第2話 ポンコツ水兵チョップ
「待ちやがれっ、このクソガキがー!」
「うわ、うわ、うわーっ」
海賊が繰り出す剣撃を、ひたすら避ける一人の水兵。
白のセーラー帽の裾からのぞき見える、艶のある黒い髪に、水兵らしからぬ白い顔。
まだ年若いのだろう、線の細さを感じさせる体躯。
整った顔立ちに、黒い瞳は少年らしくキラキラと輝いているが、その表情に余裕はない。
「くそっ! ちょこまか逃げやがって!」
「わっ」
甲板のバケツにけつまづき、バターンと仰向けに倒れる少年水兵。
絶体絶命か、と思いきや。
ガポン!
少年が蹴り飛ばしてしまったバケツが頭に被さり、視界を奪われる海賊。
「ぐわっ! 前が見えねえーっ!」
あたふたした海賊は段差に足を取られて、
「あっ、
少年水兵は思わぬ
「うわわっ」
パンパンッと乾いたピストルの砲音が響き、少年が狙い撃たれる。
少年水兵は手持ちのロープを投げると、船の
王国水兵団の
ロープを手足のように操り、船の中を自由自在に動き回る技である。
少年水兵は
ところが。
ブツンッ!
「え?」
流れ弾が直撃したのかロープが中程からちぎれて、少年は運動エネルギーをそのままに、宙を飛翔する。
「うわー、どいてくださーいっ」
「げーっ! こっち来るんじゃねえ!」
少年が海賊のキャプテンめがけてすっ飛んで行き、慌てて逃げようとする船長だが、時すでに遅し。
スパカーン! と激突し、もんどり打って2人とも海に投げ出される。
ドボボーン!
「助けてーっ、僕泳げないんですよーっ」
あっぷあっぷと水面でもがく少年水兵。
「誰かチョップを助けてやれ」
「ちっ、あのポンコツ!」
ジョン兵団長の指示を受け、副隊長とおぼしきライオンのような、体格のいい赤髪の男が沈みかける少年に向かって飛び込んでいった。
船内はほぼ水兵団が制圧し、残るは海賊船に残る雑魚を討伐するのみとなったが、海賊船は客船から離れ、逃走を始めていた。
「あいつら、仲間を見捨てて逃げる気かね?」
すると、船壁から縄ばしごを登って船内に復帰する海賊船長の姿が見える。
「うーっしゃっしゃっ! ワシさえ生き残ればいいんだよ! アディオース!」
高らかな嘲笑を上げながら、筋ばった手で三角帽子を振る骸骨顔のキャプテン。
対するジョン兵団長は、慌てる事なく部下たちに指示を放つ。
「『ミョルニル』の準備を」
「
水兵団員は運動会の大玉転がしのような、巨大な大砲の弾を四人がかりで運び、コーヒー豆袋並みの火薬袋を砲身に装填して、エルアルコンの船首にある巨砲の準備を整える。
「準備完了しました!」
「砲撃開始」
「はっ!」
水兵数人がかりで海賊船へ砲身を向け、一人が点火口から発火薬を打ち込む。
「撃て!」
ドバゴオオオオオーーーーーン!
雷鳴かと思わせる砲音を響かせて、青銅の砲弾が海賊船を襲い。
ドガバアアアアアーーーーーン!
凄まじい衝撃が走ると、ガレオン船の船首がゆっくりと空へ向けて浮き上がって行く。
「なんだ!? 何が起こった!」
「キャプテン……。船の後半分が吹き飛びました……」
船員の言葉に海賊船長が視線を向けると、今まであった船尾やマストが跡形もなく消え去っていた。
「何だとーっ!」
船首が垂直に立ち上がると、船員たちはバラバラバラと甲板から海へと放り出され、沈みゆく海賊船。
かつて、拳一つで数々の敵船を沈めた、伝説の水兵を彷彿とさせる破壊力。
水兵団船の中でも最速を誇るエルアルコンに、さらに最強の称号を付与する要因。雷神の大槌の名を冠した、主砲『ミョルニル』である。
「海賊の船長を回収しろ。あと、チョップと
『
先ほど海に転落した少年水兵と、助けに飛び込んだ副隊長は垂らされたロープをよじ登り、甲板にたどり着いた。
「はあ、はあ……。ありがとうございました、副隊長……」
パカン!
「あいたっ」
「ったく、泳げない水兵があるかよ!」
副隊長トーマスは少年水兵の頭に拳を振り下ろす。濡れた赤髪をかき上げながら、心底うんざりした顔で。
「ほら、帽子も落ちてたぞ」
「あ、ありがとうございます……」
拾ったびしょ濡れのセーラー帽を、ガボッと少年の頭に被せる。
「団長、こいつにガツンと何か言ってやって下さいよ」
「
「はい、ありがとうございます」
「団長っ!」
トーマス副隊長は、親指を立てるジョン団長に詰め寄り。
「自分の直弟子だからって、少々甘すぎやしませんかね?」
「そうかね? チョップが船長を海に叩き落したから、敵は統率を失ったのだ。そこは評価してやってもいいのではないか?」
「いえ。あれは、ほんのまぐれです」
パカン!
「あいたっ」
「んなこた、分かってるんだよ。このポンコツ!」
拳を握りしめながら呆れるトーマス副隊長。
水兵なのに気が弱く、水兵なのに泳げない、少年水兵チョップは頭のコブをさすりながら、困ったような顔で苦笑いをした。
*
「遅くなって申し訳ありません。もう少し早ければ被害は防げたはずなのですが」
「いえ、そんな……」
サン・カリブ王国水兵団長のジョン=ロンカドルは、救出した豪華客船にいた女性たちに頭を下げる。
客船がボロボロになってしまったため、乗客は水兵団船のエルアルコンに移し替えられる事になった。
その船上。船を沈められ、水兵船に確保された海賊の船長は、マストにロープでぐるぐる巻きにされていた。
「くそーっ! このワシをこんな目に合わせて、タダで済むと思うなよ!」
「ほう? どう済まないのか教えてもらいてえトコだな?」
悪態をつく海賊船長を、薄ら笑いを浮かべながら挑発するトーマス副隊長。
「ワシは『魔導海賊バルバドス』提督の
船長から語られる名前を聞いて、ざわざわとなる水兵団員たち。
「『バルバドス』と言えば、数々の強力な魔法を操る、南の海の悪名高い海賊じゃないか」
「性格も残虐にして残忍、悪のカリスマとして相当数の海賊団を傘下に収め、今や提督を名乗っているという」
「噂では最強の剣士や、果てはドラゴンまで従えているとか」
「そんな奴等が、近海まで進出しているのか……?」
「
赤髪のトーマス副隊長が、獅子のような咆哮を上げる。
「俺たちは
「うむ、副隊長の言うとおりだ。たとえ強大な敵を相手にしようとも、我々はサン・カリブ王国を守る鋼鉄の盾。何者にも屈せず戦うだけだ」
『
ジョン兵団長の冷静な
続けて、兵団長は目の前の痩せぎすの海賊に問う。
「ところで、お前は何者だ?」
「うっしゃっしゃっ! ワシの名はアベス! 人呼んで『脱獄のアベス』とはワシの事だ!」
「あ、知ってるぞ! お前七回捕まって、七回脱走したとか言われてる奴だろ?」
「では、お前さん弱い海賊だったのだな。良くエラそうに『バルバドス提督の一の子分だ!』などと言えたものだな」
ジョンの冷静なツッコミに、水兵団員たちからどっと笑いが起こる。
「くっそーっ!」
「その指輪も盗品だな? それも押収させてもらおうか」
トーマス副隊長は、アベスの右手の薬指にはめてある赤い宝石の指輪を目ざとく見つける。
「た、頼む! これだけは見逃してくれ!」
「なんだ?
「こ、これは……、母親の形見なんだ……」
絞り出すように言うアベスと指輪を見比べて、トーマスはジョンの方を見る。
ジョン兵団長は、ふーむとうなると。
「まあ、海賊も人の子だ。指輪の一つくらいは許してやろう」
「す、すまねえ! 恩に着る!」
「チョップ、こいつは『脱獄』の二つ名を持つくらいだから脱走が得意なはず。亀甲縛りにして倉庫に放り込んでおけ……って、チョップの奴はどこ行った?」
「団長、あそこに……」
団員が指差す先、メインマストの
「おい! チョップ、何かあったのか?」
「東に、嵐の気配です」
チョップの言葉に団員達が見ると、わずかに灰色の雲が東の空にかかっている様子が見える。
ジョン兵団長は、すぐに団員に指示を飛ばす。
「総員、嵐に備えろ。いつでも帆をたためるように準備だけはしておけ」
「
だが、チョップはそのままマストの上に留まり、東を見つめ続ける。
「嵐が来る……」
少年水兵チョップは、なぜか心にざらりとした嫌なものを感じる。
チョップが見据える東の方角。それは西海洋の平和を脅かし、覇権を狙う『バミューダ帝国』がある方位である。
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