第3話 アパートの不法滞在者 1/2
「あなた……、私が視えてるの?」
突然部屋に現れた少女は驚きつつも絞り出すが、良吾はなんでもないとばかりに答える。
「あぁ、視えてるよ。白いワンピースに長い黒髪ロングの君がね。初めてかい? 幽霊が見える人間は」
そう問いかけるが少女は驚いた顔をするばかりで何も答えない。
どうやら自分の姿が見えることに戸惑っているようだ。
だが良吾にとっては予想通りの反応である。
なぜなら八割がたの幽霊は、自分の姿が見える彼に戸惑った反応を見せるのだから。
良吾には他人には見えない幽霊の姿を視ることができる。
幼い頃は普通だったのだが、とある出来事をきっかけに幽霊を見ることができるようになった。
だが、視えることは家族にも隠している。
このことを知っているのは気心の知れた学友数人と同じように視える体質だった教授だけだ。
教授からはそんな能力を買われて幽霊絡みの案件を度々依頼されている。
そんな経歴を持つ良吾を少女は猜疑心のこもった目で睨みつける。
「アンタも除霊師かなにか? それにしては格好が普通だけど……私を消しに来たの?」
「除霊師?」
「知らないの? ここの大家は除霊師とかを何人か雇って私を消そうとしたのよ」
良吾は驚く。
それは初耳である。
ここにくるまでに教授から渡されたファイルにも目を通したが、除霊師を雇ったという記述はどこにもなかった。
恐らくあの大家は教授にも言っていないのであろう。
後でその件は大家本人に訊ねようと心にメモしながら、ビジネスバックを足元に置いて敵意はないとばかりに軽く両手を上げて応じる。
「回答その一。僕は除霊師じゃない。
強いて言うならカウンセラーといったところかな。まぁ、実際に高校で非常勤カウンセラーとして勤めているんだけどね。
回答その二。僕が君を消しに来たという表現には語弊がある。僕はある人から依頼されて君と交渉しに来たんだ」
真面目な顔をしてそう言うが、少女はバカにするようにクツクツと笑い出した。
「交渉なんて言葉を使ったところで……要はここから出て行けって言うんでしょ?
結局除霊師たちと同じじゃない。そういうことなら帰って。
私が力づくで追い出す前に」
剣呑な響きで再びこちらを睨みつける少女。
その目は確かに本気だったが、良吾はまるで少し気の荒い友人をあしらうようにマイペースに会話を続ける。
「随分と手荒い真似をしているんだね」
「その程度の人たちだってことよ。
悪霊退散とか言って威勢よく部屋に踏み入っておきながら、私がちょっと力を使っただけで怖気づいて帰っていく。
アンタもお仲間ならわかるでしょ」
吐き捨てるようにばっさりと少女に切られ、良吾は苦笑いで返す。
「さっきも言ったように僕は除霊師じゃないし、彼らのようなオカルト的な儀式の知識もない。
たとえあったとしても君に使うつもりはないよ。
僕がやるのは、ただこの部屋に人を寄せ付けない君と話をすることだけだ」
「そんなことで私は追い出されるつもりはないわ。まさか学校のカウンセラーみたいに話をすれば素直にここから立ち去るとでも?」
ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く少女に良吾は指を鳴らしてから出来のいい生徒を褒めるように笑顔で答えた。
「君、頭いいね」
「バカにして……」
不愉快半分呆れ半分といった調子で呟く彼女を一瞥してから良吾は屈んで畳を手で触れてみたり押入れを開けて中を覗いたりとまるで業者のように部屋をテキパキと点検し始める。
突然奇妙な行動をとり始めた良吾を少女は訝しげに背後から見ていた。
「ちょっと何してるのよ」
「なにって、家の点検ですよ。しばらく人がいなかったんでしょう? ならひと通り見ておかないと」
少女は言葉の意味することが分からず、なに言ってんだとばかりな顔をしていたが、しばらくして行動の意味を理解したらしく驚いた声を上げる。
「まさか、ここに住むつもり!?」
「そんな長期間ではありませんよ。ただあなたと話し合うんだったら、短い間だけここを間借りした方が都合がいいというだけです。ここって意外に僕の職場にもそれなりに近いので」
「それって結局ここに住むってことじゃない!」
少女の突っ込みを柳に風とばかりに受け流し、居間から風呂場へ移動。
青っぽいタイルの並べられた風呂場には小さな浴槽があり、近くには赤と青の二つの取っ手で水温を調節する古くさい蛇口がある。
それをいじって人肌くらいの温度に調節してみるが、蛇口から吐き出されるのはいつまでも水のままでお湯に変わる気配はない。
どうやら給湯器が故障しているようだ。
次にトイレを覗いてみたがこちらは問題ない。
「ちょっと! そんなことはしなくていいから早く出ていってよ!」
背後で少女が抗議の声を上げているが、良吾は無視してキッチンへ向かう。
コンロの元栓を開いて火をつけるが、水と違ってこちらは完全に止められているようでなにも起こらない。
後で大家に交渉しに行かなければならないなと心の内で呟き、背後に控える少女に向き合う。
少女は無視されている間も喚き散らしたせいで疲れたのか、僅かに肩を上下させて息をしていた。
「ちょっと黙っててください。あなたは人の邪魔をするのが趣味なんですか?」
「ここは私の家なの! だから他人を住まわせるなんてナンセンスよ」
「少し落ち着いてください。
今のあなたは幽霊で、視ることができる人間は僕のような特殊な人だけなんです。
そんな人がここの所有権を主張できると思うんですか?」
自分の住んでいる場所が侵されることが我慢ならないという彼女の主張には良吾にも理解できる。
だがそれは一般人の話であって、幽霊の視えない人に「この部屋には幽霊が住み着いているので使うことができません」と言って一体何人が信じるだろう。
幽霊など見えない他人にとってはもはや存在していないことと同義に等しい。
「ッ……それでもここは私の家よ、私以外の誰もない!」
彼の言葉に一瞬詰まりながらも、若干ヒステリック気味に少女は部屋の所有権を主張し続けた。
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