第一章 ポンコツ水兵と真珠姫

第3話 サン・カリブ王国水兵団

 大陸の西の海上、通称『西海洋マオエステ』と呼ばれる海域にある『サン・カリブ王国』は、人口が十万人程の島国である。

 国土である『サン・カリブ島』は全方位を海に囲まれた真円形の島で、西海洋の諸島の中でも最大級の規模を有する。


 主要産業は漁業と農業と養蚕ようさん業。

 特に美しい絹糸で織ったサン・カリブ絹織りシルクは世界的に有名な名産品であり、交易のために商業船が出入りをするため、現国王の政治手腕もあいまって、サン・カリブ王国は島国としてはかなり豊かな部類に入る。


 だが、サン・カリブ王国は西海洋の中で東の大陸に最も近く、侵略国家の『バミューダ帝国』に隣接する位置関係であるため、人々は常に緊張を強いられる状況にある。

 そのため、王国は水兵団を組織し、東への備えを万全に固めている。


 また、西海洋の周辺諸国もサン・カリブ王国が侵略されるような事になれば、そのまま自身も亡国の憂き目に合うため、サン・カリブへの援助を惜しむことはなく、諸島との連携と交友関係は極めて良好と言える。


 結果、サン・カリブ王国は総勢二十部隊、約千人。保有船は旗艦の『エルアルコン』を始めとする総数五十隻の、西海洋全域を護る盾とも鎧とも言うべき最強の水兵団を保有するに至っていた。



 *



 ガチムチマッチョな男たちが、おもむろにセーラー服を脱ぎ捨てる。


「サン・カリブ王国水兵団のモットーは、何だーっ!!」

『気合いと、根性ですっ!!』

「行っくぞ、お前らぁーーーっ!!」

了解シーセニョールッ!!』


 サン・カリブ王国水兵団、第一部隊の一日は五キロの遠泳から始まる。

 朝五時起床、点呼の後に軽い準備運動を終えると、戦艦を停泊している『東の港』から、いきなり真っ裸で海に飛び込んで行く。


「おらおらーっ! ペースが遅れてるぞ!」

了解シーセニョール!」


 まだ薄暗い空の下、全裸の脳筋たち約五十名が海面上を突き進む。

 その中に一人だけ泳ぐ事ができないので、浮き輪を着けてパチャパチャ進む少年の姿が。


「チョップ! バカンスじゃねえんだ、もっとスピードを上げろ!」

「はいっ」


 燃えるような赤髪、屈強な男たちの中でも一際目立つゴリマッチョ。

 『赤獅子』とも恐れられる鬼の副隊長トーマスのゲキが飛ぶ。

 怒鳴られたチョップは全力でバタ足をすると、モーターボートのように大外一気で先頭を抜き去り、団員たちは波にあおられて、もがいてももがいても前に進めなくなってしまった。


「バカ野郎ーっ! ちょっとは自重しやがれーっ!」

「す、すいません……」


 朝七時、遠泳から上がった第一部隊は宿舎の食堂で朝食を取る。

 なにしろ、さっきまで泳いでいたのに、いきなり飯を食わなければならないのである。すでにルーティンと化しているベテラン水兵ならともかく、まだ慣れない若い兵たちはご飯が喉を通らない者もいる。


「ほら、食っとかないと後がきついぞ」

了解シーセニョール……」


 先輩たちにたしなめられながら、サン・カリブ名物かつおの塩辛で白米を胃袋に流し込む若い水兵たち。ところが。


「すいませーん、おかわりをお願いします」

「あんた、細いのによく食べるわねえ。どこに入っていってるのかしら?」

「いえ、それほどでも……。あ、オカズもおかわりお願いします。肉を多めで」

「あんた、本当に良く食べるわねえ……」

「おい、チョップ! お前、何杯食やあ気が済むんだ!?」


 副隊長に問われ、チョップは指折り数えて記憶の糸を手繰り寄せるが。


「すいません、何杯食べたか覚えてないです」


 パカン!


「あいたっ」

「数を聞いてるんじゃねえ! 他の奴らの分が無くなるから、もう食うなっつってんだ!」


 朝食を終えて休憩の後、八時からは全長五十キロのロードワークが始まる。


「俺たちゃ、明るい水兵だーん!」

『俺たちゃ、明るい水兵だーん!』


「帝国なんざぁ、ぶっ潰せー!」

『帝国なんざぁ、ぶっ潰せー!』


「ハッスルー、ハッスルーっ!」

『ハッスル、筋肉マッスルーっ!』


 先頭を行くトーマス副隊長の野太い掛け声に合わせて、白い水兵セーラー服を着込んだ第一部隊の隊員たちが声を上げながら、緑鮮やかな松林を突っ切り、白砂が輝く海浜を駆け抜け、風光明媚な海岸線の道のりを走る。


 第一部隊はジョン=ロンカドル兵団長の直属の部隊であるため、戦闘では最も過酷な任務を担う事が予想される。

 そのため、他の部隊以上の実力を醸成する必要があり、教官役のトーマス副隊長が訓練熱心なことも相まって、広島カープの春キャンプのようなスパルタ訓練をほぼ毎日行っている。


 トーマス副隊長いわく、「訓練で死ぬような奴が、実戦で役に立つわけが無い」とか。


「おらーっ! そんなチンタラ走ってたら、昼飯の時間に間に合わなくなるぞ!」


 体力的に劣る新兵たちは、徐々に先頭から引き離されて行く。

 昼食の時間は十二時なので、五十キロマラソンを四時間以内で走り切れと、わりと無茶な事を言う副隊長。

 ところが。


「えっほ、えっほ」


 なぜか、前方から水兵団に向かって、爆走して来る少年水兵チョップ。


「チョップ! お前はこのコース二周だからな! 十二時までに帰って来なかったら、昼飯抜きだぞ!」

「はい。えっほ、えっほ」


 彼はすでに折り返し地点をUターンしており、再度スタート地点へ戻っている所である。

 すなわち、百キロを四時間で走破するという、人類の限界に挑戦しているチョップ。


「トーマス副隊長、無茶ですよ! なんか、あいつにだけやたら厳しくないですか?」

「奴にだけ厳しくするのが嫌なら、お前らも百キロ走るか?」

「あ、いや、そういう意味では……」

「心配するな。俺は出来ないやつに出来ん事はやらせん」

「は、はあ……」


 そして、副隊長の言うとおり、倍の距離を走りながらなぜか他より先にゴールしているチョップ。

 しかも、息を切らしている様子もなくケロッとしている。

 隊員たちは、あいつに同情するのは金輪際やめようと思った。


 昼飯休憩をはさみ、十三時からは王宮に程近い訓練場に赴き、射撃及び剣術の訓練が行われる。

 射撃訓練は山に面した射撃場で、横並びの藁人形カカシを的に火打ちフリントロック式銃の練習を行う。


「どやどや、見ってん! 十発撃って全部命中したで!」

「おー、すごいじゃないか」

「チャカ、おまえ今日絶好調だな」

「へへん。そや、お姫さん! お姫さんはオレの勇姿を見てくれてへんか?」


 チャカと呼ばれる、明るいツンツン茶髪の小柄な少年水兵は、辺りをキョロキョロ見回しながら、隊員たちに騒々しく問う。


「姫様はまだ来てないぞ」

「視察なら、たぶん剣術の訓練の時ぐらいじゃないか?」


 それを聞いたチャカはガックリと肩を落とし。


「なんや、せっかくあの可愛かわええお姫さんにええとこアピールしよ思てんけどなあ」


 隊員たちがわいわい浮かれている一方で、チョップは銃を構えながらも、ゆっくりとその腕を下ろす。


「僕には、この人たちを撃つことは出来ません……」

「いや。人じゃなくてカカシだから」

「ガンガン撃てばいいじゃないか、ガンだけに」

「でも、あのカカシとあのカカシがお父さんとお母さんで、あの小さいのが子供だと思ったら、家族を引き離すことなんてとても僕には出来ないです……」


 銃を胸に抱きながら、首を振る少年水兵のチョップ。


「いや、そんな気に病まないでも」

「カカシに感情移入しすぎだろ」

「スタミナはすごいけど、やっぱりお前はポンコツだなあ」


 アハハハハと周りの隊員たちから、からかいとも憐れみとも取れる笑い声が上がる。

 チョップもつられて、照れくさそうな苦笑いを浮かべる。


「こらーっ! お前ら、訓練中にヘラヘラしてんじゃねえ!」

了解シーセニョール!』


 続く剣術の訓練は、闘技場コロシアムと併用の訓練場で、湾曲刀カトラスを模した木刀で模擬戦を行う。


 カン、ガキッ、カンカン、ドバキッ!


「ま、参った……」

「よし、次はチャカ!」


 トーマス副隊長が名指したのは、お調子者の少年水兵チャカ。チョップの同期で、島のアマチュア剣術大会で優勝をした経歴をひっさげて第一部隊に入団した男である。

 彼は、砂ぼこりが舞う闘技場内をぐるうりと見回すと。


「えー、まだお姫さん来てないやないですかー。なるたけ後ろに順番回してもらわれへんですかね」


 パカン!


「あいたあ!」

「口答えするんじゃねえ。とっとと前に出ろ!」

「シ、了解シーセニョール……」

「相手はそうだな……。チョップ、お前が相手しろ」

「はい」


 副隊長の呼び掛けに答えて、前に進み出るチョップ。

 二人が向かい合うと、チョップの方が頭一つ分ほど背が高いのがわかる。


「へっへっへ、ポンコツチョップか。同期やからって手加減はせえへんで、ボッコボコにしたるさかいな」

「はい、望むところです」

「望むんかい」

「始め!」

「ほな行くで、ポンコツゥ!」


 開始の合図と同時に、一気に間合いを詰めるチャカ。


「チャカチャカ流奥義! タコポルポ八連斬ッ!」


 バババババババ、バシッ!


 腕が蛸足のように増えて見えるほどの高速連続斬りに、チョップの右手から木刀が弾け飛ぶ。

 チャカの勢いに押され、チョップは尻もちをついた。


「ま……、参りました」

「よっしゃあ! どないや!」


 派手なガッツポーズを取るチャカ。対して、試合を見守っていた審判のトーマス副隊長は二人に向かって。


「続けろ」

「はい? もう決着はついてまっせ、こっから続けるのは無理ちゃいますか?」


 すでに地に倒れ、武器も持たずに死に体となっているチョップを木刀で指し示し、抗議の声を上げるチャカだが、トーマスは鬼のような形相で二人を睨んだ。


「聞こえなかったか? 俺は続けろと言ってるんだ」

「シ……、了解シーセニョール!」

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