【Third Season】第八章 PMC本社に挑め BGM#08“Laser Art.”《行間二》



行間二



「ふう……」

 クリミナルAO、タカマサは遠く離れたダイナーの駐車場でそっと息を吐いていた。

 隠れ家を一つ失ったが、ひとまずカナメ達はPMC部隊の包囲網の内側へ閉じ込める事に成功した。彼の協力を取り付けられれば状況は即終了なのだが、それが望み薄である以上は足止めが利いている間に突き放してしまうのがベターだろう。

 ゾディアックチャイルド。

 全人類で一二人しかいない、とはいっても、逆に言えば一二人はいるという話でもある。必ずしもカナメの協力がなければ成立しないという話ではない。

(……とはいえ、表に出ているゾディアックチャイルドは少ない。分かっているところから確実に穴を埋めていかないと線が途切れてしまうのは事実)

 タカマサはAI社会やマギステルスには頼らない。よってその頭の中で猛烈な勢いで計算が展開されていく。

 やるべきはシンプルだ。何をするにもこのゲームでは金がいる。

(カナメにあっちこっちの貸し金庫を壊されているからなあ。そろそろアレを使ってみるか……)

 そんな風に考えていた時だった。


 ガチリと。

 背中に鋼の銃口の感触が伝わってきた。


「へえ」

 呑気な声があった。

 しかしタカマサは後ろを振り返る事もできない。

「これで実証には成功したかしら? まさかあなたの行動を先回りして、後ろを取るほどになるだなんてね」

 繰り返すが、振り返る事はできない。よってタカマサはダイナーのウィンドウに目をやり、己の背後にいる誰かを確かめた。

「……リリィキスカ」

「先読みにおいて、私はあなたを上回った。これってそちらにとっては致命的よね、銃撃戦にしても仕手戦にしても」

 深呼吸して、タカマサは質問する。

「ボルトアクションの狙撃銃、か。僕が渡したアサルトライフル『#飛燕.err』はどうした?」

「あっちこっちでぶんぶん振り回すより、大切に取っておいた方が有効に使えると思って。蘇芳カナメには、全ての『遺産』を集める必要があるのよね?」

 言葉を交わしても、手の内はまだ読めない。

 よりにもよって、あのクリミナルAOが分析しているのに、だ。

 リリィキスカは元々優れた狙撃手ではあった。だがここまで上のステージには立っていなかったはずだ。その差を埋めるために何かを使っている。タカマサにはすぐに思い至った。

「ヤツらと手を組んだのか」

「だとしたら?」

「よりにもよって、ゾディアックチャイルドが! 君が人類のために力を貸してくれれば、ここでチェックメイトを決められるのにッ!!」

「世界とか人類とか、そういうのには興味がないもの。『伝説』の人間が相手でも普通に通じるって事は分かったんだし、予行演習はこれで終わり。次は『彼』に直接仕掛けるわ」

 容赦のない銃声が鼓膜を叩いた。

 しかしクリミナルAOを狙ったものではない。彼が鏡代わりに使っていたウィンドウが粉々に砕け、滝のように大量の破片が垂直に落ちていく。

 リリィキスカはもう映らない。

「ッ!?」

 だが銃撃の瞬間は、その激しい反動によって射手が最も無防備になる瞬間でもある。リリィキスカの得物はおそらく一発一発コッキングレバーを引いて装填するボルトアクション式のスナイパーライフル。ここしかない、タカマサは思い切って振り返ってみる。

 誰もいなかった。

 右手のちゃちなツールナイフだけが宙を泳ぐ。

 街路樹、駐車場の車、ダイナーの角。遮蔽物はいくらでもあるが、どこに少女が身を潜めたのかは見当もつかない。

『ただ、あなたのそんな狼狽を見ると少しだけ心の慰めになるかしら』

 それが最後の言葉だった。

 タカマサは舌打ちし、そして頭を掻いた。安易に物陰を覗き込んで置き土産の手榴弾に引っかかるほど彼は間抜けではない。

 ゾディアックチャイルド・蠍の執着。

 求める何かを追い回すため、世界の全てから必要と不要を無意識の内に切り分けて最短コースで迫る才能。そのためなら彼女は何でも使う。クリミナルAOがそうだったように、今はAI社会やマギステルスをも自分の力へ変換しているように。

 しかしリリィキスカの毒針はタカマサには向いていなかったらしい。世界にも人類にも興味はないとその口で言っていた。彼女が追いかけているものはもはや明確だ。

「……怪物め」

 気がつけば、忌々しげに呟いていた。

 聞く者によっては最大級の賛辞となるかもしれなかった。

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