマルガリータ。チョップの目の前で立派な果実がたゆんと揺れる。
「似合ってます。似合ってますから、早く別のに着替えて下さい」
「もう。チョップくんは、ほんとに照れ屋さんだね」
明らかな狼狽を見せるチョップの様子に、『こうかはばつぐんだ!』と実感したマルガリータは、次の衣装にお着替えする。
「はい、これならどうかな?」
「うわっ」
現れたのは、黒の肩出しボディースーツに網タイツ、黒のウサ耳ヘヤバンドと白いウサ尻尾の女性。
「姫、なんですか? その格好?」
「ウサちゃんでーす」
両手をウサ耳に添えて、可愛らしくシナをつくるマルガリータ。かわりに服屋の女主人が、チョップの疑問に説明を入れてくれる。
「これは、伝説の『バニーガール』という服です。昔の男性はこの服を着た女性にメロメロだったらしいですよ」
「でも、この服は見た目涼しそうだけど、通気性が悪いわ。なんだか蒸れちゃうな」
あろうことか、マルガリータは胸元を引っ張り、パタパタと手で服の中をあおぐ。
「いやいや、もろもろ見えちゃいますってば」
慌ててチョップはマルガリータを試着室へ押し込み、別の衣装に着替えさせようとするが。
「次はスクール水着か、体操服ブルマなんかどうかな?」
「何か良く分からないですけど、なんとなくダメです」
「なんでー?」
そんなこんなで、問答を続けること十数分。
「これは、どう……かな?」
「!」
最終的にマルガリータが選んだのは、白いノースリーブのワンピース。
気品と清楚さを感じさせながらも、肩から二の腕にかけての露出が、女性らしい色香を醸し出す。
サン・カリブではありふれた装いではあるが、それだけにマルガリータの美しさを余計に際立せていた。
「チョップくん、聞いてる? おーい」
衝撃のあまり、ぼーっとしているチョップの目の前で、手をヒラヒラさせるマルガリータ。
「あ、はい……。似合ってます、すごく」
「そーお? じゃあ、これにする」
マルガリータは女主人に向けて。
「これをいただきますわ。なんだかチョップくんがすごく気に入ってくれたみたいですし」
「では、合わせてこちらもどうでしょうか?」
女主人がセットアップに薦めたのは、白いつば広の帽子。かぶれば、あっという間に太陽が良く似合う夏のお嬢さんに早変わり。
「うん、いい感じですわ。これも頂いていきます」
「お召しになっていたドレスと変な柄のほっかむりの方は、配達のついでにお城にお届けしましょうか?」
「それは助かります。よろしくお願いしますね」
お代を払って、ようやく人心地ついたマルガリータは、新しい服をお気に召したのか、鏡の前で色んな立ち姿を取ってみる。
「ん? チョップくん、どうしたの?」
「いえ、なんでも」
今だにぼーっとしているチョップに、マルガリータはニヤニヤしながら近づき。
「ははーん。さては、わたしの魅力に惚れ直しちゃったとか?」
「そんなことは、ないです」
チョップはそう言いながら後ろを向くが、マルガリータは追い打ちをかけるように。
「そんなこと言っちゃってー、耳が赤いよ?」
ささっと、両手で耳をふさぐチョップの様子に、マルガリータは満足そうに笑う。
「わははー、チョップくんはかわいいなあ」
「あの……、二人はとても仲がよろしいようですけど、そのどういったご関係で……?」
王女と一介の水兵が親しげに話す光景に、不思議に思った女主人がおずおずと問いかける。
「ああ、僕は姫の護衛でして……」
「
「えっ!?」
「わたし達は、いいなずモガッ……」
しれっと爆弾発言をする口を押さえたチョップは、そのままマルガリータをずるずる引きずりながら。
「すいません、急用ができたので僕たちはこれで失礼します」
「えーモガッ。なんでー、まだいいじゃモガモガッ」
「ほら、城下町の視察をするんでしょ。さっさと行きますよ」
「モガーッ、国家権力の横暴よー!」
「また、お越しくださいませー……」
ジタバタ抵抗する、その国家の王女を伴って、チョップは服屋を後にする。
二人を見送った、女主人はポツリと一言。
「……私も二十年若かったらポンコツちゃんを狙ってたけど、あんな可愛いお姫様が相手なら、どっちにしろ敵わないわあ」
*
「姫、なんて事を言うんですか。服屋さんびっくりしてたじゃないですか」
「まあまあ。王女なんだし、ちょっとくらいリップサービスしても良いじゃない」
「変な噂が立ったらどうするんですか、僕は責任持てませんよ」
「別に、わたしは気にしないわ」
「僕が気にするんです」
それを聞いて、マルガリータはぷーっとほっぺを膨らまし。
「なによ、ホントの事言って何が悪いの!」
「もう、昔の話じゃないですか。子供じゃあるまいし」
「硬いことばっかり言っちゃって、チョップくんのカタブツ! マダムキラー!」
「それ、どういう意味ですか?」
端から見たら、完全に痴話喧嘩のカップル。
二人は往来をやいのやいのと言いながら、なんだかんだで仲良く歩いていく。
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