聖剣はかく語りき〜転生聖剣は奴隷少女と旅に出る〜
森川 蓮二
第1話 お喋りな聖剣、みすぼらしい幼女と出会う
やぁ、俺の名前は○○○○。
え? なんで名前が伏せ字なのかって?
知ってもどうせ違う名前がつくし、これから話すことにはあんまり関係ないからだよ。
生まれはもちろん借金まみれのオタク国家日本で、俺は一介の会社員だったが、ひょんなことから異世界に転生することになった。
普通なら訳もわからず呆然とするか、「来たぜ異世界テンプレ! これで無双しまくってハーレム作れる!」なんてことを考えるだろう。ラノベやアニメでそういう世界に触れていた俺は残念ながら後者の反応である。
だがしかし世の中そう簡単には出来ていない。
目覚めた俺は、薄暗い洞窟らしきところにいることにすでに嫌な予感めいたものを感じていた。普通こういう時は、明るい場所にいるものだと思っていたからだ。
その嫌な予感を証明するように俺自身の意識はあるが、体の感覚と嗅覚が感じ取れず、聴覚はいつも通りに機能しているのに視覚は何故か三六〇度全方位を見渡せる。だが、光は天井の方から僅かに差し込んでいるだけで、遠くまでは見えない。
しかし俺はその僅かな光の中で地面に水が溜まり、そこに自分の姿が映し出されていることに気づく。柄に煌びやかな装飾を施された一本の剣となった俺の姿を。
「な、な、なんじゃこりゃああぁぁッ!」
それを見た俺は別の某刑事ドラマの殉職シーンの如き叫びをあげた。
というわけで異世界で俺に与えられた姿は、人でも動物でもなく苔むした台座の上に鎮座する聖剣で、ただ引き抜かれるのを待つただの「物」だった。
もし神様というものがいるのなら俺はこう言っていただろう。
あぁ、くそったれな神よ。なぜ我に人の身を与えて下さらなかったのですか、と。
―――――
話を元に戻そう。
既に俺が聖剣に転生してから数週間が経っている。
実際にどれくらい経っているのかは分からないがそのくらいだ。多分……。
その期間に俺はあることに気づいた。この体、身動きがひとつも取れない。
剣なんだから当たり前だろうと突っ込まれるかもしれないが、前世でなんの不自由もない体であった俺にとっては体が動かせないことは死活問題である。
足を動かすように力を入れてみたり力んでみたりしてみたが、剣である俺は台座に瞬間接着剤で固定されているかのように微動だにしない。
一時は剣に手足が生えることを望んだが、そんなことがあるはずもなく(まぁ、それはそれでキモイ)目覚めてから俺は一歩も動いてはいない……というか動けなかった。
さらに悪いことに、この場所を誰も訪れる気配もない。
水面の反射で見た感じ、聖剣っぽい自分の姿からいずれは選ばれし勇者(ただし可憐な少女の)とかお宝狙いのトレジャーハンター(ただし妖艶な巨乳の)とかが訪れても良さそうなのに、それがまったくないのである。
ただでさえ暇なのに誰もいないことが俺の心に孤独感と寂しさを上乗せしていく。
……ちくしょう。俺は置物じゃねぇんだぞ。
幸いといってはなんだが肉の体ではなったせいか腹は減らない。
しかし、睡眠は問題なくできるようで、俺は一日のほとんどを寝て過ごした。仕方ないだろ。他にすることがないんだから。空腹に耐えるよりはずっとマシだ。
しかし数週間も一人で放置されるのは非常に堪える。生前の世界なら、ネットなりゲームなりの暇つぶしの要素はどこにも転がっていたが、ここには何もない。本当に何もないのだ。
頭の中で(どこに頭があるとかは聞くなよ)羊を数えたり、特に楽しかったとも思えない前世のことを思い返したりしながら、もうこのまま誰にも見つけてもらえないのではないのかという考えがよぎった時だった。
何かが転がるような物音が聞こえてきたのは。
「誰だッ」
反射的に物音が聞こえた暗闇に声を発した。
もっとも、聖剣に口はないので相手に聞こえていないかもしれないが。
しばらく俺の声に反応する言葉が返ってくることはなかったが、代わりにひたひたと何かの足音がこちらに近付いてくる。
足音からして二足歩行の生物であることは間違いないが、それがなんなのかは分からない。
やがて天井から差し込む光の下に足音の正体が姿を現わす。
だがその姿を見た俺は怪訝な声を漏らした。
「……子供?」
俺の前に現れたのは、可憐な女勇者でも妖艶なトレジャーハンターでもなく、衣服と呼ぶのも憚られるような薄汚れた
地毛なのか、鮮やかな赤髪はボサボサで全体的に薄汚れており、正直性別が分からなかったが、勘と希望的観測で少女であると俺は判断した。
背丈から考えて小学校高学年から中学生にあがるくらいの少女は水たまりの端っこで足を止め、洞窟をキョロキョロと視線を右往左往させている。
もし数週間前の転生直後の俺なら、この時点で目の前の少女が自分の望んでいたような人物でないことに盛大に落胆し肩を落としただろうが、暗室に等しい場所に放置されていたことでそういう類の
「誰か……いるの?」
男にしては高くて柔らかい声を聞いて謎の子供が少女であると俺は確信を持つ。
ついでに言うと、どうやら俺の声は聞こえる上に言葉も通じているらしい。さっき答えなかったのは俺の姿が見えなかったからだろう。
「なに言ってんだ。目の前にいるじゃねぇか」
俺がいつも通りの調子で答えると少女はまたキョロキョロと周りを見渡す。
悪意はないのだろうが、なんだが自分がクラスで無視されるいじめられっ子のような気がしてちょっとイラっとした。
「おい、お前の目はお飾りなのか? 目の前だって言ってんだろ。キョロキョロすんな。まっすぐ前を見てみろ。正面にあるのはなんだ? ん?」
そこまで言ってから少女はこの穴倉の中心に位置した一本の聖剣である俺に焦点を合わせる。
そして少しばかり驚きで見開かれた目で俺を凝視した。
「もしかして、あなた? 声をかけてきたのって」
「他に誰がいるんだよ。そこらの岩がお前に唐突に語りかけでもすると思ってんのか?」
そう返すと、少女は視線を外すことなく見開かれていた目を徐々にひそめて怪訝半分困惑半分といった表情をする。
この時の俺は彼女の表情が意味するものを読み取れなかったが、本当はこう言いたかったのだろう。
――お前が言うな、と。
「あなた何者?」
その代わりとばかりに繰り出された質問に俺は平然とした顔で答える。
「人間だ、と言いたいところだが……、見ての通り今はただの剣だ」
「剣は、喋らない……」
軽口を叩くように明るく言ったが、少女のごもっともな答えに俺一瞬は黙り込むが、会話に飢えていたのでめげずに話題を切り替える。
「それよりも、なんでこんなところに? ここはお前みたいな子供が来るような場所じゃないだろ?」
「……逃げてきた」
「なにから?」
「嫌な人たちから」
俺が尋ねると顔を俯けて少女は呟く。どうやら訳ありらしい。
普段の俺ならここで日本人お得意の空気を読むを発動して引くのかもしれないが、残念ながら今の俺に空気を読む気は皆無だ。
「ふぅん……。問題ないなら話してくれないか? 人と話すのは久しぶりなんだ」
「……別に、いいけど」
そう言うと少女は自分の身の上をポツポツと話し始める。
年齢のせいもあってか
実に羨まし……不貞な領主である。
そして一週間前。領主は所用で王都に向かうこととなり、領主は護衛と彼女を含めたお気に入りの奴隷数人と共に町の外に出たのだという。
王都までの旅は順調に問題もなく進んでいた。
だが数日前。旅の一行は街道で待ち伏せていた山賊に襲われてしまい、領主たちはその場で殺されたが、彼女はその襲撃から命からがら逃げ出すことに成功。そのまま森の中を彷徨い続け、この洞窟にたどり着いたらしい。
それらの話を聞いて俺が思ったのは、やはりこの世界は俺がいたのとは別の世界で、奴隷の売買も行われているのかという実にそっけないものである。
もっとお人好しな人間なら彼女の負った運命に同情したり憤ったりするだろうが、これまた残念なことに俺は度の過ぎた偽善者でも清らかな聖人でもない。ただの平凡な人間である。
と、そんなことを考えて俺は大事なことを聞いていないことに気づく。
「そういえば、お前。名前は?」
「名前?」
「そう、名前。自分自身を表す固有名詞のこと。分かる?」
少し挑発的な物言いになったが、少女は気にした素振りもなくじっと考え、やがて顔を上げる。
「……十八番」
「はい?」
「十八番。それが名前」
「本気で言ってんのか、お前……」
少女の返答に俺は一瞬聞き間違いをしたのだと思ったが、話している少女の顔は真面目そのものだ。
十八番という番号が自分の固有名詞であると真顔で答える少女に自然と俺の口調は呆れたようなものになった。
「あのなぁ……、それは名前じゃなくて番号だから。それは名前とは言わないから。で、本当の名前は? 親からもらった名前くらいあるだろう」
そう訊ねると少女は視線を宙に彷徨わせる。
「親知らない。私が小さいときに村のみんなドレイになって、その時に死んだって、カトレアが教えてくれた」
「…………すまん、悪かった」
俺は速攻で素直に謝罪した。地雷を踏んだのは明確であり、今のは完全に俺が悪い。
少女の言葉に出てきたカトレアというのは恐らく人名で、彼女の両親の末路を知っているということは彼女と同じ村の出身の奴隷だろう。
領主かもしれないが、妾というならともかくただの奴隷の家族情報を知っているとは思えないし、少女が主人を呼び捨てにするとも考えられないしな。
推察しつつ、俺は少女が謝罪を受け入れて何事もなく会話が再び始まるのを待ったが、そこでまったく予期していない言葉が返ってくる。
「気にしてない。どうせ死ぬんだし」
「……あ?」
少女はそう呟くと水辺の端に座り込んで長く伸びて汚れた髪の隙間からこちらを見た。
「もうなんにも残ってない。なにもしたくない。こんな思いをするなら死んだ方がマシ」
「……お前、ここで死ぬ気か」
「…………」
「勘弁しろ。笑えないぞ」
黙り込んで無言の肯定をする少女に俺は忍び寄る陰鬱な雰囲気を払おうとする。
正直目の前で死なれるのは目覚めが悪い。
考えてもみてくれ。
いま目の前の少女がここで死んだ場合、動けない俺はそれを見届けなければならない。
餓死し、肉が腐って徐々に白骨化していく少女の姿を否が応でも見せつけられるのだ。それはもう拷問にも等しいだろう。
そんな見たくもないものを見せられることに対する嫌悪と同時に簡単に生を諦める目の前の少女に少しばかり怒りを感じた。
もしかしたら少女の言葉に俺の中に僅かにも存在していた傲慢な偽善者としての精神が働いたのかもしれない。
「別にお前が死ぬのは構わないさ。だが死ぬのならせめて別の場所で死んでくれ。俺の目が届かない範囲でな。お前の死に際を見届ける役目なんてゴメンだ」
吐き捨てるように言ったこちらを少女はじっと見つめる。その目は暗く澱んでおり、絶望に落ちる一歩手前という感じだ。
俺は言葉を続けた。
「だが言っといてやる。お前が死にたいと思ってるのと同じように生きたいって思っているやつがいることを忘れるな。お前の主だった領主だって、両親だってそうだったはずだ。そいつらに背を向けて命を捨てるのは冒涜にも等しい。どうせ死ぬなら精一杯生き抜いてみやがれ。生き抜いてからやっぱり生きる価値のない世界だって言いやがれ。お前みたいなガキがあっさり死ねるほど世界は甘くねぇ」
この時の俺は怒っていたと思う。何故かは分からない。目の前の少女かもしれないし、こんな口先だけの言葉しか吐くことのできない自分にかもしれないが、この時の言葉が間違っているとは思わなかった。
実際に前世では治療の努力も虚しく病魔に蝕まれて死ぬやつや不慮の事故で死ぬやつ。理不尽な殺人の被害者となって死ぬやつなど、そういう生きたい思いを死んだ人間がいることを俺は実際に見て知っているし、とある理由で死んだ俺もある意味ではその一員なのだ。
「……どうして、そんなこと言うの?」
そんな言葉が通じたのか分からないが、少女の心に小さな穴を開けることには成功したらしい。
「簡単さ。聖剣になった俺と違ってお前には人としての未来がある。お前の行動次第で明るくも暗くもなる未来がな。まぁ、要はあれだ。お前に生きて欲しいんだよ」
不思議そうな顔で俺を見る少女に俺はそう答えた。
実に歯の浮くようなセリフだが、不思議と恥ずかしさはない。
少女は俺の言葉にぼんやりとしていたが、やがて顔を膝の間にうずめて肩を小刻みに震わせ始める。
偉そうな俺に怒っているかと思ったが、すすり泣くような声が聞こえて彼女が泣いているだと理解した。
やがて鼻をすする音が聞こえ、少女が俺に届くくらいの声量で小さく呟く。
「分かった。あなたがそう言うなら、やる」
少女は短いながら答える。
その目にさっきまでの虚ろで暗いものはなく、確固たる意思が感じられることに俺は内心微笑みながら、明るく話を戻す。
「決まりだ。なら話を元に戻すが、お前、名前無いんだよな?」
「……ない」
「じゃあ仕方ない。俺がつけてやるよ」
「え?」
「え? じゃねぇよ。お前の名前を付けてやるって言ってんだよ。お前、まだここで死ぬつもりか? それともわざわざ逃げ出したのにまた別の奴に犬のように飼われるのか?」
脅すように言うと少女はふるふると首を横に振る。
その反応はさっきまで番号で呼ばれることが当たり前という顔をしていた少女とは幾分違って見えた。
「だよな。これから外の世界で暮らしていくんだろ? なら名前がないと不便だぜ。もしお前が自分で名前を考えたいなら、別にそれでも構わないが……」
「いい。あなたが考えて」
少女はきっぱりとそう告げ、命名の権利を俺に託してくる。
これが彼女なりの信頼の証なのかもしれないなと一人考えながら、俺は前世の知識を総動員して彼女に送る名前をひねり出そうと思考を働かせ始めたその時、頭上から光が降り注ぎ、上を見上げると小さく狭い岩間から月が光り輝いていた。
そこから俺は彼女の名前を思いつき、ニヤッと笑う。
「じゃあルナだ。今日からお前の名前はルナ」
「ルナ?」
自身に与えられた名を復唱しながら少女は小首を傾げる。その仕草がちょっと保護欲を誘う感じで可愛い。みすぼらしさがなければ、もっと輝いただろう。
「俺の世界で月を意味する言葉だ。月は好きか?」
「分かんない……。でも気に入った」
「そうか。じゃあルナ、さっそく仕事だ」
俺がそう言った途端、ルナの肩がビクッと震えたので、慌てて取り繕った。
「あぁ、悪い。別に酷いことをさせようってんじゃない。だからそんなに構えるな」
奴隷であった彼女はいままで酷い目に遭ってきたのだろう。それこそ俺が生前に読んでいたいかがわしい創作物に書かれているような仕打ちやあるいはそれを超えるものを。
物心つく頃からそんな生活を送ってきた彼女にとっては仕事とはそういう嫌な仕打ちをされるものでしかなかったのだ。
さいわい、こちらの意図を察してくれたのかルナは肩の力を抜く。
「何を、すればいいの?」
「簡単なことさ。俺を台座から引き抜け。そして俺を外の世界に連れ出してくれ」
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