EX 悪戯な聖剣、ハロウィンを仕掛ける

 俺の相棒、ルナ・シルフィエットは英雄である。


 元は奴隷であった彼女は、十代の頃に喋る聖剣である俺――アルブと共に旅をし、数々の偉業を残した。

 その中でも特に魔王討伐に関しては彼女のいた世界の人間なら英雄譚として一度は聞いいたことがあるほどである。


 彼女はその時に相棒であるアルブを失いながらも、その後様々なことを成し遂げ、そして死後、このオーブに呼び出された彼女は派遣英雄とも言える仕事に従事していた。


 そんな華々しい経歴を持つ彼女であるが、今は自室の扉の前に突っ立って唖然とした顔でこちらを見ている。

 そんな相棒に俺ことアルブは、先ほどと同じことを言う。


「トリックオア・トリートッ!」

「…………」


 しかし、ルナからはなんの反応も帰ってこない。ここまで無反応だと自分がまるで空気にでもなったかのようだ。

 反応をしばらく待ったが、いつまでも微動だにしないルナにさすがにしびれを切らし、俺は口を開く。


「あのー、なんか反応リアクションしてくれない?」

「……アルブ、ついに頭がおかしくなったのね。残念だわ、あなたの替えは利かないのに」

「おいッ、さすがにそれは酷いだろ……」


 反射的にそうツッコミを入れるが、ルナは見てはいけないものを見てしまったとばかりに顔を俯けて、顔に手を当てている。


 俺が魔王との戦いで聖剣の姿を保てなくなり、このオーブに人の姿で呼び戻され早数ヶ月。

 俺からしてみればほんの一瞬の別れだったが、俺と別れてかも何十年もの人としての生を全うした彼女からすれば、長すぎる別れである。


 そこからの再会を経たのだから、関係にそれなりの変化はあるのだが、俺に対する扱いがだんだんと雑で容赦のないものに変わってきているという形で表れているのが悲しいところだ。

 まぁ、いままでの師弟や親子のような関係よりは喜ぶべきことなのかもしれないが、少し風当たりが強い気がするのは気のせいじゃないと思う。


「それで教えてもらえる? 何故ケガしてる訳でもないのに全身に包帯巻いてグロテスクなメイクしてるの? そんなの見たらなんてもはや頭が狂ったか、邪神降臨の儀式をしてるようにしか見えないわ」


 確かに今の俺の顔にはプロ顔負けのメイクが施され、体の方はあちこちに包帯を巻かれてミイラなのかゾンビなのかどちらともつかない格好をしている。

 俺自身もルナの言葉に納得しかけたが、一歩踏みとどまって首をブンブンと降ってツッコミを入れた。


「ちょっと待て。その流れでなんでお前は頭が狂った一択なんだよ。つーか、ハロウィン、知らねぇのか?」

「知らないわ。どこの奇祭なの、それ?」

「俺の元いた世界の奇祭だよ。てか奇祭っていうな。世の中には見えない鬼を退治するのに巻き寿司食って、豆を撒くもっと奇怪なイベントがあるんだから」


 節分を引き合いに出してみたが、ルナはまったく理解しておらず、無言でスルースキルを使用してくる。

 俺より先にオーブここに呼び出されているのだから少しは知識がついているかと思ったが、そんなことはないらしい。

 スルースキルを無言で行使してきたルナをジト目で睨むと、彼女は誤魔化すように咳払いをして話を本線に戻す。


「で、どんなイベントなの? そのハロウィンって」

「もともとは俺の住んでた場所から海を超えてずっと西の方にある地方が発祥でイベントさ。秋の食い物の収穫を祝って悪霊を追い出そうっていう宗教的な儀式だったらしい」

「儀式でそんな格好でするのなら、さぞ楽しい祭りなんでしょうね」


 ルナが皮肉のこもった茶々を入れてくるが、こちらもスルースキルを使用して無視してやる。

 先ほどのお返しだ。


「まぁ、俺のいた時代じゃ魔女やお化け、狼男なんかにこうして仮装したり、カボチャをくり抜いて顔を描いたり、ほとんど形骸化してたな。その中で仮装した子供とかが近所の家にトリックオア・トリート――つまりお菓子をくれなきゃイタズラするぞって言ってお菓子をもらう風習があるんだよ」

「それで、あなたがさっきやってたのがそれなの?」

「ご明察。さすがは我が伴侶」

「とんでもありません。我が夫よ」


 茶化したように俺が返すと、ルナも芝居がかった調子で混ぜ返す。

 やはり二十代中頃の見た目に反して中身がすでにその倍以上あるのでこうした演技が板についている。ここら辺は俺が聖剣から時代のルナよりは大きく成長して大違いだ。


「話を戻すけど、つまりお菓子をあげなきゃ私はイタズラされるのかしら?」


 そう呟いたルナが一瞬何かを期待するように手を顔に当て、舌舐めずりをする。

 その指には俺が嵌めているのとお揃いの銀色の指輪が嵌っており、俺は指輪に目をやりながら彼女が何を期待しているかに気づいていないフリをして答えた。


「まさか。俺のいた時代じゃ、ハロウィンの時期は大体の奴がお菓子かそれの代わりのものをあげたり貰ったりしてたからイタズラされる奴はいなかったよ。というよりただの脅しで実際にやる奴はいない。ついでに言えば、今回あげるのはこっちの方だし」


 俺はそう言って、自分の隣に置いていた箱を取り出しルナに差し出す。


「これは?」

「まぁ、ハロウィンにちなんだプレゼントだよ」


 ルナは俺の手から箱を受け取って開く。

 中身を確認すると、それを手に取って箱から出した。


 彼女が受け取った箱から現れたのは黒い魔女の衣装で、それを見たルナは子供のように興味津々な様子で魔女の衣装を見つめる。


「面白いわね、魔女の衣装なんて。しかも私が知ってる魔女の衣装とはまた違うわ」

「仲のいい仕立て屋に頼んで作ってもらったんだ。ただの魔女コスじゃ面白くないと思って、服はお前のいた世界よりも俺の世界の仮装服に近づけてる」


 俺とルナが一緒にいた世界には本物の魔法を使う魔法師がいたが、彼らのほとんどは皆ダボっとしたローブを纏ったダサい格好だったので、まったく参考にならなかった。

 そこで俺は生前いた世界のバニー服をベースに作ったらルナの興味を引くのではと思って作ってもらったのだが、大正解だ。


 ちなみに、仲のいい仕立て屋というのはもちろん生前や聖剣の頃の知人ではなく、このオーブに呼ばれている別の世界の英雄である。

 なので、服には様々な能力があるらしいが、それをびっしりと文字で埋まったリストで渡されたので、読む気の失せた俺はひとつも目を通していない。


 人が着るんだから、少なくとも着た人間に害になるようなことはないだろう。

 ルナはそのプレゼントに子供のようにはしゃいでいたが、突然顔を俯けた。


「ありがとう。でも私いま返せるものなんて持ってないわ」

「いいんだよ。俺が勝手にやったことだしな」


 俺が苦笑しながら答えると、彼女は顔をパァッと明るくさせる。


「ねぇ、着てみてもいいかしら?」

「あぁ、いいよ。後ろ向いてるよ」


 そう言って俺はルナに背を向けた。

 普通の男性なら、ここで女性に気を使って部屋の外に出るなりなんなりするのだろうが、聖剣時代に彼女の風呂に付き合わされたせいで、俺には女性が同じ部屋で着替えていても大丈夫な耐性ができてしまっていたのである。


「いいよ」


 彼女の着替えはすぐに終わり、僅かな衣すれ音のあと、ルナの短い一言で振り向く。

 すると目の前には、赤髪に映える黒のぴっちりとした魔女服を纏ったルナの姿があった。


「うん。よく似合ってる」


 あまりのぴったりさに開いたまま塞がらない口からそう漏らす。

 本当に拍手を送りたくなるくらいよく似合っており、肌の露出が多いことと服の素材の光沢が艶めかしいことを除けば、魔女だと言われても信じそうだ。

 ルナは俺の反応に照れたように頬を赤らめた。


「ありがとう。じゃあもう一回後ろ向いて」

「え? あ、あぁ……」


 彼女の意図が分からないまま、俺は再び後ろを向く。

 すると突如背中にムニュッとした何かが押し付けられ、俺は数秒遅れてそれが彼女のなんであるかを理解した。


「ちょッ、ルナ。お前――」

「今は渡せる物がないから、代わりにこれでどう?」


 そう耳元で小さく囁かれ、俺の背筋がぞくりと震える。

 彼女の両腕が俺の胸元に回ってきて、二つの柔らかい塊がさらに押し付けられていく。


 このままではマズい。雰囲気に流されてしまう。

 そう悟った俺はすぐさまルナの両腕からすり抜けて後ずさる。


「わ、分かったッ。十分伝わったからッ!」

「ダメ。私が満足してない」


 そう言ってルナは後ずさった俺との距離を詰め、止まる気配はまったくない。完全にスイッチが入っていた。

 このままでは性的な意味で襲われるのは明白だったが、そこで救世主がガチャっと扉を開けて入ってくる。


「失礼します。アヴァロン様がお呼びで――」


 雪さんだった。

 彼女はパッと見、ゾンビが魔女に襲われているようにしか見えないカオスな光景を見ても眉を少しばかり動かしただけで、数秒後には何事もなかったかのように頭を下げる。


「あら、これは失礼。お楽しみ中でしたか。それでは私は外で待っていますのでごゆっくりと――」


 そう言って雪さんが静かに扉を閉めようとしたが、その前にルナがとてつもない敏捷性で引き止めた。だがしかし、彼女は顔を俯けたままで一言も喋らない。

 どうやら雪さんの介入で強制的に頭が冷えたらしいが、恥ずかしさで何も答えられないだろう。

 代わりとばかりに俺が雪さんに話しかける。


「問題ないです。それよりも仕事ですか?」

「はい。ですが今回は特別な仕事だそうで、アヴァロン様直々に話があるそうです」

「ちなみに仕事の中身は?」

「詳しくは存じ上げていませんがなんでも、ある人たちを呼び集めて欲しいそうです」

「分かりました。すぐ行きます」


 雪さんは俺の返答を聞くとそのまま部屋を出ていく。


「さて、着替えてから行きますか。」


 俺は顔を真っ赤にして固まるルナに話しかけたとも独り言ともつかない調子でそう呟いた。

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聖剣はかく語りき〜転生聖剣は奴隷少女と旅に出る〜 森川 蓮二 @K02

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