【Third Season】第九章 君を撃ち抜く勇気 BGM#09“Fight a Duel.”《002》


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 地獄の逃避行だった。

 こちらから攻め入ったはずの密林公園は、実際にはタカマサがカナメ達を閉じ込めて時間を稼ぐための巨大なトラバサミだった。まんまと噛みつかれ、周囲一帯を無限に湧き出るPMC兵に囲まれたカナメ達としては、とにかく車やバイクを使って強行突破する以外に道がない。

 この場合、強かったのはダークエルフのシンディだった。

 半分壊れかけた『#閃光.err』のコンテナをトレーラーと繋いで持ち運ぶ役割を担っていたからだ。彼女はその重さを利用してPMCのバリケードを真正面から食い破り、カナメのクーペやミドリの大型バイクを鉛弾の雨から守る盾としても活躍してくれた。

 内陸側、郊外型のレストランや簡易宿泊施設がまとまったモーテルの駐車場でカナメ達は落ち合った。

『ツェリカ>ひとまず無事に逃げ切ったかのう』

『ミドリ>けど、大分時間を食ったわね……』

『シンディ>「#閃光.err」の使用許可さえいただければもう少しスマートに振り切れたはずなのですが』

『カナメ>ダメだ。それで中の回路がショートしてお陀仏、なんて展開になったら計画全体が頓挫する。「遺産」はマネー(ゲーム)マスターのバグやエラーを誘発するのが最優先、破損状況が読めない内から武器として乱発するのは控えてくれ』

 車から降り、カナメ達はじかに顔を合わせる。

 夕暮れの天気雨から始まった襲撃計画も、今ではすっかり夜になっている。タカマサはこの間にどれだけ先へ進んだだろう。最終的なチェックメイトの前に追い着かなくてはならない。タカマサは、このゲームとマギステルス全員の命を断ち切る巨大なブレーカーに手を伸ばそうとしているのだから。

 時間経過によって唯一喜ばしいと思えたのは、マギステルスの冥鬼が復活した事くらいか。マグナム拳銃で頭部を破壊された彼女だが、『ダウン』は最大一時間で元に戻る。

「二手に分かれよう」

 率直に、カナメはこう提案した。

「片方は、この馬鹿デカい『#閃光.err』を確実に隠して、内部構造をチェックする。『遺産』を全部集めて活用しないといけないこっちとしては、ここで『#閃光.err』を奪われたり壊されたりする訳にはいかないからな」

「カナメ様、それなら私とツェリカを使うのが望ましいかと。タカマサ様とまではいきませんが、どちらも機械いじりの得意な悪魔でございます故」

「おいっ、それじゃ旦那様はどうするのかえ!?」

 いきなりの展開にツェリカが尻尾をピンと立てて抗議してきたが、これについてはもう決まっている。

「タカマサの狙いはオークション専門のディーラー・パビリオンだ。ゾディアックチャイルド『乙女の生存』の性質は未知数だけど、少なくともタカマサは価値ありと信じて襲うつもりだろう。ケリをつけるならここしかない。パビリオンの次の会場に出向いてタカマサを迎撃する」

「……できるのかえ?」

「やるさ」

「わらわ達マギステルスなら、生きるために仕方がない、という理由で自分の感情を踏み倒す事もできる。じゃが旦那様は違うじゃろう。正直に言って、ティルトローター機からタカマサが逃げているのを知った時、?」

「そんな訳ないだろ」

 カナメはそっと言葉を重ねた。

 ただし、友人の生存に安堵したかどうかではなく、

「タカマサがフォールして、俺の妹がショックで退会して……それで、あそこまでブチ切れて『総意』を敵に回したお前が、生きるために仕方がないなんて理由で戦うだって? ありえない。ツェリカ、お前こそ無理だよ。お前にはタカマサを撃てない。口では何と言おうが、実際にあいつと向かい合ったらな」

「……、」

 きゅっと唇を噛むツェリカの細い肩に、カナメはそっと手を置いた。

 下から覗き込むように、目を合わせる。

「俺がやる」

「旦那様……」

「ツェリカにとっても、ミドリにとっても、シンディにとっても辛いだろ。だったら俺がやる。全ては俺が自分の妹を守れず、あいつが代わりに庇ったところから始まった。人生を奪われたタカマサは、俺達の見ていない間に歪んでいった。だからこれは、弱い俺がケリをつけなくちゃならないんだ。あいつを元に戻すのは、俺の仕事だ」

 カナメはポケットから紙幣を取り出すと、ツェリカに握り込ませた。モーテルに併設しているショップで人数分のハンバーガーやフライドチキンでも買ってくるように頼む。

 本当は、誰にも戦ってほしくないのだろう。

 とぼとぼと店に向かう背中を眺めながら、ツインテールのミドリがポツリと呟いた。

 マギステルス達には、聞こえない声で。

「……?」

 正しいか正しくないか。敵か味方か。人間は、そんなものだけで感情を出力している訳ではない。

 そして、だからこそだ。

 マギステルスだって同じように考えて、同じように胸を撫で下ろせるからこそ。カナメには、タカマサの考えが理解できない。敵は敵だからという理由だけで彼女達をまとめて消し去ろうとする友を、何としてでも止めなくてはならないのだ。

 かつてあった絆と笑顔を取り戻すためにも、絶対に。

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