第6話 回想する聖剣、赤髪乙女と生活する 3/3
「……なぁ、ルナ? 前から思ってたんだが、それは勘弁してくれないか?」
「駄目。拒否は許さない」
普段は仲睦まじい俺たちだが、もちろん意見が合わないこともある。
まさに食事の後の今、ラフな部屋着を脱ぎ捨てて下着姿で俺を手に取ったルナとその問題に直面していた。
「別にプライベートでも俺を帯剣するのはいいさ。護身の面から見ても正当性があるしな。
寝るときに俺を抱き枕代わりにするのも……まぁ、許すとしよう。
だが風呂に俺を持ち込むのだけはいい加減勘弁してくれッ!」
俺とルナとの間に発生した問題――それは彼女が風呂場に俺を持っていこうとすることだ。
実を言うと最初の頃の俺は風呂場に持ち込まれることを許可していた。
なにしろ彼女のやることなすことがいちいち危なっかしかったのだ。
それにいくら人の良い商人も成熟し始めた少女と共に風呂には入るのは拒んだというのもある。
さらに言えば保護者のいない少女が見るからに高価そうな剣を持っているなど人攫いや野盗などのその筋の人たちの格好のカモで、宿にいても完全に安心できるとは言えない。
しかし商人と旅をしていればそれなりの知恵と技能も身につき、俺が彼女を完全にカバーすることは少なくなる。
事実、文字の書き方も金の勘定も剣の扱い方も既に習得している彼女は既に嫁に出しても恥ずかしくないほど一人前だった。
だがなぜか、風呂に俺を持ち込む習慣は消えなかったらしく、現に今もこうして俺は湿気の多い風呂場に持ち込まれようとしている。
ここでちゃんとした体を持っていたらジタバタと駄々っ子のように暴れただろうが、今の俺にルナの選択に対する拒否権はない。
「だいいち俺は男だぞ! 恥ずかしくないのか!?」
「ない。アルブは人じゃないし、他の男みたいに酷いこともしない。だから恥ずかしくもない」
「俺が恥ずいんだよ。察しろ!」
そうやって俺が彼女から距離を置くのにはもう一つ理由がある。
それは彼女が徐々に女性としての色気を備え始めているからだ。
この二年でルナは出会った頃のあのみすぼらしい少女から見違えるような変化をした。
成長期で身長も出会った頃より伸びて貧相だった肢体も今では強弱のついた緩やかな曲線を描き始めている。
昔の俺を帯びた時のフラフラとした歩き方も、今ではしっかりとしながら女性らしくしなやかで様になっていた。
生活が安定するようになってからは持ち前の赤髪や服装にも気を使うようになったおかげでこのオルディナでは美人冒険者としてルナの名は知られているのだ。
それらの成長を見たり感じたりするたびに俺は彼女が異性であることを意識せざるをえない。
昔はすやすやと眠るルナの寝顔を隣で見ながら親のような鷹揚な気持ちで見守っていたが、今では彼女の綺麗な寝顔よりも眠る時に発育のいいらしい胸の二つの膨らみが俺に押し付けられることのほうが気になる。
俺だって男だ。
もちろん女の子とイチャイチャしたい願望はある。
だけどこんな形でなんてまったく望んでいない。
別に抱き枕のように抱かれるのは耐えられる。
俺が意識しなければ済むことだ。
しかし風呂場ではそうはいかない。
いくら目を閉じようとも聴こえてくる水音でルナの裸体を想像してしまうし、想像を振り払おうと目を開ければ、その想像が現実になっている。
人の身なら風の如く逃げ出すことが出来るが、さっき言ったように剣である俺にはその選択肢はないので、物理的でもイメージ的にも強制的な視姦をさせられるたびにコレジャナイ感が俺の心を覆い尽くすのだ。
「ルナ、まず落ち着け。まず風呂場に剣を持っていくのはおかしい。どんな剣客でもそこまではしないぞ」
「それはそれ。これはこれ」
「剣を湿気の多い場所に置くのもいただけない。主人の水浴びに付き合って錆びましたとか洒落にもならない」
「アルブは魔力で湿気から身を守れる、だから大丈夫」
「仮にも聖剣の魔力をそんなところに使わせるお前はどうかしてるぜ……。とにかく! もう風呂に持ち込まれるのだけは勘弁だ。それでもってんなら、俺が反論ができなくなるまで言い負かしてからだ」
「上等、受けて立つ」
その後、俺は半裸のルナとけんけんがくがくの口喧嘩の末に勝利を勝ち取り、ルナが風呂に入っている間、俺が風呂場の手前で待機することで手打ちとなった。
おかげでしばらくルナが拗ねて俺と口をきかなくなったが、勝利といえば勝利だろう。
誰でもない俺が言うのだから。
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