第11話 対話の結末 3/3
ひらひらと枯葉が舞い落ちた地面を歩き、良吾は帰宅の途についていた。
風は気温が九月上旬ごろくらいまで持ち直したおかげで、これまでと比べれば遥かに暖かい。
結局昨日は彼女が姿を消した後も良吾は部屋に居座ってそのまま一夜を過ごした。
朝。
目が覚めて管理人と教授に依頼が完了したことを伝え、いまは自宅のマンションへと帰る途中だ。
眩しい朝日を浴びながらポケットの中に入っているアパートの鍵を弄びつつ遠景を眺めた。
鍵を持っているのは、この後にあの部屋に運び込んだ道具を片付けなければならないだ。
大家からも許可も得ている。
大家は幽霊がいなくなったことにほっとした表情をして愛想良く笑っていたが、良吾はあまり喜ぶ気にはなれない。
電話口で良吾の声を聞いた教授は同じ見える人間として良吾が何を思っているのか察して励ましてくれた。
いままで教授とともに様々な幽霊が消滅する瞬間を見てきたが、今回はまったく違う。
彼女は死にたくなかったし、生きていたかった。
たとえ幽霊になってでも。
そんな望みを奪ってしまったという実感があった。
しかし自分はこうやって幽霊たちを送らなければならない。
それが視える人間の使命だから。
教授が学生時代からこの仕事が罪深いものであると語っていたが、ようやく良吾もその意味が理解できたような気がした。
たどり着いたマンションの玄関をくぐり、エレベーターで自分の階まで上がって部屋に鍵を指して開ける。
「あ、おかえり」
「あぁ、ただいま――」
部屋に入って聞えてきた声に返事を返す。
玄関にバッグを置き、靴を脱ごうとしたところで良吾は手を止めた。
「……なんでいるんです?」
顔を上げてみると、目の前には消えたはずの美希がなんの変哲もない姿でおり、良吾は石化でもしたように体を硬直させる。
それに対し、うやうやしく礼をする美希。
「このたび地縛霊から浮遊霊に昇格した前原美希です。お邪魔させてもらってます」
「…………」
明らかに部屋に押しかけた時の挨拶を真似た言葉に良吾は黙り込む。
その顔はなんとも言えない表情が浮かんでいる。
イマイチ受けが悪い良吾に美希はバツの悪い表情をしたが、誤魔化すように真顔に戻った。
「と、冗談はここまでにして思い出したの。私がやり残したこと」
そんなことを言い出す美希に良吾は釈然としない表情で腕組みをして口を開く。
「……一応、聞きましょう」
それを聞いてから美希はまるで好きな人に告白する女子のように深呼吸をして改まる。
「私、生前は不幸なことが多かったでしょ?
だから人並みの幸せが欲しかったの。
誰かと話して、恋をして、付き合って……そんな他愛もない幸せが。
だからあなたがそれを私にちょうだい。
あそこから引っ張り出したんだからその埋め合わせくらいはしてくれるでしょ?」
チラチラと視線を逸らしたりしながら言われた良吾の顔に怪訝な表情が浮かぶ。
なんとも無茶苦茶な理屈であったが、美希にとっては一世一代にの重要なことだった。
目を閉じて口を噤んでいた良吾はやがて長いため息をつく。
「却下。いまさら人並みの幸せを与えろなんて言われても生者である僕にはあなたの姿を視ること以外には何も出来ません」
きっぱりとそう告げると美希は顔を伏せる。空気もどんよりしたように思えたが、良吾は続けた。
「しかし、それでもというのなら僕の仕事に支障のない範囲でなら協力します。ここで祟られても困りますからね。最後までは面倒見てあげますよ」
その言葉に美希の表情がパァッと明るくなる。
良吾もつられるように頭を掻いて苦笑いをした。
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