第4話 アパートの不法滞在者 2/2
良吾はわかりやすくため息をつく。
こういうタイプは大抵
すると視界に少女と同じようにふわふわと宙を浮遊する自らのビジネスバッグが映った。
「いいから……出てってッ!」
少女がそう言うと同時に、浮いていた鞄がひとりでに良吾に向かって飛んでくる。
咄嗟に頭を低くして顔面直撃を免れたが、少しだけ頭上を掠めたビジネスバッグは玄関のドアに盛大にぶつかって地面に落ちた。
「危ないじゃないですか! 今の当たったら流血ものですよ」
「だから言ったじゃない。私が全力で追い出す前に出ていけって」
割と命の危険を感じながら抗議すると少女は嘲笑うように彼を見下ろし、落ちたビジネスバッグを再び浮遊させる。
どうやらヤル気満々のようだ。
良吾は面倒くさそうにため息をつく。
「分かりました、分かりましたよ。大人しく出て行きます。また明日来ます」
そう言い残して浮遊するビジネスバッグを掴むとそのまま部屋を出る。
「二度と来んな!」
ドアを閉めると同時に少女のそんな罵声が部屋から聞こえたが構わずドアを閉めた。
良吾は何かを考えるように立っていたが、やがてドアから離れて階段を下っていく。
そのまま一階の大家の部屋を訪ねると、しばらく間借りしたいので鍵を預かってもいいかとガスと電気を再開して欲しい旨を伝える。
もちろん除霊師の件についても訊ねたが、本人は面倒臭そうになにも変わらなかったから言わなかっただけだと言った。
表情を見る限りではちんけなプライドが邪魔したようだ。
帰り際、良吾が夕日の朱色に照らされた建物をチラリとみると、あの部屋の窓から彼女がこちらを窓越しに見ていた。
―――――
その日の夜。
良吾は自らの住処であるマンションに帰ってきていた。
その土地の賃貸価格としては安く、部屋には友人に運び入れを手伝ってもらったテレビや本棚などの家具が一通り揃っており、少女のいた部屋とは相対的に生活感と素朴な家主の性格が溢れている。
そんな部屋で夕飯をカップ麺で済ませた良吾はスーツの上着を脱いだワイシャツ姿で椅子に座り、教授と電話していた。
「どうだった、彼女は?」
第一声から教授が楽しそうな声で聞いてくるので、良吾は自然と苦笑を浮かべてしまう。
「よく女性だとわかりましたね。まだどういう人かも言っていなかったのに」
「なに、ただの長年の勘と経験さ。それに喜劇や悲劇を問わず、何事も女性が物事の中心であったほうが面白いだろう?」
教授はそう自らの持論を述べた。
その声だけで良吾の脳裏にはニコニコとした顔で端末を耳に当てた教授の姿が浮かんでいる。
「それで、どうだったか?」
「とんだじゃじゃ馬……というのが正解ですかね。早速追い出されてしまいました」
「ははっ。そうか、早速追い出されてしまったか。残念だったね」
教授はからかうように笑ったが、個人的にはあれで満足しているので、大家から聞いた話と怪現象の正体である少女と交わした言葉の内容などを語った。
良吾が語っている間、教授は興味深そうに彼の話に聞き入り、ただ相槌を打っただけである。
「ふむ。やはりその少女があの場所に留まっているのは部屋そのものが原因なのかもしれないね」
「教授もそう思いますか」
「それだけ部屋から出ることを頑なに拒否するのだから、原因はそこしかないだろう。まぁ、私は言葉を交わしていないし、まだ初期段階だから違う可能性もあるかもしれんが」
そう呟いて電話口で教授は黙り込んでしまう。
良吾や教授に視える幽霊たちは生前になにかしらの心残りを残している。
例えば、思い人に会いたいとか生前にできなかったことがやりたいとかそういう類のものだ。
そういう人たちを解放――一般的に言う成仏をさせるには、そういう心残りを取り除いてやらなければならない。
そのためにまずは本人からその心残りの手掛かりを過去からほじくり返すこととなる。
まるでフィクションの中で華麗に事件を暴く探偵のようなだと思うかもしれないが、ひどい死に方をしてこの世界に留まっている者たちからすれば、それは苦痛以外の何者でもないだろう。
「しかし追い出されてしまったのだろう。大丈夫なのかい?」
そう訊ねられて、良吾は我に返る。
心配そうな言葉をかけられるのも当然で、良吾が一人で幽霊絡みの案件をするのは初めてなのだ。
いままでの学生時代はどういう形であれ教授が関係していたが、今回は仕事の斡旋以外に彼は関わっていない。
教授の心配を良吾はなんでもないとばかりに肩をすくめて受け流した。
「問題ありませんよ。
言葉を交わすことは出来ましたし、本人も即刻叩き出すということはしなかったので最初の踏み込みとしてはまずまずです。
あとは距離とタイミングを見ながらゆっくりと進めていきますよ」
「解決できそうか?」
「えぇ、まぁ……彼女の核心に近づく小さな糸口は掴めたかもしれません。とりあえずはいろいろと情報が引き出しながら並行して色々調べてみます」
「期待してるよ。それじゃあ、おやすみ」
そこで教授はそう言って電話を切り、良吾も端末を耳から離す。
ひとつ深呼吸をして背中を椅子の背もたれに預け、良吾は天井を見つめた。
だがその目は天井を見ているわけではなく、ただどこでもない虚空を見ている。
どこでもない場所を見ながら良吾の頭の中では突き詰めれば意味のない、しかし明瞭に自分の存在を主張し続けたあの少女の言葉が響き渡っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます