【Third Season】第八章 PMC本社に挑め BGM#08“Laser Art.”《011》


   11


「『#壊錠.err』……」

 メガネのダークエルフはぬかるんだ地面に落ちていた、簡略型のショットガンを拾い上げていた。表に裏にとひっくり返しながら、

「タカマサ様のコレクションの一つですね。突入作戦専門、扉に当てるだけであらゆる錠前を完全に破壊するショットガンとされていたはずです。以前、オートロックで部屋の鍵を閉じ込めたアヤメ様が泣きべそかいて施錠されたドアを開けてもらっていたのを見ています」

『遺産』の蒐集は、カナメ達にとって何より重要なタスクのはずだった。

 しかし今この瞬間だけは、ツェリカが片手を水平に広げてシンディの言葉を制する。

 ミドリはしばらく泣いていた。

 自分が危険にさらされた事よりも、相棒のマギステルスを守れなかったのが心を抉ってしまったらしい。

 そしてこうなる前に駆けつけてやれなかった。

 また、ミドリの涙を止められなかった。

 ここまでボロボロになった少女を連れて、今度はタカマサと決着をつけに行くのか。兄を撃ち抜く瞬間を、その妹に見せつけるのか。当たり前だが、どれだけ強がっていてもミドリの感性は人並みだ。ディーラーとして完成されているカナメ達のようには割り切れない。そしてそのままであってほしいと願う自分も、カナメは確かに感じている。

 この辺りが限界だろう。

 これ以上は、ミドリに背負わせられない。

「……、」

 ミドリの大型バイクは後ろから追突されていたものの、テールランプが壊れたくらいで走行に影響はなさそうだった。時間がないのでこれを借りるのが最短最速か。この密林公園にいるのはポルターガイストだけではないはずだ。他のディーラー達や無限に湧き出るPMCどもに囲まれる前に、常に動き回る環境を取り戻さないといけない。

「ツェリカ」

「何じゃ旦那様。わらわの神殿を引き揚げる算段でもつけたかえ? 可動式の檻を厩舎に戻すため、そこらにクレーンやトレーラーがゴロゴロあるようじゃがの」

「……ミドリを頼む。『遺産』は全部持っていって構わない」

 まって、という声があった。

 涙と嗚咽で聞き取りづらかったけど、確かに。

「私も行く」

「ミドリ」

「これは、兄がやった……」

 ぐじぐじと泣きながら、ミドリが指差したのは固まっている冥鬼だ。複数のマグナム弾を受け、砕けた石像のようになってしまっている。

「知らなかったなんて言わせない。あんな女を仲間に引き入れた時点で、こうなるって知っておくべきだったのよ。そして私の兄は、これと同じ事を他のみんなにも押し付けようとしている。だってゲームの世界をぶっ壊して、全てのマギステルスを取り上げるって言ってるんでしょ!? だったら止めなくちゃならないじゃない、あの人の妹としてッ!!」

 そんな言葉が聞きたかったんじゃなかった。

 少年がミドリに手を貸したのは、タカマサのフォールによって彼女達の家族が大量の借金を背負い、その仲をズタズタに引き裂いてしまった落ち度があったからだ。カナメの家族を守るために、タカマサの家族がバラバラになってしまったのが許せなかったからだ。だから今からでも、少しずつ、修復していく道はないのかと模索をしたかったのだ。

 お兄ちゃんを助けてと。無茶でも無謀でも、この少女にはそう言ってほしかった。

 それなのに。

「カナメ様……」

「良いんだ」

 ダークエルフのシンディが何か言おうとしたが、カナメが制した。

 矛盾の結果なのかもしれない、と彼は思った。タカマサの家族を守ると宣言しておきながら、そのタカマサ当人がゲームの中で生存していると知って、だけどカナメは銃を向けた。恩を仇で返してしまったのだ。それはきっと、許されざる行いだ。

 だけど、どうしてもカナメはタカマサと同じ道を歩めなかった。ツェリカを含む、全マギステルスを殺戮して人間の時代を守る『だけ』では、納得がいかなかった。

 欲を張って、全てを失う。

 あらゆるディーラーが辿る末路を、ひたすら転げ落ちているだけなのかもしれない。

「行きましょう」

 ぐしっ、と。

 手の甲で目元を拭って、今度こそはっきりとミドリは告げた。

「ディーラー・クリミナルAOは絶対に止めなくちゃならない。あなたがあなたの知る霹靂タカマサと戦うのと同じ、私も私の知る兄と戦わなくちゃならないのよ。これができるのは、きっと、世界で私達しかいないんだわ」

「……分かったよ」

 奥歯を噛み、しかし、カナメはそう答えた。

 彼は基本的に自前の『ショートスピア』だけで戦う。だがここから先、有力ディーラーやPMC部隊と衝突するにあたって『遺産』の力も借りておきたい。いくつかストックはあるが、その中からカナメは『#豪雨.err』と『#壊錠.err』を選んでミドリに預けておく。

 メガネのシンディが首を傾げて、

「両方ともショットガンでは、バランスが悪くないですか?」

「良いんだ。とにかく立ち止まらないのが最優先、だとするとこれがベストのはず」

 カナメは紅葉柄の赤い大型バイクにまたがると、後部シートにミドリが乗るのを待ちながら、

「ツェリカ、シンディ。そっちは残りの『遺産』と冥鬼を抱えて逃げてくれ。車はどう調達してくれても構わない、おそらく駐車場扱いされないエリアであればポルターガイスト用のオモチャがそこらじゅうに転がっているはずだ。これまでの爆発を見る限りは燃料だけだ。トラップの爆弾なんかは多分ない」

「ふんっ、わらわは何にでも腰を下ろす尻軽旦那様とは違うからな。意地でも自慢の神殿をレッカー車で引きずり上げてくれる……!!」

 方針が決まると、カナメは大型バイクのスロットルを開放し、ぬかるんだ泥の中を走り出す。ただでさえオフロードには不向きなレーシング仕様で後ろにはミドリを乗せているが、カナメの走りにブレはない。

 ガォン!! というエンジン音が炸裂した。

 カナメ達と並走するように、専用の軍用四駆がうねうね走る木の根を踏んで派手に飛び跳ねていた。この天気雨の中でも幌を取り外しているのは、首振り式の重機関銃でこちらに狙いを定めるためだろう。

 少年は即座に短距離狙撃銃を取り出すが、向こうの射手は鼻で笑っていた。

「かっかっか!! 防盾付きの機銃が相手だぜ。どうやってそのチャチな四五口径で鋼の盾を貫くって……」

 無視してヤツの真上に二発撃ち込むと、頭上を覆うトンネルのような木々の枝が折れて何か巨大な影が四駆の上にぼとりと落ちた。

 木登りの得意なヒョウだった。

 泥でぬかるんだ地面でも嫌って今まで樹上に退避していたのか。

「あっ、ばは!? なんれ、うしょだろお!?」

 射手の頸動脈を食い千切った肉食獣はそのまま車内に潜り込んだらしい。蛇行する四駆に巻き込まれないよう距離を取り、カナメのバイクはさらにジャングルの中を突っ切る。

 もう中央の高層ビルはすぐそこだ。

 ここまで接近してしまえば、角度的に見て屋上に設置してあるコンテナからのレーザー砲撃はできないだろう。

 出入り口の前には装甲車が横付けされ、多くの兵隊が並べられていた。おざなりに盾の列を作り、その奥からアサルトライフルを構えているが、それでも生存前提で考える人間のディーラーとは思えない。あっちはAI制御のPMC兵か。

(さらにタカマサがどうのやら……)

 ヤツらが動き出す前に、カナメは手前にあった三段くらいの低い階段を一気に上り、大型バイクそのものを大ジャンプさせる。そのまま横づけされた装甲車を一気に飛び越す。

 空中で眉一つ動かさず、カナメはこう告げる。

「ミドリ、『#壊錠.err』を用意」

「わ、分かった!!」

 そしてガラス張りのドアの手前には金属製の格子が下りていたが、これについてはミドリが少年の肩越しに簡略化されたショットガンを一発撃ち込むだけであっさりと白旗を挙げた。そういうバネ仕掛けのオモチャのように、金属格子が真上に飛び上がったのだ。

 ここだけは理屈抜き。

 どんな鍵でも一撃で破壊し、こじ開ける『遺産』。

 ギャギャギャリ!! とタイヤを滑らせるようにして正面ホールに飛び込み、警備のPMC達が振り返ってライフルを構え直すよりも早くカナメはバイクのハンドルを振って、吹き抜け二階へ繋がるエスカレーターを駆け上がっていく。

「兄がどこにいるか分かるの!?」

「『#閃光.err』だ」

「上にあるコンテナ型の『遺産』……? だけど、あれは近づかれると使えないんでしょ。兄にとって、『遺産』は特別なモノじゃない。そこまで執着する!?」

「そうだミドリ」

 ばた、ばた、ばた、ばた!! という、空気を叩く重たい音が聞こえてきた。

 はるか頭上からだ。

「『#閃光.err』は外周通路のトレーラーと連結しているだけなんだ。使い物にならないと分かれば、あいつは絶対にやり方を変える。輸送用のヘリかティルトローター機からワイヤーでぶら下げて飛び回り、このビルを輪切りにしてでも俺を排除しようとするだろう」

「……このまま逃げるって考えは?」

「多分ない。逃げるのが最優先なら、自分から『#閃光.err』を撃って艦対地ミサイルを迎撃した段階から行動に移していないとおかしい」

 こちらのビルは水族館、モール、動物関係の飼育や研究機関という話だったが、下層は一般客が出入りする施設を集中させているため、見栄えを優先しているようだ。階段やエレベーターを塞ぐようにAI制御のPMC兵が湧いて出てくるので、カナメは大型バイクのハンドルを切り、手すりを踏みつけて吹き抜けへ躍り出る。天井からぶら下げられたシャンデリア状の巨大な照明器具を次々とジャンプし、さらに上の階層を目指していく。

 PMCは強靭で増援を呼べば無尽蔵に湧いて出るが、彼らはあらかじめ用意された図面の通りにしか動かない。無理矢理なショートカットを繰り返すと、『正規の順路』を延々ぐるぐる迂回し続ける、という初歩的なミスに陥る事をカナメは知っていた。

 ……タカマサ自身が、ブラッディダンサー戦の後に見せたテクニックだったからだ。

「何人かついてきてるわよっ」

「あっちは人間のディーラーだろう」

 不安定な複数のシャンデリアから回廊の床にタイヤをつけると、そのままわざと車輪を滑らせてスライディングのように獲物の足を刈る。同時、無音の四五口径で用済みのシャンデリアの鎖を千切り、正面ロビーからこちらを追い回そうとした別のディーラーも叩き潰しておく。

「なんか、変な色の鉄砲持ってなかった?」

「タカマサから借りた『遺産』かもしれないな」

 さらりとカナメは言ったが、今はタカマサの方が最優先だ。拾い物は後でも良い。AI制御の傭兵は落ちている装備の回収などしない。

 ミドリの『#壊錠.err』で鉄扉をこじ開け、非常階段にバイクごと飛び込みながらも、カナメは舌打ちしていた。舐めているのか、とも思う。『遺産』最大の長所はその意外性だ。一度も見た事のない、物理法則を打ち破って襲いかかる理不尽な攻撃である。ゲームのルールそのものが変わったのではと疑いたくなるほどの大混乱こそ、『遺産』が個人で国家を滅ぼしかねないほどの実力を支えている源である。

 いくら有力なディーラーに貸し与えても、それが十分に使える環境でなければ意味はない。バイクの順路に突っ立っていて、一発も撃てないまま轢き殺されるなんて愚の骨頂である。物理法則を無視した存在となったのに、その物理法則で始末されるような場所にわざわざ立つなんてどうかしている。

 タカマサは、本当に正しい使い方を教えているのか。

 大量の『遺産』を敢えて手放したのも、どうせ巡り巡って自分の手元に戻ってくると確信しているからか。その過程で、使い捨てのディーラー達がどうなろうが構わないと。

 ごんっ、という鈍い金属音があった。

 非常階段の上の階から、野球ボールよりは小さい球体が落ちてくる音だった。

「うそっ、グレネード!!」

 ミドリの叫びを聞きながら、カナメは鉄扉を突き破って一番近くのフロアへ大型バイクを躍らせる。範囲は直径一〇~一五メートルくらい。派手な爆発音が炸裂したが、手榴弾の破片はこちらまで届かない。

 一〇階くらいまで上がると、そこは水族館のフロアらしい。受付ゲートを丸ごと飛び越え、透明な素材で作った海水のトンネルを一気に突き抜けていく。

 ミドリは丸い柱に描かれたペイントを見て、背後を振り返り、

「シャーク君? あれってサッカーチームのマスコットよね」

「なんかのフェアでタイアップしているんだろ」

 待ち構えているPMCとまともにやり合っても仕方がないので、適当に水槽を撃って叩き割り、雪崩れ込んできたサメやシャチに喰わせる。こちらまで水没エリアに呑み込まれると走行不能になるので、混乱の中をそのまま一気に突き抜けた。

 目的地は、ビルの反対側にある別口の非常階段。

 鉄扉から階段に飛び込み、さらに上の階層を目指す。

「もう二〇階……」

「そろそろ一般人は立入禁止の研究区画だろうな」

 ばた、ばた、ばた、ばた!! という空気を叩く派手な音が響いてきたのはその時だった。ここは非常階段で、窓もない。にも拘らず外から音が響いているという事は、相当の近距離で外壁に寄り添っているはず。

 鼻の頭が、じりじりと痛みを発していた。

『獅子の嗅覚』。

「っ、来るぞミドリ!! しがみついてろ!!」

 自分の感覚に全てを預けて、カナメはハンドルを切る。非常階段を駆け上がるのをやめて、とっさに手近なフロアへ飛び込んでいく。

 直後の出来事だった。


 ばじゅズバァっっっ!!!!!! と。


 何かを切るというより、蒸発させるような音に近かった。

 ビルの外壁が容赦なく斜めに切断され、同じブロックを組み合わせて四角いらせん状の階段を作っている金属製のユニットが、滝のように一斉に落ちていく。あと一瞬でも非常階段に残っていたら、鉄の滝に巻き込まれて二〇階以上真っ直ぐ落ちていたはずだ。

「タカマサが噛みついてきた……」

 彼と対決するためにここまで来た。逆に言えば、タカマサと戦えるなら何階でも構わない。カナメはフロアの中で大型バイクを停めると、四五口径短距離狙撃銃を掴み直す。

 元々は動物用の研究ブロックだったのだろうが、今では何に使われているのだろう? フロアの中央に常夏市の詳細なジオラマが置かれていて、英数字を書き殴ったメモがいくつも張りつけてあった。そして同じフロアのあちこちで、業務用の冷蔵庫よりも大きなコンピュータがジオラマを囲んでいる。

 そこには赤のスプレー塗料でこう書き殴ってあった。


『マネー(ゲーム)マスター Ver.6.25 エミュレーションモデル』


「冗談、でしょ……?」

 呆気に取られたように、ミドリはそれを眺めていた。

「おに……クリミナルAOは、ここでマネー(ゲーム)マスターを組み上げていた? ゲームの中でまんまそのゲームを再現していたって言うの!?」

「ミドリっ」

 壁際で身を低くしていたカナメが足元にあった何かをスマホで撮影しながら、身振りで少女を呼び寄せる。

 そこで、さらにもう一発。

 頭を下げていたカナメ達の頭のすぐ上を、真横に閃光が薙いだ。分厚い強化ガラスのウィンドウは、やはり割れるというより溶けた。ありふれた、甲高い破砕音すら聞こえない。ばちばちという火花の音と共に、巨大なコンピュータもまた容赦なく切り落とされている。

 エンジニア系としては最高峰。クリミナルAOにとっては、『ゲームの中のゲーム』すらその程度の価値しかないらしい。

「タカマサは本気でマギステルスやAI社会と戦うつもりだった。だから敵を知るために、自分の手でミニチュアを作って『ゲームの仕組み』を全部暴こうとしていたんだ……」

「そりゃ、確かにゲームの中でもスマホやパソコンは使えるけど、普通そこまで考える!?」

「それをやるからタカマサなんだろ。しかもあっさり見切りをつけてる。ゲームの中でゲームを再現するだけじゃ、彼女達には辿り着けなかったんだ」

「?」

「マギステルスと、その『総意』。ヤツらはやっぱり、ただのAIじゃない。全てが0と1で表現できるはずなのに、手打ちで入力するだけじゃ彼女達は作れないんだ」

 身を屈めたままカナメはスマホを取り出した。黒い画面を鏡代わりにして、外の様子を窺う。

 ずんぐりした輸送機のようなフォルムに、主翼の両端にある特徴的なプロペラが二組。それも普通の飛行機のイメージよりプロペラの占める割合がかなり大きい。飛行機と違い、ヘリコプターにも似て真上に向いているそれは、ティルトローター機の特徴そのものだった。しかも複数のワイヤーを使って金属コンテナをぶら下げている。

『#閃光.err』。

『遺産』を吊り下げた機体は高層ビルの周りをぐるりと回りながら、悠々とカナメ達を狙ってレーザーの矛先を向けてくる。

(……近いな)

 光の速度で飛び、艦対地ミサイルすら正確に撃ち落とす『#閃光.err』なら距離の近い遠いはあまり関係ないはずなのに。空気のせいで減衰する、というのも一千キロ単位での話だ。同じ街の中で使う限り、それほど制約はないだろう。

(磨かれたガラスが鏡のように作用するのを恐れている? だから機体の影を覆い被せてから撃ち込んでくるのか……)

「兄は私達のいる階数まで分かっているみたい……」

『#豪雨.err』に『#壊錠.err』。数々の『遺産』を抱えながら、ミドリが小さな声で囁いた。

「なのに壁ごと全部切り裂けるレーザーは私達を外してる。これってどうしてなのかしら?」

「だからかもしれない」

「?」

「レーザーは光だ。そして光は諸々の理由で結構簡単に曲がる。温度差が生み出す蜃気楼もそうだし、水の入った四角い水槽の角だってそう。外壁のコンクリや鉄筋を切り裂いたタイミングで直進的な光のラインにズレが生じているのかも……」

 レーザーは兵器として破格の存在だが、だからこその弱点もある。ミストシャワーやスプリンクラー、あるいはエアコンの冷風だって、レーザーを歪ませる一助になるかもしれない。

(あるいは、ミドリを殺さずに俺だけ仕留めるラインを探しているのか……)

「どうしたの?」

「いや」

 あくまでも可能性の話だ。これについては言及しても仕方がない。

 今は物理法則の話だけに集中しよう。今はビルの壁や内外の気温や湿度の落差によってレーザーが曲がっているが、それもビルがズタズタに引き裂かれていけば効果を失っていく。そもそもビルの構造自体が耐えられずに崩れてしまえばカナメ達は全滅だ。

 しかし、『遺産』は道具でしかない。

 向こうに『#閃光.err』があるように、こちらにも『遺産』がある。タカマサはエンジニア系最強だが、唯一の欠点は道具の方に人を選べるよう武器を作らなかったところだと思う。

「ミドリ、『#壊錠.err』を貸してくれ」

「あなたが『#豪雨.err』じゃなくて良いの?」

 疑問の声を放ちながらも、ミドリは素直に従ってくれる。

 ばた、ばた、ばた、ばた!! という巨大なシーツで空気を叩くような音は、いったん破壊され尽くしたこちらの壁からよそへ移り、大きなビルを丸ごとぐるりと回っているようだった。横風に弱いティルトローター機なりに必要なアクションだったのか、あるいは崩れた面にこだわる必要もなく、三六〇度どこからでも外壁ごと標的を両断できると考えているのか。

「ミドリ、合図と共に『#豪雨.err』を連射。とにかくティルトローター機に当て続けろ」

「分かったけど……」

 何しろガイドライトの光に従って、都合二〇〇〇発の散弾を五〇〇メートル先まで飛ばす破格の怪物ショットガンだ。逆に外す方が難しいくらいの弾幕を形成するから、ミドリの不安は当てる当てないといった次元の話ではないだろう。

 あなたはどうするの? という言葉がそのまま繋がりそうなミドリの表情だった。

「勝負を決める」

 カナメはそう宣言した。

「タカマサの間違いを止めるのが、恩を返す事に繋がるなんて都合の良い解釈はしない。結局これは、仇で返していると思う。だけどそんな道を選んだのは俺自身だ。だったら全うしてやるさ、コールドゲームの死神ってヤツを」

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