第5話 回想する聖剣、赤髪乙女と生活する 2/3

 明るく光に満たされた室内で肉の焼ける音がキッチンから聞こえてくるのを椅子に立てかけられながら静かに聴く。


 今の俺は人間の持つ五感のうち、視覚と聴覚。そして触覚以外の感覚を失っているので、匂いは感じないが今の室内には香ばしい鶏肉の香りがキッチンから漏れ出してきているのだろう。


 そうやって感じることの出来ない肉の香りを思い描いていると、サラダなどが盛られた皿を持ってルナが現れる。


「アルブ、少し寝ててもいいよ。食事なんて見てても楽しくないでしょ?」

「いやそんなことはないさ。それよりもそろそろ完成じゃないのか?」

「ん。分かってる」


 油のパチパチという音が少し弱くなったのにめざとく気づいた俺が訊ねると、彼女はそう答えてそそくさとキッチンの方に戻っていく。


 ちなみにアルブというのはルナが俺に付けた愛称だ。


 別に剣に愛称なんて必要ない気がするが、会話する上であなたやお前では限界があるというので、ルナに強制的に付けられた。


 しかし基本的に俺が会話するのはルナとだけなので、他の人間はただ剣や高そうな剣としか言わない。

 実質彼女だけが俺をそう呼ぶ。


 そうしている間にメインと思われる食材の乗った皿をテーブルに置いてルナは席につく。


 テーブルの上には通りで安売りされていた生野菜を刻んだサラダに保存に向いた硬めのパン。

 そして湯気を上げる表面をカリカリに焼いた鳥モモ肉の照り焼きだ。


 この姿になって空腹というものを感じなくなっていた俺でも、よだれが出そうになるほど美味しそうだった。

 もちろん、比喩表現だが。


 ルナは「いただきます」としっかり手を合わせてから出来たての照り焼きに手をつけ、ナイフとフォークで器用に切り分けて口に運ぶ。


「……美味しい」


 セリフの上では単調に聞こえるが、今の彼女の表情は頰が緩んで完全に蕩けきっていた。


 普段の物静かなルナの表情からはあまり想像出来ない顔で、彼女のプラベートを知る俺しか知らない。


 そんな表情を見せる彼女を見て、俺は毎度の如く幸せな気持ちとささやかな独占欲に満たされるのだが、彼女がこういう表情をするようになったのは森を出てからだ。


 それまでは狩った魔物の肉を単純に焼いて食べていたが、ルナ曰く、あんまり美味しくないらしい。


 魔物の肉は食べてもあまり問題はないらしいが、もしかしたら猪肉のように味、調理ともにクセがあるのかもしれない。


 さて、森での話の続きをしよう。


 半年間のサバイバルの末に俺たちは街道にたどり着き、そこでたまたま通りかかった商人の馬車に乗せてもらった。


 普通、いかにも奴隷である薄汚れた少女を見れば、厄介ごとに関わりたくないとばかりに訝しむか素通りするだろうが、ルナの強運のせいか、その商人は無口な割になかなか優しく、最初に着いた町でルナの服とは言えないボロ布を買い替えさせて宿で汚れを落としてくれたのである。


 それから俺とルナは、その商人に付き添う護衛として様々な町を渡り歩いた。


 商人は最初、幼い少女が護衛すると聞いた時は半信半疑な表情をしていたが、ルナがパフォーマンスとして一太刀で太い木々を真っ二つにすると目を皿にして拍手を送ってきた。


 実際、ルナが森でのサバイバル生活で独自に鍛え上げた剣技は、この世界の並の剣士を遥かに凌ぐ実力を持っていたのだ。


 そして商人にくっついて旅をする判断は正解であると俺は後から悟る。


 俺は旅をすることでこの世界がどんなところかを知ることが出来たし、ルナは俺や商人、はたまたたどり着いた町の風土や住民に触れ、そこから持ち前の覚えの良さで様々な情報を吸収していき、どんどん賢くなっていった。


 旅を終える頃には俺や商人よりも頭が良くなっていたのだから、あの時は驚きは凄まじい。


 そして商人と各地を半年ほど回った後、俺たちは彼と別れてオルディナの町に部屋を借りて住み始めた。

 以来、俺とルナはオルディナの町で一年ちょっと暮らしている。


 この町にしたのは、ルナがこの町を随分と気に入ったからという単純な理由だ。


 俺のスタンスは基本的に彼女のしたいことはさせてやりたいと思っているので特に反対もせず、それからギルドに登録し、この町で冒険者としてお金を稼ぎながら生活するようになったわけである。

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