第8話 赤髪の少女、パーティに勧誘される 2/2

「それで? 仮に私が赤髪の聖姫だとしたら何の用?」


 通りに並んだ店の一角。


 いつもなら金銭的な意味で立ち寄らないであろう店に入り、目の前の皿に盛られたハンバーグを口に放り込みながらルナが訊ねる。


 その両隣にはすでに完食された料理の皿がたんまりと積み上げられており、その光景に少年は笑顔を僅かに引き吊らせるもなんとか平静は保っていた。


 内心は財布の残高が足りるかどうかを心配しながら冷や汗をかいているだろう。


「その前に自己紹介を。俺はロクス。ロクス・スカードレットと言います。

 あなたのお名前は? 

 いつまでも赤髪の聖姫と呼ぶのは失礼でしょう」

「私は……、ルナ・シルフィエット」

「ではよろしくお願いします。ルナさん」


 和やかにそう言ったロクスにルナは彼のペースに巻かれていることに気付きながら軽く会釈をする。


 それに満足したように微笑んだロクスは真面目な顔をして口を開いた。


「それでルナさん。突然なんですが俺のパーティに加わってくれませんか」

「……断る」

「即答ですね。それはまたどうして?」


 とりつく島もなく答えたルナにロクスが興味深いとばかりに目を細めた。


 ルナは臆することなく答える。


「この町が好きだから」

「それだけですか?

 俺があなたをパーティに引き入れたい理由はもっとマシでマジなものですよ。

 文字通りこの世界の命運が掛かっているんですから」

「世界の、命運?」


 彼の言葉を復唱しながらルナは首を傾げた。


 唐突にスケールが大きくなったことについていけないのであろうが、構わずにロクスは言葉を続ける。


「俺の目的は、いずれこの世界に誕生する魔王を倒すことです」


 ルナと俺はキョトンとした顔をしたで顔を見合わせる。


 ロクスの話を詳しく聞くところによると、東の辺境に住む彼の一族は未来を見ることが出来る巫女と呼ばれる存在がいるらしく、彼女が半年ほど前にある未来を見た。


 それは一人の男が魔物の軍勢を率いて世界を蹂躙していく地獄絵図で、その光景を見た巫女自身は光景の凄惨さに気絶し、数日間目を覚まさなかったという。


 巫女の予知した未来を巡って一族の間で話し合いが行われ、その結果、巫女の予知した未来が必ず現実になったというこれまでの事実の元、その男――魔王もいずれ現れるであろうことが予見された。


 だが巫女が予言したのはそれだけではない。

 巫女は魔王に対抗できる戦士たちの姿もその未来の中で捉えていたのである。


 そして一族はその戦士たちを探し出すために村随一の魔法使いであるロクスを戦士探しの旅へと出したというわけだ。


 話をしている間に食事を終え、グラスに注がれたお茶ををすすったルナが訊ねる。


「それで、その一人が私だと?」

「えぇ、戦士の中には一人だけ女性がいたそうです。

 巫女様からその女性が鮮やかな赤髪だったと聞いた時にピンときました。

 あなただと」

「間違いの、可能性は?」

「正直風の噂でしか知らなかったので半信半疑でしたが会って確信しました。

 間違いなんかじゃない。

 あなたこそが魔王を倒し、英雄になる人だ」


 まるで自分の夢を語る幼子のように説明するロクスに、ルナは戸惑ったような顔をして視線をチラッと俺に向けてきた。


 俺もあまりに突拍子もない話についていけていないが、ロクスの話し方を見ても嘘はついていないように思える。

 そのことを念話で伝えるが、ルナは渋い顔をしたままだ。


「戦士は全部で四人。

 あなたが最初の一人なんです。だから協力してくれませんか?」


 そう言って頭を下げる彼をルナはしばらくじっと見つめる。

 だが懐から金貨を何枚か出してそれを机の上に置いて席を立った。


「残念だけど、私には協力できない」

「……どうしてです?」


 目を見開いて驚愕の表情を作るロクスにルナは俺の収まる鞘をコツコツと叩く。


「この剣をそんな不確かな情報で汚したくない」

「世界の命運がかかっているのにですか?」

「なら、私には関係がない。私には彼だけがいればいい」


 刺すような眼光で言った自分の言い分を一言でバッサリと切り捨てられ、ロクスは僅かに表情を歪めて詰るように言葉を吐き出す。


「いいえ。これはいずれ、あなたにも関係するようになります。

 例えば、あなたが危険な目には遭ったり、死んだりすれば悲しむ大切な人はいないんですか?」

「……いる」


 問いかけにポツリとルナは呟き、俺の鞘を軽く掴む。

 彼は言葉を続けた。


「俺にもそういう人はいます。

 今の世界は平和かもしれませんが、もしここで脅威を叩かなければその人たちにも危険が及ぶようになります。

 あなたの実力ならしばらくは守れるかもしれませんが、すぐにボロが出る。

 あなたの手から大切なものは零れ落ちていく。

 あなたにそれが耐えられますか?」

「…………」


 答えることなくルナはその場に突っ立っていたが、やがて背を向けて歩き出してしまう。


「俺は大切なものを守りたい。

 だから諦めませんよ、あなたが首を縦に振るまで」


 店から出る直前、背後からロクスの確固たる宣言が聞こえた。

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