第16話 死した聖剣、白き世界の先で…… 1/2

 いつまでそこにいたのだろうか。


 突然電気が走ったようなピリッとした感覚の後、唐突に白い闇が終わりを告げ、目の前が真っ暗になった。


 同時に内的外的問わず脳の中に一気に情報が流れ込み、死んだように停止していた意識が強制的に覚醒させられる。


 唐突に流れ込んできた情報に頭が痛むなか、ゆっくりと目を開く。


 最初に見えたのは魔法陣のような何かしらの刻印がなされた地面で、魔法陣は淡い光を宿している。

 それを見てから俺は、自分に瞼があることを自覚した。


 視線を落とすと白っぽい二本の手が映り、力を入れてみれば指は思った通りに握り込まれ、はっきりと両手の感覚が脳の刻み込まれる。


 それは紛れもなく自分のもので、そのまま手で体をペタペタと触った。


 俺が着ているのは死者に着せられるような簡素な白装束だけらしく、薄い生地の感覚が肌に伝わってくる。


 だがしかし、突然聖剣としての姿から何年ぶりかの人としての肉体に戻っているこの状況に分からず、俺は内心首を傾げた。


「お目覚めですか? 〇〇〇〇さん?」


 自分の自由になる肉体があることを実感していると不意に声をかけられる。


 俺は生前の名前で呼ばれて少し驚く。

 どうやら死後のふわふわ日向ぼっこタイムは終了らしい。


 ゆっくりと顔を上げると、俺のいる魔法陣の上に大和撫子という言葉が具現化したような姿の黒目黒髪の美人が立っており、聖女のような微笑みをたたえていた。


「〇〇〇〇さん?」


 そう女性に問いかけられ、俺はコクリと頷く。


「こんにちは。私はせつと言います。生まれた時代は違いますが、あなたと同じ日本出身の者です」


 雪と名乗った女性は薄く微笑んでお辞儀をする。

 それがあまりに見事なので、俺には目の前の雪が旅館の女将のように見えた。


 俺は会釈を返すと視線を雪から外して部屋全体を見渡す。


 周りは巨大な地下貯水槽か地下神殿のように高くそびえる白亜の柱と照明代わりの炎しかないので遠くまで見渡すことができない。


「ここは……、どこです?」


 雪は俺と同じように視線を上に向けた。


「ここはオーブ。

 あなたの生前いた世界でも剣として暮らしていた世界とも違います。

 ここで説明するよりも実際に見てもらったほうが早いでしょう。

 どうぞ、こちらに」


 俺は彼女が剣として転生していたことを知っていることに驚きつつ、クルリと踵を返して歩き出した雪の後ろをついていく。


 まぁ、考えてみれば俺の人間だった頃の名前も知っていたのだから俺の人間だった頃と聖剣だった時の全て知っているのかもしれないなという考えに行き着いた。



―――――



 薄暗く長い階段を上って地下から地上に出ると、非常に広い大理石っぽいカーブした廊下を歩く。

 ちなみにここは城かなにからしく、左手の柵の外には青空の下に町が広がり、人々が往来している姿が見えた。


「このオーブはあちこちの世界から優秀な技術や才を持った人材の魂を集め、霊体としてここに呼び集めています」


 雪からオーブのことをそう説明され、眼下に広がる通りの人々を観察してみる。

 実際にそれを示すように通りには黒人や白人はたまた日本人など様々な人種がおり、服装も全身を黒で固めた現代風の眼帯青年や冒険者のようなフルフェイスの甲冑を纏っている者もいる。


「つまりここにいるのは、色んな世界から呼び出された人たちだってことですか」

「その通りです。詳しい目的は後で教えられるでしょうが、まぁ簡単にいうなら、あちこちの世界に人を派遣して世界を救っている規模がとてつもなく大きい派遣会社とでも認識してもらえればよろしいでしょうか?」

「ず、随分と身も蓋もないですね……」

「事実ですから。ここでは人種差別もへったくれもないんですよ。〇〇〇〇さん」


 足を動かしながらにっこりと俺の方に笑いかけてくる雪。


 おしとやかそうに見えて実際は毒舌家なのかもしれないなと思いつつ、俺は申し訳なさそうに頭を掻く。


「あのー、それなんですけど。昔の名前はやめてもらえませんか?」


 ふと足を止め、雪が振り向き首を傾げる。

 そこにあるのは純粋な疑問を示す顔だ。


「なんというか、どうにも人間だった頃の昔の名前が慣れなくて……おかしいですよね。十年も使っていない名前の方が馴染んでいるなんて」

「いいえ。そんなことありませんよ」


 何を言っているだと言われると思っていた俺は、その言葉で視線を彼女の方に向けると、彼女は変わらず薄い笑みを浮かべた表情で答える。


「実は私の名前も元は妹がくれた名前で本名じゃないんです。だから偽名を本当の名前のように思う気持ちは不思議なことではありません。

 ここではあえて偽名を使っている人もいますし。

 それに素敵だと思いますよ、あなたの名前は」


 お世辞ではなく、本心からそう言ってくれる雪。


 何故だろう。

 俺はそんな時に別れ際に泣きながら手を伸ばした赤髪の少女の姿を思い出してしまう。


 それに一瞬戸惑いを覚えたが、俺はすぐに頭を振って思考を切り替え、また歩き出した雪の後ろに引っ付いていく。


「とりあえず、ここのことはなんとなくわかりました。それでどこへ向かっているんです?」


 雪について行っているだけの俺は、彼女がどこに行こうとしているのか知らない。


 振り向くことなく雪は質問に答えた。


「あなたに会って欲しい人がいるのです。あなたを必要としている人に」

「俺を、必要とする人?」


 反芻しながら俺はそんな人物がいるのかと首を捻ったが、特に思い当たる人物はいない。


 そのまま足を進めていたが、しばらくするとピタッと雪が足を止める。


「ここです」


 雪の視線を追うと、右手の壁に趣のある黒っぽい木製の両扉のドアが立ちはだかるように存在しており、俺はそれをポカンと眺めた。


 そんな俺を一瞥してから雪は進み出て、ドアをノックする。

 すると中から返事が聞え、雪が「連れてまいりました」と一言告げてからドアに手をかけた。


 そして扉が開かれた瞬間、俺の目の前に広がったのは部屋の内装でも待ち人でもなく、霞むくらいの速度で振るわれた鉄拳だった。

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