第10話 対話の結末 2/3
崩れ落ちた美希に良吾は眉間に険しい皺を刻みつつも何もしない。
これは彼女の問題であり、彼女が真実に向き合わなければ自分が介入する余地がなかったからだ。
やがて美希がバタッと畳の上に崩れ落ちる。
気絶したように見えたが、その肩は未だに小刻みに震えていた。
「昨日あなたの話を聞いた時、おかしいと思ったんです。
普通幽霊――特に地縛霊は負の感情によってその場所に囚われる。
なのにあなたにはそんな気配はまったくなかったんです」
「…………」
彼女は何も喋らない。
「最初は信じられませんでしたよ。幽霊が自らの生前の記憶を偽って、しかもそれを真実と思い込んでいるなんて話。
でも、ありえないなんてことは微塵もない。現に生きた人の中にもそう言う人はいる。
あなたはここを離れないのは家族との思い出を守りたいと言ったが、実際は大きな嘘で自分を誤魔化して記憶を塗り固めていた。
ここはあなたが殺された場所でありながらもあなたという存在を保持し守るための繭だからだ」
そう言った途端、凄まじい力で押し倒される。
押し倒したのはもちろん美希であり、彼女は馬乗りになった状態で両手で彼の首を掴む。
首に彼女の手が皮膚に食い込む感触をはっきりと感じ取った。
美希はその状態で黙ったままだったが、やがて独り言のように呟く。
「そんなことを私に知らしめてあなたは何がしたいの……?
真実を知ってどうしろっていうのよ、こんなの……悲しみ以外の何を感じろっていうのよッ!」
悲痛な叫びを間近で聞きながら良吾は口を開こうとしたが、その前に熱い何かが頰に落ちてきた。
それは次々と落ちてきて良吾の頰を伝う。
美希は涙をこぼしながら叫んだ。
「ねぇ、そんな事実を聞かされてどうしたらいいの?
こんな気持ちでここから消えろっていうの?
答えてよッ!」
指先が肉に沈む不快感に僅かに眉をピクリと動かしてから良吾は答える。
「……僕はただ真実と向き合って欲しいだけです。
あなたは何年もこの部屋で自らの偽りの記憶によって守られてきた。だが真実を知ったのならこの繭から抜け出すべきだ。
それを決めるのはあなたであり、僕にできるのはその手伝いだけです。
あなたがここから出ていきたいなら僕はそれをサポートします」
「ッ…………」
その言葉に美希は目を見開いてから良吾の首から手を離し、ゆらりと立ち上がった。
軽く咳き込みながらその表情を覗き込むが、俯いた彼女の顔を窺うことはできない。
しばらくして彼女にポツリと訊ねられる。
「一つ教えて。お父さんはどうなったの?」
良吾は無言でテーブルに放り出したままのファイルを手にとって一枚の新聞の切り抜きを引き出す。
「この記事にある通り、あなたの殺害後に自らの自首して今は刑務所です。
大麻や覚せい剤の後遺症がひどいそうですが、徐々に回復はしているそうです」
実は今日、彼女の父親の面会に行っていた。
なんの関係ない一般人である良吾に面会の許可が下りるかどうかは怪しかったが、そこは教授のコネで押し通してもらい、彼女の父親と刑務所の面会室で顔を合わせたのだ。
ガラス越しに顔を合わせた彼はどこか疲れたようでいながらも優しげな目で微笑んだ後、瞳を潤ませて自らの状態とあの事件のことを悔いていると語った。
美希は記事を読みながら面会での会話を聞き、何かを噛みしめるように目を閉じる。
「そうなんだ…………。うん。少しは心が晴れたのかな」
「さぁ、どうでしょうね。少なくともあなたの心残りの一つくらいは消えて欲しいです」
「……そうね」
そう呟いて美希は良吾を見つめ良吾もそれを見返した。
彼女はゆっくりと右手をあげて左右に振る。
「ありがとう……、さようなら」
最後にそう呟いて彼女の姿はスゥッと部屋から消え去った。
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