第3話 赤髪の少女、パーティに勧誘される

 数日後の昼下がり。

 いつもと変わらない他愛もない言葉を交わしながら、俺たちは昼間の活気に満ちたオルディナの町の景観を満喫していた。


「今日のお昼ご飯、何にしよう」

「またそれか。お前は口を開けばご飯、ご飯、ご飯。食べ物のことばっかりじゃねぇか」

「文句、ある?」

「いいやまさか。食いしん坊属性のヒロインはなかなかにいい。これにツンデレがつけば俺のストライクゾーンにグンッと近づくな」

「何のことか分からないけど、すごく、失礼なことを言われている気がする」

「さぁ? 気のせいだよ、気のせい」


 鋭いルナの切り返しに俺はとぼけたように白を切る。

 仕事をした後は何かしらの形で数日休む。冒険者として生計を立てていく上でそういうルールを決めたのは俺だ。


 何事も体が資本であることはこの異世界でも変わりない。

 もし体調を崩された場合、剣である俺にルナの看病することはできないので、その体調管理を自分でしっかりしてもらうために考え出したものだ。

 最初、ルナはその提案に実力はあるのだからもっと仕事をしようと反対していたが、いい意味でも悪い意味でも過剰労働ワーカーホリック気味であった彼女をなだめて、なんとか承認させた。


 今では仕事の後の休みのありがたさを知ったおかげで進んで休みを取るようになっている。

 やはり人間、気の張る仕事の後は気を緩めるための休息が必要なのだ。


 そして彼女の休みの日の過ごし方というのは、大抵俺とおしゃべりしながら町をぶらぶらと歩き回ることである。

 本当に他愛もないが普段は少し頑張りすぎな面のあるルナが、この時だけは一人の冒険者ではなく年頃の娘として振る舞うことのできる大切な時間だ。現に通りの様々な屋台に目移りしながら今日のお昼を決めかねていた。


 そうして昼食を迷ってぶらぶらと通りを歩いていれば、いつの間にか町の中心に位置する噴水の配置された広場に出てきてしまう。


「また来た道を戻るか?」


 訊ねるとルナは首を横に振った。


「いいの。この先のいつもの店で食べる」

「りょーかい。まぁ、なんとなく察してたけどな」


 そう言いながら俺は肩をすくめる。

 彼女は休みの日には露店を一通り眺めてからいつもの通っている店に行く。わざわざ遠回りをしてだ。


 何故そんなことするのか聞いたことはないが、本人が楽しそうな顔をしているのだから口を出すのは野暮というものだろう。

 そうして今までと同じようにいつもの店に向かおうとルナが歩き出したときだった。


「あの……! 赤髪の聖姫さんですよね」


 背後から掛けられたその言葉にルナは一瞬ピクリとなって足を止めたが、すぐに何も聞かなかったかのように振り返らずに歩き出す。


「ちょっと待ってください! あなたですよ、あなた! 赤髪の聖姫さんでしょう!?」


 その行動に背後の人物が慌てたように待ったをかけながら、制止の声を振り切るルナを追いかけ正面に回り込んでくる。

 ルナの前に立ちはだかったのは白っぽいローブに杖を持った魔法使い風の金髪碧眼少年だった。


 歳はルナと同じか下。

 顔の線が細いので黙っていなくてもかなりイケメンな方だが、少年はキラキラというのが妥当な目なので、今は好奇心旺盛な子供しか見えない。


 その目が語るのは「アンタが赤髪の聖姫だろ? そうだろ?」という断定した内容である。

 ルナもそれを薄々察しながら、ひらりと少年を躱してまた歩き出す。


「違う、人違い」

「いいえ。あなたのような陽光に輝く綺麗な赤髪を持っているのはあの北の山脈でドラゴンを討ち取った赤髪の聖姫以外にいないでしょう?」


 そう言ってくるのをさらに無視してルナが通りを進むと、少年は再び追い越してルナの前に立ちはだかる。

 ルナは僅かに眉を動かしただけだったが、目の前の少年にげんなりとしているのが俺には手に取るように分かった。

 それなりに大きい声で少年が騒ぎ立てるので、遠巻きに歩く周囲の目がチラチラとこちらを伺うように向けられ始め、中には赤髪の聖姫というルナの愛称を口にする者もいる。


「待ってください! どうして無視するんです? 俺が何かしましたか? 燃えるような赤髪に翠玉すいぎょくのような緑の瞳。どう見てもあなたでしょう? あ、もしかして腰に携えているそれがあの北のドラゴンを葬ったっていう聖剣……」

「黙って」


 途中から口説き文句のような言葉を言い始めた少年に、ルナは問答無用で鉄拳を繰り出した。

 周りの一般人から見れば、その攻撃はルナの右腕がふっと消えたように見えただろう。

 もちろん死なない程度に手加減されているが、それでも常人には避けられない。


 だが少年はわっと驚いた顔をしながらも頭を引っ込め、そのまま数歩背後に飛び退く。

 その動きについ俺も「ほう……」と感心するような声を出してしまうほど素早い反応で飛び退いた少年は不敵な表情を浮かべ、牽制するように半身になって杖を前に持ってくる。


「小手調べですか? いいですよ。こう見えて魔法の腕には自信があるんです」


 挑発に対し、ルナは避けられないと思っていた拳を避けられて少し不満そうな顔をしたが、少年はすぐに茶化したように肩をすくめて構えを解く。


「冗談ですよ。そう怒らないでください。俺は腕試しにきたんじゃなくて、あなたにお願いをしにきたんです」

「失礼な奴………」

「そう邪険にしないでくださいよ。お詫びにお昼を奢りますから。好きな店の好きなものをどうぞ」

「……分かった。話を聞こう」


 少年とのやりとりを聞きながら、俺はここで知らない人にホイホイついて行くなと怒るべきか、奢るという一言で釣られるなんてチョロすぎだろと突っ込むべきかを思案した。



―――――



「それで、仮に私が赤髪の聖姫だとしたら何の用?」


 通りに並んだ店の一角。

 いつもなら金銭的な意味で立ち寄らないであろう店に入り、目の前の皿に盛られたハンバーグを口に放り込みながらルナが訊ねる。

 その両隣にはすでに完食された料理の皿がたんまりと積み上げられて山を作っており、その光景に少年は笑顔を僅かに引き吊らせるもなんとか平静は保っていたが、内心は財布の残高が足りるかどうかを心配しながら冷や汗をかいているだろう。


「その前に自己紹介を。俺はロクス。ロクス・スカードレットと言います。あなたのお名前は? いつまでも赤髪の聖姫と呼ぶのは失礼でしょう」

「私は……、ルナ・シルフィエット」

「ではよろしくお願いします。ルナさん」


 和やかにそう言ったロクスにルナは自分がロクスのペースに巻かれていることに気付きながら軽く会釈をする。

 それに満足したように微笑んだロクスは顔から笑みを消し、真面目な顔をして口を開いた。


「それでルナさん。突然なんですが、俺のパーティに加わってくれませんか」

「……断る」

「即答ですね。それはまたどうして?」


 すげにもなく答えたルナにロクスが興味深いとばかりに目を細めた。

 ルナは臆することなく答える。


「この町が好きだから」

「それだけですか? 俺があなたをパーティに引き入れたい理由はもっとマシでマジなものですよ。文字通りこの世界の命運が掛かっているんですから」

「世界の、命運?」


 彼の言葉を復唱しながらルナは首を傾げた。

 唐突にスケールが大きくなったことについていけないのであろうが、構わずにロクスは言葉を続ける。


「俺たちの目的は、いずれこの世界に誕生する魔王を倒すことです」


 ルナと俺はそれにキョトンとした顔をしたが、ロクスの話を詳しく聞くところによると、東の辺境に住むロクスらの一族は未来を見ることが出来る巫女と呼ばれる存在がいるらしく、彼女が半年ほど前にある未来を見た。

 それは一人の男が魔物の軍勢を率いて世界を蹂躙していく地獄絵図で、その光景を見た巫女自身は光景の凄惨さに気絶し、数日間目を覚まさなかったという。

 その間に巫女の予知した未来を巡って一族の間で話し合いが行われ、その結果、巫女の予知した未来が必ず現実になったというこれまでの事実の元、その男――魔王もいずれ現れるであろうことが予見された。


 だが巫女が予言したのはそれだけではない。巫女は魔王に対抗できる戦士たちの姿もその未来の中で捉えていたのである。

 そして一族はその戦士たちを探し出すために村随一の魔法使いであるロクスを戦士探しの旅へと出したというわけだ。

 ロクスの話をしている間に食事を済ませ、湯飲みに注がれたお茶のような飲み物をすすったルナが訊ねる。


「それで、その一人が私だと?」

「えぇ、戦士の中には一人だけ女性がいたそうです。巫女様からその女性が鮮やかな赤髪だったと聞いた時にピンときました。あなただと」

「間違いの、可能性は?」

「正直風の噂でしか知らなかったので半信半疑でしたが、会って確信しました。間違いなんかじゃない、あなたこそが魔王を倒し、英雄になる御仁だ」


 まるで自分の夢を語る幼子のように説明するロクスに、ルナは戸惑ったような顔をして、視線をチラッと俺に向けてきた。

 俺もあまりに突拍子もない話についていけていないが、ロクスの話し方を見ても嘘はついていないように思える。

 そのことを念話で伝えるが、ルナは渋い顔をしたままだ。


「戦士は全部で四人。あなたが最初の一人なんです。だから協力してくれませんか」


 そう言って頭を下げる彼をルナはしばらくじっと見つめる。だがやがて、ルナは懐から金貨を何枚か出してそれを机の上に置いて席を立った。


「残念だけど、私には協力できない」

「……どうしてです?」


 目を見開いて驚愕の表情を作るロクスにルナは俺の収まる鞘をコツコツと叩く。


「この剣をそんな不確かな情報で汚したくない」

「世界の命運がかかっているのにですか?」

「なら、私には関係がない。私には彼だけがいればいい」


 刺すような眼光で言った自分の言い分を一言でバッサリと切り捨てられ、ロクスは僅かに表情を歪めて詰るように言葉を吐き出す。


「いいえ。これはいずれ、あなたにも関係するようになります。例えば、あなたが危険な目には遭ったり、死んだりすれば悲しむ大切な人はいないんですか?」

「……いる」


 問いかけにポツリとルナは呟き、俺の鞘を軽く掴む。彼は言葉を続けた。


「俺にもそういう人はいます。今の世界は平和かもしれませんが、もしここで脅威を叩かなければ、やがてその人たちにも危険が及ぶようになります。あなたの実力ならしばらくは守れるかもしれませんが、すぐにボロが出る。あなたの手から大切なものは零れ落ちていく。あなたにそれが耐えられますか?」

「…………」


 ルナは答えることなく、ロクスの言葉をかみ砕くようにその場に突っ立っていたが、やがて背を向けて歩き出してしまう。


「俺は大切なものを守りたい。だから諦めませんよ、あなたが首を縦に振るまで」


 店から出る直前、背後からロクスの確固たる宣言が聞こえた。

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