第3話 お喋りな聖剣、みすぼらしい幼女と出会う 3/3
「もうなんにも残ってない。なにもしたくない。こんな思いをするなら死んだ方がマシ」
「……お前、ここで死ぬ気か」
「…………」
「勘弁しろ。笑えないぞ」
黙り込んで無言の肯定をする少女に俺は忍び寄る陰鬱な雰囲気を払おうとする。
正直目の前で死なれるのは目覚めが悪い。
考えてもみてくれ。
いま目の前の少女がここで死んだ場合、動けない俺はそれを見届けなければならない。
餓死し、肉が腐って徐々に白骨化していく少女の姿を否が応でも見せつけられるのだ。
それはもう拷問にも等しいだろう。
そんな見たくもないものを見せられることに対する嫌悪と同時に、簡単に生を諦める目の前の少女に少しばかり怒りを感じた。
もしかしたら少女の言葉に俺の中に僅かにも存在していた傲慢な偽善者としての精神が働いたのかもしれない。
「わかった。別にお前が死ぬのは構わないさ。
だが死ぬのならせめて別の場所で死んでくれ。俺の目が届かない範囲でな。
お前の死に際を見届ける役目なんてゴメンだ」
吐き捨てるように言ったこちらを少女はじっと見つめる。
その目は暗く澱んでおり、絶望に落ちる一歩手前という感じだ。
俺は言葉を続けた。
「だが言っといてやる。お前が死にたいと思ってるのと同じように生きたいって思っているやつがいることを忘れるな。
お前の主だった領主だって、両親だってそうだったはずだ。そいつらに背を向けて命を捨てるのは冒涜にも等しい」
「なら、どうしろっていうの……?」
「ハッ、簡単だよ。
どうせ死ぬなら精一杯生き抜いてみやがれ。生き抜いてからやっぱり生きる価値のない世界だったって言いやがれ。
お前みたいなガキがあっさり死ねるほど世界は甘くねぇ」
この時の俺は怒っていたと思う。
でも何故か、何にかは分からない。
目の前の少女かもしれないし、こんな口先だけの言葉しか吐くことのできない自分にかもしれない。
だが、この時の言葉が間違っているとは思わなかった。
実際に前世では治療の努力も虚しく病魔に蝕まれて死ぬやつや不慮の事故で死ぬやつ、理不尽な殺人の被害者となって死ぬやつを俺は知っていた。
とある理由で死んだ俺もある意味ではその一員なのだ。
「……どうして、そんなこと言うの?」
そんな言葉が通じたのか分からないが、少女の心に小さな穴を開けることには成功したらしい。
「聖剣になった俺と違ってお前には人としての未来がある。お前の行動次第で明るくも暗くもなる未来がな。
まぁ、要はあれだ。お前に生きて欲しいんだよ」
不思議そうな顔で俺を見る少女に俺はそう答えた。
実に歯の浮くようなセリフだが、不思議と恥ずかしさはない。
少女は俺の言葉にぼんやりとしていたが、やがて顔を膝の間にうずめて肩を小刻みに震わせ始める。
怒っているかと思ったが、すすり泣くような声が聞こえて彼女が泣いているだと理解した。
やがて鼻をすする音が聞こえ、少女が俺に届くくらいの声量で小さく呟く。
「分かった。あなたがそう言うなら、やる」
少女は短いながら答える。
その目にさっきまでの虚ろで暗いものはなく、確固たる意思が感じられることに俺は内心微笑みながら話を戻す。
「決まりだ。なら話を元に戻すが、お前、名前無いんだよな?」
「……ない」
「じゃあ仕方ない。俺がつけてやるよ」
「え?」
「え? じゃねぇよ。お前の名前を付けてやるって言ってんだよ。
お前、まだここで死ぬつもりか?
それともわざわざ逃げ出したのにまた別の奴に犬のように飼われるのか?」
脅すように言うと少女はふるふると首を横に振る。
その反応はさっきまで番号で呼ばれることが当たり前という顔をしていた少女とは幾分違って見えた。
「だよな。これから外の世界で暮らしていくんだろ? なら名前がないと不便だぜ。
もしお前が自分で名前を考えたいなら、別にそれでも構わないが……」
「いい。あなたが考えて」
少女はきっぱりとそう告げ、命名の権利を俺に託してくる。
これが彼女なりの信頼の証なのかもしれないなと考えながら、俺は前世の知識を総動員して彼女に送る名前をひねり出そうと思考を働かせ始めた。
ちょうどその時。
頭上から光が降り注ぎ、上を見上げると小さく狭い岩間から月が光り輝いていた。
そこから俺は彼女の名前を思いつき、ニヤッと笑う。
「じゃあルナだ。今日からお前の名前はルナ」
「ルナ?」
自身に与えられた名を復唱しながら少女は小首を傾げる。
その仕草がちょっと保護欲を誘う感じで可愛い。
みすぼらしさがなければもっと輝いただろう。
「俺の世界で月を意味する言葉だ。月は好きか?」
「分かんない……。でも気に入った」
「そうか。じゃあルナ、さっそく仕事だ」
俺がそう言った途端、ルナの肩がビクッと震えたので、慌てて取り繕った。
「あぁ、悪い。別に酷いことをさせようってんじゃない。だからそんなに構えるな」
奴隷であった彼女はいままで酷い目に遭ってきたのだろう。
それこそ俺が生前に読んでいたいかがわしい創作物に書かれているような仕打ちやあるいはそれを超えるものを。
物心つく頃からそんな生活を送ってきた彼女にとっては仕事とはそういう嫌な仕打ちをされるものでしかなかったのだ。
幸い、こちらの意図を察してくれたのかルナは肩の力を抜く。
「何を、すればいいの?」
「簡単なことさ。俺を台座から引き抜け。そして俺を外の世界に連れ出してくれ」
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