【Third Season】第九章 君を撃ち抜く勇気 BGM#09“Fight a Duel.”《003》
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脂っこいジャンクフードで軽く腹を満たすと、いよいよカナメ達は行動を開始する。ツェリカとシンディはトレーラーに乗って『#閃光.err』を隠れ家のマングローブ島へ。カナメとミドリはクーペと大型バイクで半島金融街の中心地へ。
『カナメ>冥鬼は大丈夫なのか?』
『ミドリ>天邪鬼よね、こんな時くらい休んでも良いのに。普段は呼んでも出てこないのにこれだもの』
ミドリの背中には無言でミニチャイナの鬼女が張り付いていた。
彼女達の絆は、彼女達にしか分からないか。
半島金融街にもいくつかの顔があるが、こちらは宝石店やブランドショップが並ぶオトナの街、といった風情だった。そして大通りの上りと下りを遮るように、通り一帯を貫く巨大なオブジェが見て取れる。
全長二〇〇メートル以上の、巨大な木造帆船。
ただし左右にはクジラの胸ビレのように巨大な翼が、喫水線の下には離着陸用なのか大小無数のレンズがびっしりと取り付けられている。
それは、確かに浮いているように見えた。
真横を通り過ぎながら、カナメは目線でチャットを打ち込んでいく。
『カナメ>航空艇スカイインパクト、あれが今度の舞台だ』
『ミドリ>あれ、たまに見かけたけど……中に人が入れる造りだったの?』
『カナメ>何万本っていう極細のワイヤーで重量を分散しながら浮かばせているんだよ。中は、特殊なイベントスペースって感じかな。ライブ、コンサート、展示会、舞台演劇、記者会見、オークション、結婚式なんかもやるはずだ』
『ミドリ>ライブとコンサートの違いってナニ?』
いったん大通りをそのまま抜け、カナメ達は一本細い道に入る。
併走するミドリは時折じかにこちらをチラチラ見ながら、
『ミドリ>それにしても、どうしてパビリオンの次のオークション会場が分かったのよ』
『カナメ>日頃の行いだよ。たまたま網にかかったから、情報屋に金を撒く手間が省けた。ひょっとすると、このショートカットの分はタカマサにとっても予想外かもしれないな』
『ミドリ>つまり?』
『カナメ>高級宝石店が並ぶブランド街だ。……フレイ(ア)の質屋が幅を利かせる一帯なんだよ。だからイベントスケジュールが手に入った』
……正直に言うと、『財宝ヤドカリ』に寄りかかり過ぎて痛い目を見たばかりなので、あまり生命線に近い場所にあてがいたくないのだが、今回ばかりは仕方がないだろう。
そのまま別の大きな通りに出ると、カナメはミドリと共有しているマップに新しいアイコンを追加した。
『カナメ>ミドリ、そこの店に寄っていくぞ』
『ミドリ>買い忘れ? 武器弾薬とかじゃないわよね』
『カナメ>ドレスコード』
ミドリが駐車料金の高さに顔をしかめる展開もあったが、これはカナメが道路脇のメーターにスマホをかざして自動引き落とし登録する事で良しとする。
「ちょっと! こういうの勝手にされたら困るってば!!」
「今回は共同作戦だ、だから負担は折半で当然。それに、この程度の額で驚いていたら店の中には入れないぞ」
適当に言ってガラスの扉を開け、石造りのビルの一階部分にあるこぢんまりとした店舗に入っていくカナメ。ミドリが慌ててついていくと、いきなりおでこをガツンと殴られたように少女の体がぐらついた。場違い感に意識をやられかけたのだ。
高級装束店。
と言ってもまだ中学生のミドリにはピンとこないかもしれない。ようはオーダーメイド専門の洋裁店だ。骨董、宝石、あるいは古いバイオリンなどと共通する、時間が止まったような空気に満たされたお店だった。
有線放送ではなく、蓄音機を使った柔らかい音楽が流れていた。
飴色に磨かれたフローリングの床を音もなく歩き、首に巻尺を引っ掛けたベストにスラックスの老婆が笑いかけてくる。
「おや、カナメ様。どうされましたか」
「やあ異次元プリンタ、急ぎの仕事を一つ頼みたい」
わずかに老婆の顔が曇る。
「つい先日、燕尾服については完璧に仕立てたつもりだったのですが。もしや着心地やデザインに問題があったと?」
「いいや、今日はこの子を連れていきたい。要求クオリティは前回と同じだが、とにかく時間がない。何とかなりそうか」
「既製品をベースにして、細部を整える事でオーダーメイドに匹敵する品を用意する。レベルとしては一級のパーティに耐えられるもの、という話ですね」
「理解が早くて助かる」
早速ミドリが噛みついてきた。
「結局何がどうなってるの???」
「セレブが集まるオークション会場に潜り込むんだ。シャツや水着じゃ入れない、ドレスコードに見合った正装が必要って事」
「……あなたは普通に持ってそうに聞こえたけど」
「さっき囮に使った大量のドローンの仕入れ先を忘れたのか? パビリオンのオークションを使って最安値で買い叩いたって言ったよな」
カナメは親指でショーウィンドウに飾ってあるマネキンを適当に指して、
「今回は時間がないからオーダーメイドとはいかない。飾ってあるものから好きな服を選んで着替えてくれ。サイズを整えて細部に花を添えたら、そのまま会場に行くぞ」
「う……分かるけど、それお金って……」
「……、」
「ダメよ奢りなんて!! 出世払いっ、絶対後で返すから!! ええとスマホにメモメモ、忘れないようにちゃんと書かなくちゃ……」
巻尺を首に引っ掛けた老婆は柔和に笑いながら少女の質問に答えていた。ただしディーラー・異次元プリンタは横目でカナメを見ると、本来の価格より〇を三つも減らして提示しているようだ。
「(助かる)」
「(いえいえ。お客様が気持ち良く見栄を張るお手伝いをさせていただくのが、我々仕立て屋のお仕事ですからねえ)」
結局、ミドリが選んだのは黒っぽいロングスカートのドレスのようだ。一見厚手だが、実は要所にレースの透かしが入っている事まで本人は気づいているだろうか。
「とりあえず試着してこい。どこがきつくてどこが緩いかは、異次元プリンタが後から奇麗にまとめてくれる」
「……誰のどこが緩くなるだろうって?」
「ミドリ、一般的にウェストが緩く感じるのは嬉しいサプライズのはずなんだが、そっちこそ一体カラダのどこに不足があると脅えて予防線を張った?」
「うっうるさいな! 大体スリーサイズくらいならちゃんと自分で把握できてるし……」
「おやおや。お医者様に『きちんと食事や運動に気を配っていますか』と聞かれて、正直に答えてくれる患者さんは意外と少ないものなのですが」
「そもそも本気のドレスとなったら大雑把なスリーサイズくらいじゃ足りない。肩幅、へそ下、手足の長さ、首回り、とにかく全部必要だ。こういうのはその道のプロに任せておくのが一番だよ」
うーっ!! と呻きながらミドリは奥にある試着室に入っていった。派手な音を立ててカーテンが引かれるのを確かめてから、カナメはスマホを取り出した。何しろ異次元プリンタがミドリに提示した額は〇が三つも少ない。ミドリが見ていない間にカナメはさり気なく足りない分の支払いをスマホで済ませながら、
「……まんま真っ黒ドレスだと喪服っぽくなるから、何か明るい差し色を」
「心得ております、カナメ様。それではミントグリーンなどはいかがでしょう」
「うん、悪くない」
「それでは、カナメ様の愛車と同じカラーリングに。ふふ、あなた様の色に染めるという方向で調整いたしますね」
「……、」
思わずちょっと黙ったカナメだったが、老婆はくすくす笑ってカウンター奥の戸棚から生地や裁縫道具を取り出してしまっている。してやられた。銃撃戦やカーチェイスとは違った意味で油断のできない人であった。
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