第13話 赤髪の少女と聖剣、魔王と対峙する 1/3
「オラァァァァッ!」
見事な覇気と共にジョーンが大剣を力任せに振るう。
彼に相対している黒衣に身を包んだ男は、大剣に比べれば小枝程度にしか見えない細い剣でその重量のある一撃を受け止め、両者の体は硬直したように弾かれる。
そこに今度は無数の風を纏った矢と火球が降り注ぎ、舞い上がった爆炎と煙が剣を受け止めた男を飲み込む。
少し離れたところからそれを見ていたルナは俺の柄をしっかりと握ると、燃え盛る火球へと走りこんだ。
地面すれすれの前傾姿勢で、まるでハヤブサのようにルナは走り抜け、俺をもうもうと舞い続ける煙の中へ突き放つ。
しかし、突然吹いた風によって煙が散らされ、俺は下から迫ってきた細剣によって軌道を逸らされてしまう。
目の前には、爆炎に飲まれたはずの男がマントをはためかせただけでまったくの無傷な姿で立っていた。
それを見た俺が舌打ちをすると同時にルナと他の面子も苦々しい顔をする。
百体のゴブリンの集団もやすやすと狩りつくすこのパーティが男一人に苦労するのも当然のはずだ。
何故なら、目の前に立っている黒衣の男こそ、俺たちが倒すべき魔王なのだから。
ロクスが四人目の魔王と倒す選ばれし者であるという衝撃の事実が発覚して数ヶ月後。
俺たち魔王討伐パーティ一行は魔王を探して各地を転々とした。
ここに至るまでにも疫病によって存続の危機にあった村を救ったり、救った村人から感謝されるも突然攻めてきた魔王の幹部たちによって、結局皆殺しにされたりと実に様々なことがあった訳だが、今回は割愛。
そんな色々なことがあった中で俺たちは魔王とおぼしき存在が昔の廃城に住み着いていることを聞かされ、隠密作戦の得意なルークを主として調査を開始。
得られた情報などから相対している彼が魔王であると断定し、現在進行形で魔王の強さに歯噛みしていた。
それなりの連携をとって攻撃しているはずなのに魔王が態勢を切り崩せる気配は全くなく、どれだけ攻撃しても魔王にダメージらしい一撃は見られない。
逆に魔王のほうは時々ふっと姿が消えたかと思うと、ロクスやジョーンの背後などに現れ、攻撃を仕掛けてくる。
こちらが追い詰めるどころかむしろ変則的な動きをする魔王にこちらが追い詰められている状態だった。
ルナの突きを逸らした魔王は、一度距離を取ると深呼吸をするように息を吐く。
戦闘の合間に詰まった空気を吐き出すようにルナも同じようにし、そして剣を構え直す。
魔王は剣を構えることなくダラリと垂らしていたが、次の瞬間その姿が再び搔き消え、ルナの背後に現れる。
「ルナ、後ろだッ!」
そう俺が叫ぶと同時にルナは振り向かずに手首の動きだけで俺を移動させ、真上から迫っていた斬撃の軌道を逸らす。
ガチンと剣同士がぶつかり合う大音響の後、魔王の剣はルナを捉えることなく下へ抜けていく。
しかしそれで魔王の攻撃が終わるはずがなく、すぐに振り下ろされた剣が跳ね上がってきた。
ルナはそれをクルリと回転しながら受け止め、その勢いを使って距離を取るが、完全には防ぎきれずに肩口を浅く切り裂かれてしまう。
「まだだッ!」
だが俺の目はルナの取った距離を一瞬で詰めてきた魔王の姿をしっかりと捉え、僅かな隙が出来ているルナに
俺の声に気づいたルナはとっさの動きで死の剣筋を身をひねって躱す。
だが、そこから魔王の剣は鋭さを増して幾度もルナを斬りつけようと迫り、そのたびにルナは躱すか俺を使っていなしていく。
しかしその連続攻撃にルナは押され始め、最後には防戦一方となってしまう。
ロクスたちもルナの劣勢を悟り攻撃を仕掛けようとするが、魔王は巧妙にルナと距離を取ってそれを封じていた。
そして魔王の攻撃をルナが受け止めた回数が二十を超えた時、ピシッという嫌な音が聞こえ、瞬間俺の体を強烈な違和感が襲う。
ルナがこちらを見やって驚いたように目を見開く。
「バカッ! 変なことに気を取られるな!」
怒鳴るとハッとしたような顔でルナは顔を上げる。
そこにはルナの隙を見逃さずに剣を振りかぶった魔王の姿があり、ルナはとっさに俺を魔王の剣に向けて突き出した。
「ぐっ……」
直後、鼓膜を破裂させるような音とともに地面が爆ぜ、食いしばった歯の間からうめき声を漏らしたルナは城の壁に叩きつけられる。
一方の魔王はルナの攻撃によって剣を半ばあたりで折られ、その破片が掠めたのか頰に小さな切り傷が出来ていた。
「ルナッ!」
その隙にロクスが叫び、魔王に魔術を放つ。
しかし魔王は蝿でも払いのけるかのようにロクスの攻撃をあしらう。
そこにルークが魔王に目くらましの閃光玉を投げつけ、同じように接近していたジョーンが踏み込んで振りかぶった大剣を魔王にぶつけるが、魔王は障壁を作り出すことで防いだ。
「おいッ、ルナ。大丈夫か!?」
彼らが気を引いている間、俺は地面にうつ伏せになったルナに呼びかける。
最初は無反応だったが、やがて呻くような声が聞こえ、ルナが地面に手をついて体を起こした。
「大丈夫か? ルナ」
「私は……大丈夫。それよりも、アルブのほうが心配」
そう言ってルナは不安げな顔で俺を見つめる。
魔王の攻撃をルナに代わって受け続けた俺の刀身には亀裂が走っていた。
さっきの異音は俺の体に亀裂が入る音であり、違和感は久しく感じることのなかった痛みだ。
今のところ、亀裂自体はまだ微々たるものだが、おそらく同じような攻撃を受ければ確実に折れることが理屈抜きで分かった。
痛みの具合を感じながら俺はルナに告げる。
「俺は大丈夫だ。それよりもルナ。あれを使え。あのバケモンを倒すにはあれしかねぇ」
その言葉にルナは驚いたように目を見開く。
「あれってもしかして……」
「そうだ、昔ヒュドラを屠ったあの技だ」
「でも、今あれを使ったらアルブがッ……」
「言われなくてもそんなことはわかってる。自分の体なんだから今の傷がどれだけヤバいかもな。でもやるしかないだろ」
そう言ってやるが、ルナは不安な表情を崩さない。
仕方ないと内心で苦笑しながら俺は続ける。
「安心しろ、死にはしねぇよ。
俺は自分をお前の親がわりだと思ってきた。だからお前の結婚式もウエディングドレス姿も子供も孫も。その他もろもろを含めてなんも見てねぇのに死ねるかよ。
死んでも死にきれるか」
強がりな言葉を吐いて俺は一呼吸置くと、最後の背中を押してやる言葉を述べた。
「だからお前は全力を振るえ。
俺が壊れる?
上等だ。壊せるもんなら壊してみやがれッ、
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