第10話 静かなる聖剣、赤髪の少女の胸に抱かれる 2/2

「ねぇ、アルブ……」

「……ん?」


 その夜。


 風呂から上がってきたルナは脱衣所で待機していた俺を持ってリビングに戻ると不意に声をかけてくる。


 その訴えかけるような響きがあるのに気付いて俺はルナの言葉を待った。


「一人に、しないよね?」

「…………」


 そう言ったルナが、鞘を握った手にギュッと力を入れたのが伝わってくる。


 俺はまたいつものが来たかと内心思いながら、それをしっかりと感覚した。


 一時的な幼児退行とでもいうべきか、彼女はときたまにこんな感じになってしまう。


 外では物静かで澄ました顔をしているが、時々こうして発作的に仕事に行く親を引き止めるように震える声で問いかけてくるのだ。


 そんな彼女を安心させるように俺は優しく呟く。


「俺は剣だ。

 常に誰かと共にあらなきゃいけない。

 だからお前が俺を見捨てない限り俺も……、死が二人を分かつまでお前を見捨てないさ」

「…………うん。ずっと一緒にいてくれる?」

「むしろ俺の方からお願いするさ。一人じゃ、どこにもいけないからな」


 外でロクスと追いかけっこに興じているときの気丈な姿が嘘のようだが、これが本来の彼女の姿なのだろう。


 寂しがり屋で常に愛を求めている。


 それが俺に新たな名を付けたルナという少女の本質なのだ。


 そうやって思考が別の場所に逸れ始めた俺にルナがポツリと告げた。


「なら私、あの人と一緒に行く」

「いいのか?」


 俺が訊ねるとルナはコクリと首を縦に振る。

 ここでのあの人とはもちろん、ロクスのことだ。


「あなたがいるなら大丈夫。あなたと一緒なら、怖くない」

「……そうか」


 まるで恋人にでも言うような一途で甘い言葉に俺は苦笑した。

 彼女はそんな俺を両手で包むと、まるで誰にも取られないようにその胸に強く抱く。


「アルブ。私を助けてくれてありがとう。愛してる」


 そう言うとルナは全身で俺を感じるようにさっきよりも力を込めた。

 風呂上がりで薄着なおかげで彼女の生暖かい体温が伝わってきて、知覚できないはずの彼女の匂いまで感じることができるような気がする。


「…………あぁ」


 少し間を置いてから俺は無感情を装って答えた。


 こういう時、聖剣でよかったとつくづく思う。


 元の体でそんなことを言われたら、俺の顔は真っ赤になっていただろうから。



―――――



 次の日の朝方。

 町に出てきていたロクスの前にルナが立っていた。


 彼女の背には登山にでも出かけるかの如く膨らんだ革製のリュックを背負われており、ロクスはその意味を悟りながらもルナの言葉を待つ。


「別にあなたの話を信じた訳じゃないけど、あなたと戦ってあげる」

「それは良かった……、です。世界のために戦ってくれることを選んでくれて」


 にこやかに微笑んでそんなこと言うロクスに対し、ルナは無表情に応える。


「違う」

「はい?」

「世界のためじゃない。彼のために」


 ルナが帯剣された俺を見たので、俺はニヤッと笑ってやる。


 ロクスもその視線を追って俺を見たが、呆気に取られたように少しポカンと口を開けていた。

 写真に収めてやりたいくらい傑作な表情だ。


「た、大切にしてるんですね。その剣」

「ただの剣じゃない。私の恋人」


 フリーズから回復したロクスはその返しに乾いた笑いで応えたが、それを見ている俺はルナのその言葉に笑みから一転、内心冷や汗をダラダラと流す。


 俺は基本的にルナ以外の人間と会話をしないが、やろうと思えば目の前の青年に話しかけることが出来る。


 だが、無用な興味を持たれるだけのような気がするのと面倒だから話さないだけ。


 なので周りから見ればルナの姿は狂的に剣を溺愛する怪しい奴に見えるだろう。


 どっちにしろ、残念な奴認定されることには変わりないが。


 だから恋人という表現も一種の比喩表現で、冗談であるはずだ……。


 冗談だよね?


 そう心の中で反芻しながら、俺はしばらく不安な気持ちに襲われるのだった。

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