第1話 お喋りな聖剣、みすぼらしい幼女と出会う 1/3

 既に俺が剣に転生してから数週間が経った。


 実際にどれくらい経っているのかは分からないがそのくらいだ。

 多分……。


 その期間に俺はあることに気づいた。


 この体、身動きがひとつも取れない。


 剣なんだから当たり前だろうと突っ込まれるかもしれないが、前世でなんの不自由もない体であった俺にとっては死活問題である。


 足を動かすように力を入れてみたり力んでみたりしてみたが、剣である俺は台座に瞬間接着剤で固定されているかのように微動だにしない。


 一時は剣に手足が生えることを望んだがそんなことがあるはずもなく(まぁ、それはそれでキモイ)、目覚めてから俺は一歩も動いてはいない……というか動けなかった。


 さらに悪いことにこの場所を誰も訪れる気配もない。


 水面の反射で見た感じ、聖剣っぽい自分の姿からいずれは選ばれし勇者(ただし可憐な少女の)とかお宝狙いのトレジャーハンター(ただし妖艶な巨乳の)とかが訪れても良さそうなのに、それがまったくないのである。


 ただでさえ暇なのに誰もいないことが俺の心に孤独感と寂しさを上乗せしていく。


 ……ちくしょう。俺は置物じゃねぇんだぞ。


 幸いといってはなんだが肉の体ではなったせいか腹は減らない。


 しかし睡眠は問題なくできるようで、俺は一日のほとんどを寝て過ごした。


 仕方ないだろ。

 他にすることがないんだから。


 空腹に耐えるよりはずっとマシだ。


 しかし数週間も一人で放置されるのは非常に堪える。


 生前の世界なら、ネットなりゲームなりの暇つぶしの道具はどこにでも転がっていたが、ここには何もない。

 本当に何もないのだ。


 頭の中で(どこに頭があるとかは聞くなよ)羊を数えたり、特に楽しかったとも思えない前世のことを思い返したりしながら、もうこのまま誰にも見つけてもらえないのではないのかという考えがよぎった時だった。


 何かが転がるような物音が聞こえてきたのは。


「誰だッ」


 反射的に物音が聞こえた暗闇に声を発した。

 もっとも、聖剣に口はないので相手に聞こえていないかもしれないが。


 しばらく俺の声に反応する言葉が返ってくることはなかったが、代わりにひたひたと何かの足音がこちらに近付いてくる。


 足音からして二足歩行の生物であることは間違いないが、それがなんなのかは分からない。


 やがて天井から差し込む光の下に足音の正体が姿を現わす。

 だがその姿を見た俺は怪訝な声を漏らした。


「……子供?」


 俺の前に現れたのは、可憐な女勇者でも妖艶なトレジャーハンターでもなく、衣服と呼ぶのもはばかれるような薄汚れた襤褸ぼろを着た少女だった。


 地毛なのか、鮮やかな赤髪はボサボサで全体的に薄汚れており、正直性別が分からなかったが勘と希望的観測で少女であると俺は判断した。


 背丈から考えて小学校高学年から中学生にあがるくらいの少女は水たまりの端っこで足を止め、洞窟内をキョロキョロとしている。


 もし数週間前の転生直後の俺なら、盛大に落胆し肩を落としただろうが、放置されていたことでそういう類のよこしまな考えは浄化されたらしく、微塵も頭に浮かばなかった。


「誰か……いるの?」


 男にしては高くて柔らかい声を聞いて謎の子供が少女であると俺は確信を持つ。


 ついでに言うと、どうやら俺の声は聞こえる上に言葉も通じているらしい。

 さっき答えなかったのは俺の姿が見えなかったからだろう。


「なに言ってんだ。目の前にいるじゃねぇか」


 俺がいつも通りの調子で答えると少女はまたキョロキョロと周りを見渡す。


 悪意はないのだろうが、なんだが自分がクラスで無視されるいじめられっ子のような気がしてちょっとイラっとした。


「おい、お前の目はお飾りなのか? 目の前だって言ってんだろ。キョロキョロすんな。まっすぐ前を見てみろ。正面にあるのはなんだ? ん?」


 そこまで言ってから少女はこの穴倉の中心に位置した一本の聖剣である俺に焦点を合わせる。

 そして少しばかり驚きで見開かれた目で俺を凝視した。


「もしかして、あなた? 声をかけてきたのって」

「他に誰がいるんだよ。そこらの岩がお前に唐突に語りかけでもすると思ってんのか?」


  そう返すと、少女は視線を外すことなく見開かれていた目を徐々にひそめて怪訝半分困惑半分といった表情をする。


 この時の俺は彼女の表情が意味するものを読み取れなかったが、本当はこう言いたかったのだろう。


 ――お前が言うな、と。

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