【Third Season】第八章 PMC本社に挑め BGM#08“Laser Art.”《013》
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ズじゅぶわっっっ!!!!!! という死の閃光が、しかし全く見当違いの方向へ解き放たれた。
ティルトローター機自体がバランスを崩し、その場で回転しながら高度を落として、カナメ達がいる二〇階付近よりも下の階層で壁に激突した。そのまま自分の体を擦りつけ、ガラスや装甲の破片をばら撒くようにしながら地面まで落下していく。
バランスは回復しなかった。
一際大きな爆発音と共に、ビル全体が不気味に揺れる。元々あった免震構造の限界など、とっくの昔に超えていた。
(わざわざマザールーズやスマッシュドーターとも契約したのにな)
カナメは胸ポケットに手をやり、それから苦い顔になった。
(切り札も結局、使えずじまいか。直接顔を見なかったせいかもしれないけど)
「……終わった」
がしゃんと、ミドリはリボルビング式グレネードに似た巨大な散弾銃を床に落としていた。
そのまま、ぽつりと呟く。
「兄を……お兄ちゃんを撃ったのね、私達」
破壊され尽くした壁から下を覗き込もうとしたミドリの手を、思わずカナメは掴んでいた。その姿はあまりに儚くて、放っておいたら迷わず飛び立ってしまいそうな、そんな気がしたからだ。
しかし、
「結局、何だったんだ」
「?」
「『#閃光.err』はただの対空レーザー兵器じゃないぞ。『遺産』だ。必ずどこかに物理法則の限界を超える秘密があるはずだったのに……あいつは真価も使わずにただ墜落していったっていうのか?」
フロアの内部もレーザーでズタズタにされてしまったが、ここは元々タカマサの研究室だ。そして彼は(実は全部頭に入っているため、必然性なんかなくても)アイデアは何でも形に残す、理系のメモ魔でもあった。しばらくフロアを歩いて色々見て回ったカナメは、やがて空いた手でスマートフォンを取り出した。
『カナメ>ツェリカ、シンディ。こっちは終わった』
『ツェリカ>見ておったよ』
『カナメ>墜落機を調べてくれ。「#閃光.err」がどうなったのかを知りたい』
カナメの計画では、全ての『遺産』を手に入れて、物理エンジンの上限を超える品々を使ったバグやエラーを通してマネー(ゲーム)マスターのプログラム言語を全て網羅する必要があった。ここで壊してしまった場合、状況が変わってしまうリスクがある。
紅葉柄の赤い大型バイクを使って、カナメとミドリはビルを降りていく。PMCや敵対ディーラー達がどれくらい残っているかは知らないが、すでに中心のタカマサは撃破した。外周の部外者を振り切るだけならさほど高い難易度でもない。
そこかしこから銃声が鳴り響く。
しかも必ずしもカナメ達を狙っているものだけとは限らない。後部シートから少年の背中にしがみつくミドリはびくびくしながらあちこちを見回して、
「なっ何? 仲間割れでもしているの!?」
「タカマサがやられた事で、操られていたPMC兵の挙動が元に戻ったんだろう。つまり立入禁止エリアにいるディーラー達を囲んで物量で鉛弾を叩き込んでいる」
せっかくの『遺産』も宝の持ち腐れだ。放っておいても持ち逃げのリスクはなさそうだとカナメは判断する。
大勢から逃げ切り、それでもしつこく喰らいついてくる半死半生のディーラー達は無音の四五口径で正確に眉間を撃ち抜いて、カナメ達はビルの外までやってきた。
ツェリカは宣言通り、わざわざミントグリーンのクーペを引きずり上げていたらしい。あちこち泥だらけだが、普通に走る状態はキープしているようだ。
カナメは手にしていた戦利品の小さなリボルバーを放り投げ、
「追加。行きで殺したディーラーの落とし物だ、銘は『#爆竹.err』だが効果は不明」
「ふんっ、こんなもん貢ぐくらいなら新しいアルミホイールくらい持ってこんか!」
そしてガラスまみれの地面に、黒焦げの残骸が転がっていた。
メガネのダークエルフがしゃがみ込んで何か調べていた。
「カナメ様。外装に多少のへこみはありますが、ダメージは偽装のコンテナだけです。『#閃光.err』本体のレーザー励起ユニットそのものは使用可能な状態で保存されているようですね」
「二〇階くらいから墜落したのに?」
「ヘリやティルトローター機なら落下時にはメインのローターが空気の抵抗で回って減速しますし、壁を擦りながら下へ落ちたようですから、なおさらですね。それよりも、あちこちにトレーラーがありますから、早い内に接続して持ち去る事を推奨します」
「そうだな。……タカマサには逃げ切られただろうし」
何気ない一言で、場の緊張が変わった。
運転席の窓に肘を乗せていたツェリカが怪訝な顔で、
「ちょっと待て。そりゃあ、わらわだってあやつのフォールを望んでおる訳ではないが……あの黒焦げの残骸を見ろ! あの熱と墜落の衝撃じゃあ、耐火仕様の外殻服を着込んでいたって助かるまいよ!!」
「見ろ」
カナメはスマホの画面を突き付けた。
映っているのはいくつかの紙の資料だ。デジタル嫌いのあの男らしいが、それを撮影してきたのだ。相変わらず手書きで乱数処理を施す奇怪なメモ書きだったが、ブラッディダンサーとの死闘を経て乱数表を手に入れたカナメ達なら解読できる。
「『#閃光.err』についての効果も書いてあるみたいだ。物理法則を超えた部分が」
カナメ達は全ての『遺産』を網羅した『リスト』を手に入れているが、それはあくまで数と名前を確認するためのものでしかない。詳しい効果については、作ったタカマサ以上に知る者はいないだろう。
今までこれを読む時間がなくて後回しにしていたのも悔やまれる。
「『#閃光.err』は、光以外の物質であっても光と同じ速度で撃ち出す効果を持つ」
「なっ」
「この場合、空気抵抗、摩擦、慣性、着弾の衝撃などは無視する。つまり究極の運搬装置さ。核爆弾や細菌兵器のカプセルを撃ち出せば誰にも迎撃はできないだろうし……やろうと思えば、人間そのものを撃ち出して宇宙旅行だってできるはずだ」
最後の瞬間。
ティルトローター機はあらぬ方向へレーザーを撃ち出していた。
てっきりバランスを崩したタカマサがミスをしたのかと思っていたが……違ったのだ。最初からタカマサは状況に見切りをつけて安全に脱出するため、『#閃光.err』を適切に運用したに過ぎない。
「タカマサからすれば、自分で作った『遺産』とゾディアックチャイルドを接触させれば自分の計画を回せるんだ。だから拠点も『遺産』も、あいつは出し惜しみしない。おそらく今の優先は、ゾディアックチャイルドの方だ」
「カナメ様」
と、黒焦げの機体を調べていたシンディが何かを放り投げてきた。
画面は砕けているが、それはスマートフォンだった。
カナメはケーブルを取り出して自分のスマホに接続する。と、液晶以外はまだ生きているらしい。いくつかのデータがカナメ側のモニタに表示されていく。
「分析結果だ」
「何のじゃ? この期に及んでまだ何があると!?」
ざざざり!! という複数の足音があった。軍用ブーツで地面を擦りつけるような音の正体は、自分の命に頓着しないAI制御のPMC部隊か。
向こうにとっては、初めからこれが狙いだった。
追いつ追われつを繰り返していたら、タカマサとしてもせっかく見つけたゾディアックチャイルドを取り逃がすか、あるいは誤射や流れ弾でフォールさせてしまうリスクがある。だから隠れ家も『遺産』も囮に使った。自陣の奥深くまでカナメ達を誘い込んでからPMCの分厚い壁で完全包囲し、身動きを封じる。その間に、確実にリードを広げて標的を捕らえるために。
カナメは息を吐き、そして宣告した。
次なる戦いはもう始まっていた。
「ディーラー名・パビリオン。……あのオークションマニアが俺と同じ、ゾディアックチャイルドの一つ『乙女の生存』って事になっているらしい」
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