第8話 再起

 チャプチャプと水音が聞こえる。

 半身を蝕む冷たさを感じながらバートンは目を覚ました。


 そこは海の上だった。

 沈みかけた残骸に上半身を預けるような形でうつ伏せになっており、ぶつかる波がチャプチャプとリフレインしている。


「俺はいったい……」


 自分の記憶を辿ってグレイゴーストが海賊に乗っ取られたことを思いだして、ハッと周りを見渡す。

 だがバートンの周囲には船から落ちたであろう荷物が漂っているだけで、グレイゴーストも海賊船の姿もなかった。

 あるのは夜の闇だけだ。


 どうすればいいのか分からず漂流するバートンの耳にキュイという音が聞こえてそちらをみる。

 すると、海面から流線型の頭がヒョコッと複数飛びだしてきた。

 シエルに懐いていたあのイルカだった。


 イルカたちはバートンの周囲を泳ぎ、一頭が心配げな鳴き声をあげる。


「こいつたちがお前を助けたんだ……」


 視線を上げるとイルカの背中に四つ足のワークロボットが乗っていた。

 へームルだ。


「こいつらが俺を……?」

「あぁ、海に落ちて気を失ったお前を海面まで押しあげて残骸に乗せたんだ」


 そういってへームルはイルカの背中からバートンのいる残骸に乗り移ってくる。


「そうだったのか。ありがとな」


 礼を言うとイルカたちはキュイキュイッと鳴き、そのまま何処かへと去っていった。

 バートンは海からあがって残骸の上に座る。


 塩水で髪が地肌に張りついて気持ち悪く、身体中が痛い。

 右腕を見てみると、皮膚がパックリと割れて血が流れている。


 あの海賊船の船長に撃たれた時のことがフラッシュバックし、傷を意識した脳に痛みが流れこんできた。

 顔をしかめながらバートンはへームルに問いかける。


「グレイゴーストは? シエルはどうなったんだ?」

「グレイゴーストは……沈んだよ」

「…………え?」


 帰ってきた内容にバートンはすぐに反応できなかった。

 だがなにをいわれたのか徐々に理解し、壊れたロボットのようにゆっくりと首をへームルのほうに向ける。


「なに言ってんだよ。グレイゴーストが沈むわけ……」

「お前だって見ていただろう。海賊たちが爆弾を仕掛けるのを。あんな船でも船内に爆弾を仕掛けられてはひとたまりもない」

「でも、でも……だいいち、お前はグレイゴーストと」

「あぁ、そうだ。だから私の本体はすでに海の底だ。だからいずれ消える」


 バートンは目の前が真っ白になった。

 確かにへームルのワークロボットはボロボロで、所々の外殻が破損し場所によっては中のコード類が露出してショートしている。


 グレイゴーストも、へームルも、シエルもみんな消えていく。

 また俺は置いて行かれるのか。

 こんな何もない場所でただ一人、死ぬのを待てというのか。


「いいかバートン、よく聞け」


 絶望に打ちひしがれるバートンの耳をへームルの声が震わせる。


「シエルを乗せた海賊船はこの先――北の方角に進路を取った。今ならまだ追いつける」

「なにいってんだよ。どう考えても無理だ……」

「お前がやらなければ誰がシエルを救える?」

「今更追いつけるわけない。無理なんだよッ!」

「無理じゃないッ!」


 首を横にふって拒絶するバートンの動きが止まる。


「お前が………お前しかできない。だからシエルを……妹を救ってくれ」


 思わずへームルのほうをみた。

 表情の読めないワークロボットの赤い光が明滅しており、やがて光が消えると糸の切れた人形のようにその場に崩れる。

 咄嗟に手を伸ばしたが、それをすり抜けてワークロボットはそのまま海の闇へと飲まれていった。


 虚空を掴む手を引っ込め、バートンはうちひしがれる。

 ついにひとりぼっちになってしまった。

 暗闇がバートンの喪失感と孤独をかきたてる。


 だが、同時に心の中にくすぶる炎があった。


 不条理をふりまく海賊、シエルの助けを求める表情、へームルに託された思い、その全てがない混ぜになって炎の火を大きくする。

 気づけばバートンは立ち上がっていた。


 これ以上奪われてたまるか。


 確固たる決意の瞳で近くを見渡す。

 すると見慣れた反重力ボードが目に止まり、バートンは残骸から海に飛びこんでボードの元へと泳いでいく。


 荒い息でボードにしがみつき、電源を入れるとボードはバートンを乗せたままフワリと宙に浮きあがる。


 腕の力で体を持ちあげてボードの上に立ち、そして肩口に縫いつけられた錨と女神の描かれたワッペンを掴む。

 この絆は絶対に途切れさせたりしない。


「やってやるよ……」


 顔をあげて自らを鼓舞するようにバートンは出力を最大にしてボードを北へとむけた。



 ―――――



 夜。

 空をゆく海賊船の中では、海賊たちが夕食を囲んでいた。


 しかし酒を浴びるように飲み、互いに食べ物を奪う食事風景は野蛮人のそれである。

 隅で膝を抱えたシエルはジッとそれを見ていた。


 彼女の足には足枷がはめられており、自由をに動くことを封じている。

 そんな彼女の前に船長が視線を合わせるように屈みこんだ。


「少しは喋るなり、口を開くなりしたらどうだ?」


 酒のせいか赤ら顔な船長にそう言われるが、シエルは彼から顔を背け、話したくないことを体で示す。

 船長はそんな無愛想な反応のシエルに舌打ちすると、立ち上がって持っていた木製のジョッキを掲げた。


「お前らぁ! 飯が終わったらお楽しみの時間だぞ!」


 その声に呼応して食事に集中していた船員たちが雄叫びをあげ、室内がいっそう騒がしくなる。

 シエルは馬鹿騒ぎとその先に待つ自分の運命にうんざりして耳を塞ぎたくなった。


 誰か助けて。


 そう願いながら脳裏にバートンの顔が浮かぶ。


 甲板で彼の姿を見たとき、嬉しくなかったといえば嘘になる。

 だがその喜びも束の間、バートンは撃たれて海に落ちた。

 そしてグレイゴーストも目の前で爆発し、もうシエルには何も残っていない。


 助けなんてこない。それはわかっている。

 でも願わずにはいられなかった。


 きっと誰かが助けてくれる。そう思うことが唯一の救いだ。


 その時、船に張り巡らされている伝声管が震えた。


「船長、こちらに近づいてくるものがあります」


 突然聞こえてきた声に海賊たちは動きを止め、怪訝な表情を浮かべる。

 そんな彼らを代表するように船長が伝声管に答えた。


「なんだ? 敵かぁ……?」

「それが、ボードに乗ったガキです。あれは……さっき沈めた船に紛れこんでいたやつだ!」


 ハッとしてシエルは顔をあげる。バートンだと反射的に理解した。

 生きていたことに安堵する一方、なぜ来てしまったのかという言葉が頭をよぎる。

 船長は伝えられた報告に腕をプルプルと振るわせた。


「……ふざけんな、ここは俺の船だぞ。一人で乗りこんでくるとは生意気な……ぶっ殺してやる!」


 船長はそういうと銃を持って部屋から出て行き、海賊たちもそれに従う。


「バートン……」


 最後に残されたシエルはキツく目を閉じてその名を呟く。

 そしてなにかを決意するようにバッと開けた。

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