水兵チョップ海を割る ~西の島国の冒険譚~

マックロウXK

序章 プロローグ

第1話 西の島国の神話

 とある世界のその昔、東の大陸では帝国が圧政を敷いていた。


 支配者層が持つ権限は大きく、支配される者は生きる糧すら際限なく搾取される。


 特に奴隷階級の者たちは、理不尽に命を奪われる事も往々にしてあり、明日をも知れない恐怖に常に怯えて暮らしていた。


 その状況を憂いた『聖者カリブ』は、奴隷たちを引き連れて帝国を脱出しようと画策する。

 それを知った皇帝は怒り狂い、彼らに追っ手を差し向けた。


 砂塵を撒き散らし、蹄音を響かせて、徒歩で逃げる奴隷たちを追う黒ずくめの鉄騎兵団。


 ついに、カリブと奴隷たちは西の海岸に追い詰められる。


 絶体絶命かと思われたその時、カリブが天と地に祈りを捧げると、空から青白い神のいかずちが轟き、海が真っ二つに切り裂かれる。


 西の島まで続く、海の裂け目を歩いてわたる奴隷たち。


 彼らが海を渡り終えると再び裂け目は閉じ、後を追っていた鉄騎兵たちは一人残さず海の底へと沈んでいった。


 こうして聖者カリブは、付き従ったすべての奴隷の命を救ったのであった。


 自らの命と引き換えにして。


 これが王国に伝わる、聖者カリブの『海割り』神話。


 そして、島国『サン・カリブ王国』の成り立ちである……。



 *



 見渡す限りの大海原。コバルトブルーの澄み渡る、常夏の青い空と青い海。

 雄大な入道雲に負けないぐらい、白く大きな帆を張った美しい木造船が、水平線をゆうゆうと進む。


 世界屈指の美しい海、西海洋マオエステの船の旅。


 甲板の上では人々が輪を作って幸せそうに踊りながら、日の光を照り返す、キラキラと輝く波間の景色やかぐわしい潮の香りを楽しんでいる。

 奏でられる音楽に合わせ、客船の周りをウミネコ達がミャウミャウと鳴いて、彼らを歓迎するように空に白い円を描いている。


 順風満帆。全ての事象がこの船の航海を祝福しているかのように思えた。


 だが、熱帯の天気は変わりやすく、好事魔多し。

 にわかに空がかき曇り、視界から色が消えうせる。

 そこへ、耳ざわりな甲高い声が響いた。


「撃てーっ!!」


 ドンッ! ドゴオッ!

 バンバンバン! ドンドンッ! ゴガアッ!


 砲音が灰色の波間に響き渡り、豪華帆船から木片がはじけ飛ぶ。


「あの、すましくさった船のドテッ腹に体当たりをぶちかませゃーっ!」

『ヒャッハーッ!』


 ドゴアッ!


 茶色にくすみきった汚い帆船。船旗のデザインは、黒地に白抜きのどくの印。

 見るも毒々しい海賊船が、客船に船首をぶつけてくる。


「野郎ども、やっちまえーっ!」

『イヤッハーッ!』


 三角帽子キャプテンハットを被り、海賊旗ジョリーロジャーの骸骨のように痩せこけた男の号令に応え、テンプレのように頭にバンダナを巻いた五十人程の汚ならしい海賊たちが、スズメバチのごとく帆船に襲いかかる。


「なんだ、お前たちは! 何が望みだ!?」

「うるっせえーっ!」


 豪華客船の船長が交渉を持ちかけるが、海賊が刀を一振りすると、噴水のように血しぶきが吹き上がる。

 それを見た乗客たちは、キャーッ! と金切り声を上げ、今までの平和な航海が一変、阿鼻叫喚の地獄絵図へと化した。


「うっしゃっしゃっ! 金目のものは全て奪え! 男と年寄りはぶっ殺せ! だが、女子供は傷一つ付けるんじゃねえぞお」


 海賊船のキャプテンは、一瞬紳士的にも思えるようなセリフを部下に投げかけ、そこに一言付け加える。


「奴隷として高く売れなくなるからなあ!」


 ギャハハハハハと下品な哄笑を上げる海賊たち。抵抗する船員たちを曲刀の錆にしながら、次々と客船の積み荷を運び出していく。

 すでに多くの命が奪われ、船からはすべての希望が失われたと思われた、その時。


「……あれは?」


 女性客の一人が指さす先に、純白の帆を張った船が一隻、素晴らしく速い船足で迫ってくる。

 マストに掲げてある船旗は、海を表す紺碧の地色を縦に切り裂く、青白い稲妻の紋章エンブレム

 船首の意匠モチーフは、翼を広げた巨大な鷹。


「サン・カリブ王国の水兵団だ!」

「エルアルコンだ!」

「何だとっ!?」


 この海域では知らない者はいない、屈強で知られるサン・カリブ王国水兵団。

 客船の乗客は色めき立ち、海賊たちは焦り出す。

 そうこうしている間に一気に距離をつめる、最強にして最速の水兵団船『エルアルコン』。

 ネイビーブルーの士官服を羽織り、ダンディな口髭の隊長は、素早く隊員たちに指示を送る。


「客船の脇腹につけろ!」

了解シーセニョール!』


「あの船を近寄らせるなーっ!」

『ヒャッハーッ!』


 エルアルコンは白い波しぶきを上げてターンをしながら、豪華客船の真横に近接する。

 水兵を客船に乗り込ませないよう、手持ちの銃で威嚇発砲する海賊たち。


「ふん、無駄な抵抗を。我々のお家芸を見せてやれ!」

了解シーセニョール!』


 綺麗に洗い晒された、白いセーラー服を身に纏った水兵たちは手持ちのロープを投擲し、客船の支柱マスト帆桁ヤードにその先端を巻き付ける。

 そして、ターザンロープの要領で、水兵たちは一斉に空中に飛び出し、サーカスを思わせる身軽な動きで客船内に飛び込んでいった。


「くそがぁーっ!」

「死にくされゃーっ!」


 甲板に降り立った水兵に、海賊は口汚く罵りながら切りかかるが、水兵たちは湾曲剣カトラスで軽くいなし、逆に海賊に斬りつける。


『ぎゃあああーーっ!』


 血飛沫と断末魔の叫びを上げて、バタバタと倒れる海賊たち。

 返り血を浴びる水兵たちは、顔色を変える事なく再び構えを取る。一糸乱れぬ、統率の取れた戦いぶり。

 それもそのはず、彼らはサン・カリブ王国が誇る水兵団の中でも最強と謳われる、ジョン=ロンカドル兵団長が直下の第一部隊。

 心身ともに鍛え抜かれた精鋭たちに、動じる様子は一切無かった。


「うわーっ、助けてくださーい」


 たった一人の少年水兵を除いては。

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