第11話 赤髪の少女、その他選ばれし者と語らう 1/2

 とある森林地帯。

 そこのポツンと存在する人間の村。


 その数キロ離れたところで、備蓄された食料を狙うゴブリンの集団がたむろしていた。


 その数およそ百体ほど。


 開拓村である村はそれに対抗力など持ち合わせているはずもなく、実際にゴブリンたちが襲い始めれば一時間もかからないうちに人間たちは蹂躙される。


 しかし、いま窮地に陥っているのはゴブリンたちのほうだった。


 彼らの目の前では同胞の四肢が風を纏った矢によって吹き飛び、頭が無骨な大剣によってかち割られ、上品な装飾の施された剣によって首が胴体を切り離され、体が降り注いだ氷塊に貫かれて地面に散らばっている。


 それら全てがたった四人の人間たちにもたらされるものであるとはゴブリンたちは認めることができただろうか。


 その惨劇を目の当たりにして、残っていたゴブリンたちは森の奥へと逃げ出したが、四人の人間たちは背を向けた彼らを容赦なく屠った。


 また一匹、一匹と的確に狩り尽くされていく仲間に生きているゴブリンたちは半狂乱となって逃げ回る。

 そして、ゴブリンの血液を刀身に付着させた状態で俺はその蹂躙を静観していた。


 俺を振るっているのはもちろんルナで、身軽さを利用した瞬足でゴブリンの首をポンポンと跳ねていく。


 もはや植物の収穫作業を見るようにそれを見ていた俺は、他の集団から離れて一人で逃走を図るゴブリンの姿を目に止める。


「三時の方向に一匹。逃げられるぞ」

「……逃さない」


 ルナはそう答えると、俺の柄を逆手に持って切っ先を逃げ出すゴブリンに照準し砲丸投げの選手のような構えを取った。


「え? おい、ルナ。まさか……」


 俺はその姿勢でルナが何をしようとしているのかを理解し、それまでの冷静さから一転して慌てたように待ったをかけようとする。


 だが、牙〇(逆手持ちバージョン)のような構えのルナは聞こえていないとばかりに無視。柄を握った右手に力を込める。


「アルブ、お願い」

「ちょ、待っ――」


 そして俺が制止する暇もなくルナは右手を振りかぶり、槍でも扱うかのように投擲した。



―――――



「いやっー、終わった終わった! それにしても残りの仲間は一人か。あとの一人はどんな奴やら」


 全てのゴブリンが狩り尽くされ、森に平穏が戻る。

 しかし地面は四肢を飛ばされたり首をはねられたりしたゴブリンの血で染まっていた。


 そんな場所でボヤきながら、大剣を肩に担いだのは魔王討伐パーティの一人。大剣使いのジョーン・クラインハルト。


 浅黒く日焼けした肌にボディビルダーのような筋骨隆々とした男で、パーティ一番の年長者。


 豪腕で大剣を振り回し、敵を真っ二つにするまさに力そこ全てという言葉を体現したような男である。


 元は南の港町を拠点に活動していた何でも屋だが、実際には喧嘩屋と言ったほうが正しい。


 事実、初対面時も彼は町でのさばっていたチンピラとケンカをしており、現れた俺たちをケンカ相手の仲間だと思って襲いかかってきたのだから。


 まぁ、そのあとルナが決闘で勝利を勝ち取り、仲間に引き入れることになったのだが、正直俺はこの男があまり好きになれなかった。


 何故かと言えば、粗暴で人の命令を聞かず好き勝手に振る舞い、その上酒癖も悪い。

 さらにもう三十超えたいい年のおっさんなのに隙あらば十七歳になったルナに色目を使ってくるのだ。


 しかもそれをルナが嫌がっているのはパーティ内でもはや承知でありながら、まったく止める気配がないのであるから好きになれないのは当然で、常に帯剣されていると言ってもいい俺も、その視線による二次被害を喰らうので本当にやめてほしいと思う。


 俺は男に狙われる趣味はないし、立ち位置的にもルナの保護者のような役割を担ってきたので不快極まりない。


「少なくとも、あなたのような脳筋ではないことを祈ります……」


 ジョーンの呟きにボソリと答えたのはもう一人のメンバー。弓使いのルーク・ベランナ。


 弓の名手で元は王都周辺を縄張りとする暗殺団の一員であったが、ロクスの必死の交渉も虚しく、ジョーンが力技で暗殺団を壊滅に追いやり強制的に仲間となった。


 無口で無表情。

 何を考えているのかはあまり読み取れず、パーティの中でもっともミステリアスな人物である。


「あ? ルーク、テメェなんか言ったか? 文句があるならはっきり言いやがれ。叩き斬るぞ」

「知能の低い獣が……」


 例えるなら影のような男だが、ジョーンとは自分の居場所を潰したという事件のせいで、このように犬猿の中だ。


 だがその弓の実力は本物で弓に何本もの矢をつがえて敵を同時に複数仕留めるほどの技量を持つ。

 しかも、暗殺団にいたおかげで夜襲や闇討ちなどの戦術も叩き込まれており、パーティを影から支える裏方役でもある。


 ジョーンを力の権現とするなら、こちらは反対に技の戦士という感じだ。


 そして火花を散らし出す二人から離れ、こちらに歩み寄ってくる俺の主――ルナ・シルフィエット。


 聖剣の使い手であり、本気を出せば怪物殺しすら果たすことができるパーティの紅一点。


「まぁまぁ、ジョーンさんもルークさんも落ち着いてくださいよ」


 以上のこの三人が魔王を倒すと予言された人物たちで、こんな三人を取りまとめているのが、ゴブリンの死体を焼きながら二人の威圧に気圧されているロクスである。


 俺に言わせるとこの面子が魔王を討伐する光景など、何かの冗談ではないかと思わざるを得ない。


 こちらに歩いてきたルナはゴブリンと共に木の幹に突き刺さってパーティを観察する俺を引き抜き、左右に切り払ってから鞘に収めるといがみ合うジョーンとルークを見た。


「また、ケンカしてる」

「ほっとけよ。いつものことだ」


 棘のある響きで素っ気なく俺が答えると、ルナは困ったように眉を八の字にして機嫌を伺うように俺の柄を撫でる。


「怒ってるの? 投げたこと」

「あぁ、そうだ! ……いや、怒ってない。俺は断じて怒ってないぞ」


 つい声を荒げてしまったが、俺はすぐに取り繕う。


 しかし、内心ではルナの言葉通り怒っている。


 唯一無二の相棒である剣を投げるなど剣士としてあるまじき行為だ。

 考えられない。


「ごめんなさい、怒らないで。お願い」


 そう言ってルナは沈んだ表情を作って俺を撫で続ける。

 俺はしばらくしてため息をつき、ルナの言葉に応えてしまう。


「……ったく、仕方ないな。許してやる」


 本当は「携帯は投げるものではなぁぁぁい!」と某ドラマのように言いたかったが、可愛いルナにお願いされればこの怒りも鎮めざるを得ない。


 昔から俺は彼女につくづく甘いのだ。

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