第2話 教授からの依頼 2/2

 ボールペンで書かれた住所を地図アプリに入力して向かってみると、昔ながらの閑静な住宅地に行き着いた。

 今回の依頼の物件だ。


 良吾が一階の南側にある管理人の住む部屋のインターホンを押す。

 中で物音が聞こえ、開かれたドアから五十代くらいの白髪の女性が訝しそうに顔を覗かせる。


「なんでしょう? 勧誘ならお断りですが」

「え……、あぁ、違うんです。僕はこういう者です」


 一瞬言葉に詰まらせるもすぐに名刺を取り出して相手に渡す。


 ちなみにスーツ姿でビジネスバッグを紐で肩にかけている今の見た目は、百人に聞いたら百人が営業のサラリーマンと答える風貌である。


 女性は名刺に書かれた職業を見て一層眉をひそめるが、「橋上教授の依頼で参りました」と付け足すと合点がいったように表情を和らげた。


「あぁ、先生の代理の人ね。待ってたわ。今、部屋の鍵を持ってくるから」


 そう言って大家さんはバタンとドアを閉めて奥に引っ込んでしまう。


 一人ポツンと取り残されながら、本当に教授の交友関係は大海原のように広いという学生時代から感じていたことを今更ながらに実感して待つ。


 やがて大家は再び鍵を手に階段の方へと向かっていく。

 足が悪いのか、左足を引きずりながらゆっくりと歩くので、良吾はその後を同じように遅めについていった。


「みんな出て行くんですよ。あの部屋から」


 所々ペンキの禿げた鉄製の階段の手すりを掴んで大家はそう切り出す。


「あの部屋に入居した途端に急に体調を崩したり、幻覚や幻聴を見始めたり、物が勝手に動いたりしたりしてみんな部屋から出て行っちゃうんです」

「なるほど。それは……大変ですね」

「ホントによ。そのせいでなかなか入居者が決まらなくて、それで先生に相談してみたの」


 良吾は大家の話に適当に相槌を打ちつつ同じように階段を登り、問題の部屋の前に立つ。

 そこはちょうど大家の部屋の真上――一番南側の部屋だった。


「それじゃあ、後はお願いね」

「え? 一緒に確認してくれるんじゃないんですか?」


 ごく自然な動作で大家から鍵を手渡たされた良吾は意外そうに言うが、大家は苦虫を噛み潰したようにぎこちない顔をする。


「ごめんなさい。私もその部屋は気味が悪くて近づきたくないの」


 そう言って大家は逃げるようにそそくさと逃げ出す。


 大家としての賃貸管理を放棄した行動に唖然としたが、ずっとそうしているわけにもいかず、渋々受け渡された鍵をドアノブに差し込む。

 鍵はすんなりと穴に入り、解錠すると静かに室内に踏み入る。


 部屋は薄暗く、人がいなかったせいか少し埃っぽく感じた。

 構成としてはキッチンとトイレと風呂、そして畳の居間があるだけの簡素なもので、キッチンは玄関のすぐ隣にある。


 靴を脱いでフローリングの床に足をつけると床が少し冷たかったが、そのまま畳敷きの和室へと通じる短い廊下を歩く。

 トイレと風呂は廊下の途中にあるがどちらもこじんまりとしたものだ。


 廊下を抜け居間に入る。


 家具などの類はなく、六畳半の部屋はとても広く感じられた。

 視線をあちこちに這わせ異常がないかを点検していくが、特に変わったところはない。


 しかし、良吾はこの部屋に踏み入った時点で違和感をしっかりと感じ取っていた。

 


 その瞬間、ふと背筋の強い悪寒が走る。


 普通の人ならこの時点で悪寒にバッと振り返り、そこにいるものの存在に悲鳴をあげるだろうが良吾は焦らなかった。


 むしろ慣れきっているとばかりに表情を変えずに、左手で指鉄砲を作るとそれを背後に突きつける。


「バーン!」


 口で発砲音をつけて相手を脅かした後、良吾はにこやかに笑う。


「やぁ、こんにちは。幽霊さん」


 視線の先には忽然と現れた白のワンピースの少女が、飛び出さんばかりに目を見開いていた。

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