【Third Season】第八章 PMC本社に挑め BGM#08“Laser Art.”《012》


   12


「ビル風の分だけバランスを修正。時計回りで元の位置まで戻ります」

 コックピットの方から、この状況でも抑揚なく報告しているのはAI制御のPMC兵だ。タカマサは自他共に認めるAI嫌いではあるが、マギステルスを除く『AI』ならすでにスマホ一つで手中に収めてしまう事ができる。

「時間は」

「四五秒、すぐですよ」

(……それだけあれば、カナメならマガジンを空にしているな。それもただの乱射ではなく、一撃必殺の狙撃のレベルで)

 とはいえ、その実力を深く知るからこそ、タカマサも対策は講じている。そもそも根本的に、このティルトローター機は一般(?)のものより装甲は分厚くしてある。ガラスの風防も込みで、少なくとも四五口径拳銃弾で貫けるような耐久力ではないので、カナメにどれだけ精密な腕があろうが関係ない。

(向こうが手にしているのは、『#豪雨.err』『#火線.err』『#竜神.err』『#落雷.err』……。強いて挙げるならガトリング銃の『#竜神.err』辺りが出てくるとちょっと危ないけど)

 ぶわっ!! とティルトローター機がビルの周りを回ってズタボロの壁面へと戻ってきた。向こうは身を隠しているつもりかもしれないが、そもそもビル全体がタカマサの私物だ。防犯カメラの映像を眺めれば、彼らがどこに隠れているかはすぐ分かる。そして、彼らが手にしている装備も。

「『#豪雨.err』なら問題ない。一度に二〇〇〇発なんて言えば見た目は派手だが、所詮ショットガンは対人用だよカナメ」

 獰猛に笑う。

 本当は、こんな事をするつもりじゃなかった。カナメもミドリもかけがえのない『人間』だ。しかし何かがねじれて、こうなった。カナメ達はカナメ達で苦悩しているかもしれないが、それは筋違いだと思う。どう考えても、歪みの源泉はタカマサ側にある。少なくとも彼自身はそう信じている。

 だから、遠慮なく来れば良い。

 家族を守る。それだけであらゆる行為が是認されるのであれば、世のお父さんお母さんが年頃の子供達から憎しみに近い目で見られるような事はないだろう。そして、保護者とは理解されるされないに拘わらず社会と戦っていくものだ。大切なものが守れれば、それで構わないと考えて。

 ドガンッ!! という爆音があった。

「銃撃です」

「分かっている」

 ボロボロになった柱から身を乗り出してこちらへ巨大な散弾銃を向けているのは、妹のミドリだ。リボルビング式のグレネードに似た得物は、明らかに彼女の手に余る。一発一発で大きく後ろへ仰け反るサマは、むしろ見ていて可愛らしさすら覚えてしまうほどだった。

 そこまでやってもティルトローター機に致命傷は与えられない。多少の傷くらいはつくだろうが、墜落まではいかない。

(……せめて、コンテナを吊っているワイヤーを集中攻撃していれば、こちらの攻撃手段くらいは奪えたかもしれないんだが)

 撃つ事だけに集中して莫大な反動に振り回されているミドリは、おそらく気づいていない。自分がいつの間にか、じりじりとカナメから離れてしまっている事実に。

 そしてタカマサは、殺そうと思えばいつでもディーラーを輪切りにできた。

 射線上に余計なものが重ならないよう、位置取りを調整するほどの余裕さえあった。

「カナメ……」

 AI社会の侵食から人類を守る、というところまでは一致した。だが全てのマギステルスを消滅させるタカマサに対し、カナメはそこまではできないと言い張った。

 結局は、それでは守れない。

 名残惜しいが、ここでいったんフォールの味を知ってもらう。

「大丈夫だ。借金生活なんてすぐに消える。君が何百億の借金を背負おうが、スノウそのものが消滅してしまえば意味はなくなるんだから」

 ここまでは理論の話。

 だけどそれとは別に、純粋にゲームを楽しむ心が疼いている。

「……だから安心して、僕の『#閃光.err』に貫かれると良い」

 宣告はした。

 にも拘らず、そこでタカマサは異変に気づいた。

 別の柱に身を隠していたカナメが手にしていたのは、四五口径の短距離狙撃銃ではなかったのだ。

 構造を極限まで簡略化した、本来であればアサルトライフルの銃身下に取り付けるようなショットガン。

『#壊錠.err』。

 その効果は、当てただけであらゆる錠前を破壊し扉を開け放つ。

「っ!?」

 とっさにタカマサは壁際の金属ポールを掴んだ。どれだけ頑丈なティルトローター機でも、いきなりカーゴドアを開け放たれたら一大事だ。猛烈な突風に体をさらわれたら、そのまま二〇階以上の高さから落下する羽目になる。

 しかし、カナメの狙いはそこではなかった。

 ぞくりと背筋に走る悪寒が、もっと別の脅威をタカマサに知らせていた。

「まずい……」

 慌てて、彼は叫ぶ。

「まずい!! 早く機体を隠せ、ビルの陰に!!」

 もう遅い。

 カナメの放った散弾は、躊躇なく空気を切り裂いている。


 つまりは、ただでさえ挙動の不安定なティルトローター機のエンジン部分に向けて。


 ずんぐりした円筒容器に収まったターボファンエンジンは、当然ながら丸みを帯びた側面に整備や点検を行うための巨大な蓋がついている。もちろん、それは飛行中に開け放つ事が許されるような代物ではない。

 がくんっ!! というあからさまな震動があった。

 言ってみれば、ろくに殺菌消毒もしていない待合室でお腹を開ける手術をするのと同じだ。カバーを開けてしまえば、小鳥が迷い込んだだけで容易くエンジンは火を噴いてしまう。

 そして小鳥よりも危険な代物があった。

 一つはミドリの手にした二〇〇〇発の散弾をばら撒く『#豪雨.err』。そしてもう一つはカナメが持ち替えた四五口径短距離狙撃銃『ショートスピア』。

 どちらにとっても、必殺の間合いだった。

 そしてタカマサの喉が干上がると同時、恐るべき銃火がティルトローター機の弱点へ飛びかかってきた。

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