【Third Season】第九章 君を撃ち抜く勇気 BGM#09“Fight a Duel.”《004》
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浜辺にある屋外シャワーよりも小さなスペースに、全身を映し出す鏡と薄っぺらなカーテンが一枚だけ。
もちろん霹靂ミドリだって衣服の試着くらいいちいち数を数えないくらい繰り返してきたはずだが、今回は何かが違った。
そう、いるのだ。
わずかな布を挟んで向こう側に、年上の男性が。
床とカーテンの下端なんてきちんと噛み合ってなくて、わずかな隙間が空いている。天井側なんて言わずもがな。一応の視界は塞がっているものの、同じ空気が流れていて、同じ空間に同居している。ここで脱いで着ろという訳だ。何を? 全部である。しかもその様子を、自分で鏡に映して余す事なく眺めながらである。
顔から火が出る、とはこの事であった。
というか、まずこの真っ赤な顔を鏡に映してほしくない。
「~~~っっっ」
唇を噛み、震えを抑え込もうとするが、感情を抑制できない。それどころか、堪えた分だけ目尻から涙すら浮かんでしまいそうだ。これ以上は逆に追い詰められると判断したミドリは、ゆっくりと深呼吸する。覚悟を決める事にした。体型があまり出ないよう気を配ったフリルビキニやミニスカートへ、ゆっくりと指を掛けていく。
まずは上。
次にミニスカート……ではなく、奥にあったボトムに。変な脱ぎ方になっているのは、タオルで体を覆うプールの授業でも思い出したのかもしれない。
「よっと、うっ、引っかかる……!?」
片足立ちのまま、しばしよろよろとバランス保持。
カーテンの奥から声が聞こえた。
『ミドリ?』
「だばっ!? 何でもにゃい! 平気ッ!!」
それは火災報知器のボタンに似ていた。
もしも、だ。この片足のまま何かの拍子にバランスを崩し、カーテン側に向けてお尻側から勢い良く転んだらどうなるか。絶対ありえないからこそ、そんな夢想がかえって頭の中で躍る。馬鹿馬鹿しいと分かっていても、体温の上昇を止められない自分がいる。
無事に両足を抜くと、何か一線を越えた。顔は火を噴くくらい熱いのに、お股の辺りはスースーと妙に涼しい。最後にミニスカートを脱ぐと、どうしても目がいった。一糸纏わぬ肢体が鏡一面へ大映しになっている。
……当時は切羽詰まっていてキャラメイクなどやっている暇がなかった、という事情もあったのだが、それにしてももう少し盛っておくべきだった、と常々思う。
(ただ、盛ったら盛ったでずっと自己嫌悪し続けるのかも)
借り物のドレスを両手で掴み、袖を通す前にいったん鏡の前で軽く重ねてみる。悪くはない……と思う。胸の辺りは花飾りなどでちょっとシルエットをボカしてほしいが、さてカナメに悟られずどう注文をつけてくれようか。
そんな風に頭を悩ませていた時だった。
カーテンの奥から再び声が聞こえた。今度は優しそうな老婆のものだ。
『少々まずい事になりそうです。カナメ様、どうか奥へ』
……奥? とミドリが怪訝な顔をした直後だった。
奥とはここの事ではなかったか、と思った時には決定的に状況が動いていた。
何の躊躇もなく、蘇芳カナメがカーテンの隙間を割って試着室へ潜り込んできたのだ。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
人間。
本当に予想外の事が起きると、もはや当たり前に怒るという思考すら繋げなくなるものらしい。なんかこう、頭の中の配線が丸ごとショートするとこんな感じになるのでは。
「なばっ!? ちょ、あなた一体何やって……むぐっ!?」
「(静かに)」
ドレスを胸元にかき寄せているとはいえ、基本的に裸。そんなツインテールの少女をカナメは片腕で抱き寄せ、もう片方の手で小さな口を塞いでいた。
「(ふがもが……。そ、それにしたってどうしていきなり、着替え中なの分かっていたでしょ!?)」
「(というか元から水着なのにどうして全部脱いでいるんだ。ひとまずサイズを測るだけなんだから、そのまま上からドレスを着れば済む話じゃないか)」
「(ちょっ待っ、見るなッ!! がうがう!!)」
というより、カナメ本人は試着室の外を気にしている素振りを見せている。
そちらからは……小学生? くらいの女の子の声があった。
『よおーっす、ばあちゃん。最強バウンサーちゃんの見回りだぞ』
『あらドーターちゃん、またそんな、学校で使う水着で街をうろついて……。言ってくれれば我々が腕によりをかけて世界に唯一のドレスを仕立てますのに』
『いいって、そういうひらひらしたのはあたしにゃ似合わないし。それよりあたしの見てない所で変な連中が絡んできたりしてないか? 一応この辺は見て回っちゃいるが、全部が全部見落としがないって訳じゃないからな。ばあちゃんみたいに戦う力を持たないディーラーは特に危ない!』
『大丈夫よ、ドーターちゃん。表の扉にあなたのステッカーを貼ったお店を襲ってまで小金をせびるディーラーなんかいません。それならPMCにがっちり守られた銀行に押し入った方がまだしもチャンスはあるでしょうしね』
知り合いではないが、声には聞き覚えがあった。
間にドレス一枚、素っ裸のまま抱き寄せられたミドリは顔を真っ赤にしたまま、
「(す、スマッシュドーター? 何でこんな所に……)」
「(しっ! ヤツとは因縁がある。今ここで引っ掻き回されたくない)」
(半裸で色々輝いている)ミドリとしても命懸けのかくれんぼに巻き込まれて今カーテンを開けられたら窮地だ。思春期女子として、割と言い訳のできない展開が待っている事間違いなしである。
「(……それにしてもスマッシュドーターのヤツ、あんな甘えた声も出せるんだな。少しでもマザールーズに分けてやればこじれまくった人間関係の大部分は解決しそうではあるのに)」
「(うう、大丈夫。見えてない、ギリでドレスで隠しているはず……!!)」
「(?)」
切なる祈りを捧げる霹靂ミドリであったが……試着室には大きな鏡があるのだから、前だけ守っても小振りなお尻は全部丸見えという基本的事実は失念しているようだった。多分理解が及んだらこの場で卒倒するだろうが。
そうこうしている間にも、カーテンの向こうでは親しげなやり取りが続く。
……あるいは向こうも向こうで、こんなのバレたら卒倒モノかもしれない。
『ぷはっ、やっぱばあちゃんの麦茶んめー。そういえば近くの駐車場にあいつのクーペが停まっていたんだけどさ。ばあちゃん見てないか、蘇芳カナメ』
『さあねえ』
『あいつ今度会ったらマジでぶっ殺してやる……』
『ダメよドーターちゃん、そんな言葉を使っては。どうかおばあちゃんを心配させないでおくれ』
『うう。だってあの最低男、甘い約束で人気のない場所に呼びつけておいて、結局最後は卑怯な騙し討ちで人を無理矢理お風呂に入れたんだぞッ!! ……ほんとひどい目に遭った。忘れたくても消せない記憶ってあるんだな……!!』
そしてミドリは無の表情で護身用の拳銃を取り出した。
(裸エプロン級にうっすーい)壁にしているドレス越しに少年のお腹に押し付け、親指でちゃんと撃鉄を上げて彼女は言う。
「因縁ってあなた一体何やった? 小学生相手に???」
「(必要な事を全部だ。後でちゃんと説明する!)」
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