【Third Season】第九章 君を撃ち抜く勇気 BGM#09“Fight a Duel.”《001》


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 シンセサイザーにまみれた大音響が空間を埋め尽くしていた。

 ほとんど真っ暗に近いフロアでは、フラッシュやブラックライトなどの毒々しい照明器具が部分的に彩りを与えていた。ただの飲み屋とは趣が違う。店の中央を縦に貫いているのはバーテンのためのカウンターではなく、裸同然のダンサー達が扇情的に身をくねらせるための一段高い舞台だったのだ。

「ストリップバーに呼びつけるなんて、これ自体がもうセクハラなんじゃない?」

 呆れたように言ってノンアルのカクテルに口をつけているのは、格好だけ見れば女性警察官に似た少女だった。もちろん常夏市には警察署などないのでそういうコスチュームなのだろうが。ただしショートヘアの持ち主は、ディーラーか、マギステルスか。それは彼にも分からなかった。二人の少女は全く同じ目鼻立ちをしているし、スマホの画面をかざしても、種族を示すガイドはどちらも文字化けするからだ。

 ディーラー名・双鹿ふたしかレイヤー。

 扱うマギステルスはドッペルゲンガーだったか。

 ひょっとしたら、契約した悪魔を見てから設定を固めていったクチかもしれない。

 小さなテーブルの対面に腰掛ける彼はくすりと笑って、

「薄暗い照明にうるさい音楽。周りの客はみんな踊り子さんに釘付けだし、スマホやSNSだらけのこんな時代でも店の特性上録音や録画は許されない。実は内緒話にはうってつけなんだよ、娼婦島って」

「その心は?」

「好きなんだあ、女の子。肌の露出は多ければ多いほど心が潤う。好みとしてはスレンダーよりはむちむち系かな、あんまり細いと妹の顔が頭に浮かんで集中できなくなるんだよね」

 あっけらかんと言ってしまう辺りが、『変人』の側に属する有名ディーラーでもあるのか。大事な取り引きの最中だというのに、ポールダンスの合間合間でストリッパーのお姉さんが纏う紐のような下着のサイドを引っ張り、畳んだ紙幣を挟み込む行為に余念がない。

 クリミナルAO。

 あれだけの激戦を経ても、彼は当たり前のように笑っている。

 一見すると馬鹿馬鹿しく見えるが、双鹿レイヤーは用心深かった。。外からの揺さぶりには動じないし、引き際も心得ているからだ。このバーチャル世界を金融取引ゲームとして見た場合、この点は非常に有利に働く。

 ディーラーの少年は口元に妖しげな笑みを浮かべて、

「情報が欲しい」

「お値段次第だよん、何事も」

「有名なディーラーの居場所を教えてほしいんだ。名前はパビリオン」

「……因縁については知ってて話を持ってきたね?」

 半ば呆れるように警官の制服を着こなす少女は言った。

 元々は『遺産』を巡って、『銀貨の狼Agウルブズ』というチームがパビリオンに噛みついたのがきっかけだった。しかし『銀貨の狼Agウルブズ』が軒並み蘇芳カナメに食い千切られると、報復と残党狩りを兼ねて今度はパビリオンが多数の殺し屋を放ってきた。

 おかげで双鹿レイヤーとしても大変居心地の悪い日々が続いている。

 彼女もまた、元はと言えば『銀貨の狼Agウルブズ』の面子だったからだ。

「そちらとしても、元々情報は集めていたんじゃないのかな? 仕事の域を超えて」

「……、」

「しかしいくら情報を集めて逆襲の計画を練ったところで、パビリオンを仕留めるための具体的な戦力までは集められなかった。その宝の山、こっちに貸してくれれば後は引き継ぐよ。僕には具体的な戦力とやらに心当たりがある」

「そこまでの情報収集能力があるなら、自分で全部調べれば良いのに……」

 降参といった感じで双鹿レイヤーが軽く両手を上げると、全く同じ顔をしたもう一人の少女が無造作に口の中へ指を突っ込んだ。お行儀が悪いのではなく、奥歯の辺りからアナログなマイクロフィルムを取り出したのだ。

 切手の四分の一くらいしかないわずかな記録媒体に、殺しにも誘拐にも使える情報が全て詰まっている。

 話し役の少女はハンカチで相棒の指先を拭うと、摘まんだトウモロコシのチップスにサルサソースをたっぷりつけていく。

「何しろ年中無休でオークションを開いている変人だからねー。高級ホテルとかオペラハウスとか、イベント会場には目がないみたい。今はセレスティアルチャペルかスカイインパクト辺りに目を付けている」

「やっぱり」

「……ああそう。諸々調べを終えた上での確認作業に過ぎなかったのね。なんか全部りょーかい、納得した」

 特に『仕事』が関わる時、タカマサは報酬をスノウでは払わない。ストリッパーの下着に挟んでいたチップと違って、AI社会を牛耳るマギステルスの『総意』に追跡されたら困る状況では絶対に。彼は足元にあった銀色のケースから、いくつかウィスキーグラスほどの円筒を取り出してテーブルに並べる。

 女性警察官風の少女は怪訝な顔で、

「カメラのレンズ?」

「僕のお手製だよ。これでも適当なショップに持っていけば、ドイツ製よりは高く売れる。念のために紹介状もつけておこう。これで安く買い叩かれる展開はありえない」

 データ化できない金の流れは、世界の王に対する反攻の第一歩だ。

「ま、こればかりは人間のディーラーさんが自分で売りに出すべきだけどね?」

 目の前に明確な換金材料があっても、どう価値がつくのか理解できなければマギステルス達はビッグデータとして収集・活用できない。一般人には判断のつかない、サイン入りのバスケ選手カードや中古アナログオーディオなども狙い目だ。

 怪訝な顔で表に裏に小切手代わりの『報酬の品』をひっくり返している少女に向けて、タカマサは何気ない調子で問いかけた。

「ちなみに」

「はい?」

「結局どっちが本物のディーラーなんだい? 僕の予想では、実は裏に隠れがちな無口の子が人間だと睨んでいるんだけど」

 にっこりと笑って、柔らかそうな頬を寄せ合う二人の少女は同時に告げた。


「「どっちでもよくね? そんな話」」

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