第7話 決死の反抗

 数十分後。

 反重力ボードを滑らせたバートンの目に映ったのは最悪の光景だった。


 海の上でポツンと停泊するグレイゴーストの隣に海賊船が横づけされており、甲板には蠢く人影が見える。

 バートンは様子を伺いながらボードを降下させ、人のいない後部甲板に降りたつ。

 気付かれないよう慎重に前部甲板が見える位置まで移動してゆっくりと顔をだす。


 甲板の上では服装も髪型もバラバラな海賊たちが我が物顔で闊歩していた。


 腰や背中には銃やナイフを持った彼らの姿に思わず前の船でのことを思いだして顔を引っこめようとする。

 だがそれを思いとどまらせたのは海賊たちの中心に後ろ手を縛られた状態で座らされているシエルが見えたからだ。


「さぁ、質問だ。残りの船員はどこに行った?」


 口を開いたのは、髭を蓄えたいかにも偉そうな中年男で海賊たちの反応からして彼が海賊船の船長のようだった。


「……知らない」


 両膝をつかされているシエルはキッと睨みつけながら答える。

 船長なそんな反応に口が吊りあげたかと思うとシエルの顔を唐突に殴りつけた。


「そんな嘘が通じると思っているのか? ん?」

「嘘なんてひとつも言ってない。この船は舵の効かなくなった故障船よッ。他の乗組員はもう逃げたわ」


 船長はもう一発殴り、その勢いでシエルは甲板に倒れこむ。

 殴られる音を聞いてバートンは拳を握って足を踏みだそうとしたがグッと思いとどまる。


 いま自分が出ていったところで多勢に無勢だ。せめてこの状況を打開できる作戦でもなければ……

 しかし反重力で浮き上がるボードしか持たないバートンはこの状況では無力でしかない。


 自分がただ見ていることしかできないことに奥歯を噛んだ時、突然肩に手が置かれた。

 バッと後ろを振りむくと特徴的なカメラアイがこちらを覗いていた。


「落ちつけ。私は味方だ」

「……へームル!? なんでここに?」

「船を占領される直前に奴らの目の届かない場所に隠れたんだ。シエルにも緊急時にはそうするよう言ったんだが……」


 呟きながら甲板の様子をうかがうヘームルにバートンは思わずため息をつく。

 二人ならシエルを救い出せるかもしれない。そう考えていると若い海賊が船長へと駆けよる。


「船長。船内を洗いましたが、船員はいませんでした」

「そんなバカなことはあるか。この大きさの船をこいつだけで動かせるわけがないだろう」

「しかし事実です。故障箇所は不明ですが船のコントロールに関わる一切のものが動きません」

「だから最初から言ってるでしょ。この船は故障して他の乗組員は逃げたって」


 海賊の言葉に力任せに答えて荒い息をするシエルに船長は渋い顔をしていたが、舌打ちすると乗組員の顔をみた。


「……チッ、この船はハズレだな。使えればとんだ掘り出し物だったんだが……まぁいい。目的のブツは?」

「はい、ここに」


 若い海賊の声をとともにグレイゴーストの船内から細長い木箱がゾロゾロと運びだされてくる。

 それはあの老人から運搬を依頼された木箱だ。


 海賊たちは甲板に運びだした木箱のひとつを開けると中身を引っ張りだし始める。

 木箱には浮島で作られた工芸品などが入っていたが、それらには海賊たちは目もくれない。


 そして中身が空になると今度は木箱の底を剥がしはじめた。


「なにをしているんだ?」

「さぁな。それよりもシエルを救う方が先だろ」


 答えて出ていこうとするバートンをヘームルが制すると同時に船長が何かを持ちあげる。


「ハハッ、やっぱり前の船と同じだ。こんな上物を手に入れることができるとはな」


 不敵な笑みを浮かべるその手にあったのは黒光りする銃だった。


 木箱から出てきた銃にバートンたちは息を飲む。

 もちろん依頼主である老人から荷物を託された時、銃が入っているとは聞いていない。

 思わずヘームルに詰めよる。


「お前、俺たちが銃を運ばされてることを知ってたのか!?」

「そんなわけないだろう。あんな物が入っているなら事前に断っている」


 断固とした口調を聞いてシエルに目を移すと彼女も目を見開いており、誰も銃のことを知らなかったのだと理解できた。

 つまりバートンたちは知らないうちに密輸をされられていたのだ。


「さぁ、目的のものは手に入った。全員引きあげるぞ」

「船とこいつはどうします?」

「船は破壊しろ。使えん鉄屑に興味はない。だがこいつは連れてけ。いい気晴らしになる」


 卑しい笑みを浮かべた船長の指示に海賊たちは歓喜の声をあげて動きだす。

 半分は爆弾を持ってグレイゴーストの船内へと消えていき、もう半分は銃の入った木箱を海賊船へと移していく。

 その動きを窺いながらバートンは拳を握った。


「マズい。早くシエルを助けださないとッ」

「分かっている。だが動けば攻撃される。今は動くな」

「ふざけんな、このまま見過ごせるわけ――」

「私だって同じ気持ちだッ!」


 言葉を遮ってヘームルが強く叫ぶ。

 その声から感じられる圧力にバートンは気圧された。


「チャンスは作ってやる。耐えろッ」


 やがてグレイゴーストのあちこちを這いまわって爆弾を仕掛け終えたであろう海賊たちが一斉に甲板へと戻ってくる。

 船長は取り囲んでいた海賊の一人に命じ、シエルを担がせた。


「お前らッ! 撤収だ。船に戻れ!」


 その号令と同時に大量の四つ足ワークロボットが甲板へとなだれこみ、海賊たちに襲いかかった。

 海賊たちは突然の襲撃に悲鳴をあげて逃げ回り、甲板は混乱に包まれる。


「いまのうちだッ、シエルを助けろ!」


 そうヘームルに強く背中を押され、バートンは海賊たちの前に身を晒す。

 思わず目をつむったが海賊たちはワークロボットを振りはらうのに精一杯で誰も彼を見ていなかった。


 見られていないことを認識したバートンはシエルの姿を探す。すると彼女は甲板の端の方に転がっていた。


「シエルッ!」


 名前を叫ぶとシエルの瞳がこちらを向き、その顔に安堵が浮かぶ。

 海賊たちの間を掻い潜ってバートンは駆け抜け、シエルに手を伸ばす。


 あと少しで手が届く。その時だった。


 バンッという甲高い破裂音とともにバートンの体に衝撃が走り、焼けた鉄を押しあてられたかのように右腕が熱くなる。

 体勢を大きく崩しつつ、突然の違和感の原因を探って視線を横に向けると、そこには銃を構えた船長の姿があった。


 撃たれた。

 そう気づいた時、バートンは海に投げだされた。

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