第7話 赤髪の少女、パーティに勧誘される 1/2
数日後の昼下がり。
いつもと変わらない他愛もない言葉を交わしながら俺たちは昼間の活気に満ちたオルディナの町の景観を満喫していた。
「今日のお昼ご飯、何にしよう」
「またそれか。お前は口を開けばご飯、ご飯、ご飯。
食べ物のことばっかりじゃねぇか」
「文句、ある?」
「いいやまさか。食いしん坊属性のヒロインはなかなかにいい。これにツンデレがつけば俺のストライクゾーンにグンッと近づくな」
「何のことか分からないけど、すごく、失礼なことを言われている気がする」
「さぁ? 気のせいだよ、気のせい」
鋭いルナの切り返しに俺はとぼけたようにシラを切る。
仕事をした後は何かしらの形で数日休む。
冒険者として生計を立てていく上でそういうルールを決めたのは俺だ。
何事も体が資本であることはこの異世界でも変わりない。
もし体調を崩された場合、剣である俺にルナの看病することはできないので、その体調管理を自分でしっかりしてもらうために考え出したものだ。
最初、ルナはその提案に実力はあるのだからもっと仕事をしようと反対していたが、いい意味でも悪い意味でも
今では仕事の後の休みのありがたさを知ったおかげで進んで休みを取るようになっている。
やはり人間、気の張る仕事の後は気を緩めるための休息が必要なのだ。
そして彼女の休みの日の過ごし方というのは、大抵俺とおしゃべりしながら町をぶらぶらと歩き回ることである。
本当に他愛もないが、普段は少し頑張りすぎな面のあるルナがこの時だけは一人の冒険者ではなく年頃の娘として振る舞うことのできる大切な時間だ。
現に通りの様々な屋台に目移りしながら今日のお昼を決めかねていた。
そうして昼食を迷ってぶらぶらと通りを歩いていれば、いつの間にか町の中心に位置する噴水の配置された広場に出てきてしまう。
「また来た道を戻るか?」
訊ねるとルナは首を横に振った。
「いいの。この先のいつもの店で食べる」
「りょーかい。まぁ、なんとなく察してたけどな」
そう言いながら俺は肩をすくめる。
彼女は休みの日には露店を一通り眺めてからいつもの通っている店に行く。
わざわざ遠回りをしてだ。
何故そんなことするのか聞いたことはないが、本人が楽しそうな顔をしているのだから口を出すのは野暮というものだろう。
そうして今までと同じようにいつもの店に向かおうとルナが歩き出したときだった。
「あの……! 赤髪の聖姫さんですよね」
背後から掛けられたその言葉にルナは一瞬ピクリと足を止めたが、すぐに何も聞かなかったかのように振り返らずに歩き出す。
「ちょっと待ってください! あなたですよ、あなた! 赤髪の聖姫さんでしょう!?」
背後の人物が慌てたように待ったをかけながらルナの正面に回り込んでくる。
立ちはだかったのは白っぽいローブに杖を持った魔法使い風の金髪碧眼少年だった。
歳はルナと同じか下。
顔の線が細いので黙っていなくてもかなりイケメンな方だが、少年の目はキラキラというのが妥当な輝きを持っており、好奇心旺盛な子供しか見えない。
その目が語るのは「アンタが赤髪の聖姫だろ? そうだろ?」という断定した内容である。
ルナもそれを薄々察しながらヒラリと少年を躱してまた歩き出す。
「違う、人違い」
「いいえ。あなたのような陽光に輝く綺麗な赤髪を持っているのはあの北の山脈でヒュドラを討ち取った赤髪の聖姫以外にいないでしょう?」
そう言ってくるのをさらに無視してルナが通りを進むと、少年は再び追い越して立ちはだかる。
ルナは僅かに眉を動かしただけだったが、目の前の少年にげんなりとしているのが俺には手に取るように分かった。
それなりに大きい声で少年が騒ぎ立てるので、遠巻きに歩く周囲の目がチラチラとこちらを伺うように向けられ始めた。
中には赤髪の聖姫というルナの愛称を口にする者もいる。
「待ってください! どうして無視するんです? 俺が何かしましたか?
燃えるような赤髪に
どう見てもあなたでしょう?
あ、もしかして腰に携えているそれがあの北のヒュドラを葬ったっていう聖剣……」
「黙って」
途中から口説き文句のような言葉を言い始めた少年に、ルナは問答無用で鉄拳を繰り出した。
周りの一般人から見れば、その攻撃はルナの右腕がふっと消えたように見えただろう。
もちろん死なない程度に手加減されているが、それでも常人には避けられない。
だが少年はわっと驚いた顔をしながらも頭を引っ込め、そのまま数歩背後に飛び退く。
その動きについ俺も「ほう……」と感心するような声を出してしまう。
それほど素早い反応で飛び退いた少年は不敵な表情を浮かべ、牽制するように半身になって杖を前に持ってくる。
「小手調べですか? いいですよ。こう見えて魔法の腕には自信があるんです」
挑発に対し、ルナは不満そうな顔をしたが、少年はすぐに茶化したように肩をすくめて構えを解く。
「冗談ですよ。そう怒らないでください。
俺は腕試しにきたんじゃなくてお願いをしにきたんです」
「失礼な奴………」
「そう邪険にしないでくださいよ。お詫びにお昼を奢りますから。好きな店の好きなものをどうぞ」
「……分かった。話を聞こう」
少年とのやりとりを聞きながら、俺はここで知らない人にホイホイついて行くなと怒るべきか、奢るという一言で釣られるなんてチョロすぎだろと突っ込むべきかを思案した。
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