第9話 静かなる聖剣、赤髪の少女の胸に抱かれる 1/2

 次の日。


 日の高い時間ながら、忍者のようにルナは家々の屋根に飛び移りながら移動していた。


「待ってください! ルナさぁぁんッ!」

「……鬱陶しい」


 チラリと下の通りを見ると、ルナの視線の先には通りの人たちの間を縫って追いかけてくるロクスの姿がある。


「仕方ないだろ。あんなすストレートに断られたんだ。

 逆に是が非でも言わせてやるってなる気持ちは分からなくもないな」


 こちらを追いかけながら他人とぶつからないものだなと感心しながら、俺が呑気にルナの呟きに応えると、ルナがジトッとした目を向けてくる。


「アルブも口だけじゃなくて手伝って」

「無茶言うな。ただの剣に何をしろっていうんだよ」

「あなたはただの剣じゃない。聖剣……」

「その聖剣も使い手がいなきゃ、ただのナマクラ刀同然だよ」


 肩を竦めながら(実際には何もしていないが)、俺が言うとルナはむくれたように頰を膨らませた。


 俺がロクスの肩を持っているのが気にくわないのだろう。


 こっちのことも知らず、雑踏と言うほど多くも少なくもない人混みの中でロクスは障害物のない屋根を走るルナに追随している。

 なんらかの魔法を使っているのかもしれないが、それでも大したものだ。


 しかし追いかけられる側にとっては面倒以外の何事でもないので、ルナは颯爽と屋根を降りてロクスとは反対側の細い裏路地に着地する。


 それなりの高さがあったが、魔力を使った身体強化を会得しているルナにとっては造作もない。


「そろそろ鬱陶しいからあいつ、全力で吹き飛ばしていい?」

「ダメだ」


 着地して裏路地を走りながらそんな物騒なことを言ったルナに、俺は子供を叱るように語調を強める。


 それに反応して頰を膨らませていた彼女がさらに不機嫌になったので、今度は優しくたしなめるように努めた。


「アホ。本気で俺を使ったら、この町一つ吹き飛ぶことを忘れたのか?」


 俺とルナは普段は一般的などこにでもいる冒険者を装っている。


 だが、本気を出せば、ロクスの言っていたように怪物を倒すほどの力を持っている――というより実際に倒したのだが、そんなものを一人のために無闇に町中でぶっ放して大量殺戮者の片棒を担ぐなど笑えない話だ。


 だがあくまで剣である俺は使い手の命令には逆らうことはできないので、使い手が虐殺を望めば俺の意思に関係なくその力を解き放ってしまう。


 俺は進んで虐殺の片棒を担ぐ気はさらさらないので、力を悪用されないために日頃から使い手に釘を刺しておかなければならない。


 言葉を交わしたことで頭が少し冷えてきたのか、ルナはしょげたようにため息をついた。


「それに私じゃない、私だ。俺たちは一心同体に等しいんだからな」

「……ん。そうだね」


 励ますようにそう言うと、ルナはきょとんとした後にしっかりと頷く。


 叱っても次には励ます言葉を与える。

 飴と鞭の使い分けだ。


 俺はそこで話を切り替える。


「それにしても、あいつもよく風の噂で流れてきた赤髪の聖姫のウワサだけでこのオルディナまで来たな。根性あるよ」

「倒したのは私じゃないのに……」

「でも、お前が俺を全力で使ったせいでヒュドラにトドメを刺したのは間違いないしな。

 そう考えればお前が英雄であることには変わりねぇよ。

 例え、たまたまだとしてもな」


 俺とルナの名が知れているのはただルナが綺麗だからという理由だけだからではない。


 俺たちは商人と旅をしていた時にある偉業を成してしまった。

 それがロクスの言っていた北の山脈に住むヒュドラを倒してしまったことである。


 実を言うと、あれはたまたま道に迷ってテリトリーに踏み入ってしまったところを襲われたので全力で攻撃したら、倒してしまったという行き当たりばったりな話なのだが、吟遊詩人たちによって幼い少女が武者修行の最終試験として自らの手だけで挑み、そして討ち取ったという英雄譚になっていた。


 伝説は美化されるというのは本当のようだ。


 そんな過去の出来事を思い出していると、ルナが何か難しいことでも考えているのかのように悩ましい顔をしていることに気づく。


「アルブは、あいつの話をどう思ってるの?」

「なんだ? いきなり藪から棒に」

「答えて。どう思う?」


 茶化したように応えてやると、ルナに睨みつけられたので俺は大人しく意見を述べた。


「信じるかどうかっていう話なら、あんだけしつこく真剣に勧誘してくるんだから事実なんだろうな。もしくは信じ込まされているか。

 けど、俺はそれを抜きにしても別に魔王討伐の旅はしてもいいんじゃないかって思う」

「どうして?」

「お前のためだ。

 お前、日常的に会話する奴って俺ぐらいしかいないだろう。

 他にいるか?」


 訊ねるとルナは視線を彷徨わせてから首を縦に振る。


 彼女は仲間というものを作ったことがない。

 心当たりがあるとしても仕事などで短期的に組むくらいの関係ばかりである。


 普段は俺が念話で喋りかけているのであまり気づかないが、ルナは実質的には一匹狼といっても過言ではないのだ。


 しかし世の中、そんな状態で渡れるほど簡単ではない。

 少なくとも数人くらいは親しい仲の友人を作るべきである。


 このまま拗らせてずっと一人でいられるのもそれはそれで困りものなのだ。


「まぁ、これは俺個人の意見だから最終的にはお前が決めればいいさ。

 じゃ、俺は少し寝るぞ。面倒事が終わったら起こしてくれ」


 最後に全ての判断を下すのはお前だと存外に告げてやった。

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